第188話 決闘
オレはセルジュークとの決闘の為、指定された場所へと向かっていた。
どうやら決戦の舞台は軍の演習場のようだ。ここなら暴れても問題ないという事だろう。
「……逃げ出さずに来たか」
集合場所には既にセルジュークが待機していた。少し離れたところには聖女と他の隊長格が並んでいる。
「まあ、自分で誘っておいて逃げたら頭がおかしいからな」
「もう既に頭がおかしいことはわかっている」
とにかく始めるとしよう。夕食までには終わらせたいからな。
「お兄様、頑張って下さいー!」
今日は我がギルドメンバーも観戦に来ている。ギャラリーは多い方が良いからな。
ささやかな声援を受けつつ、オレは上着をかっこよく脱ぎ去った。その下からは、ミスリルの鎧が現れる。
「……! それは……」
「どうだ、格好いいだろう? このオシャレアーマーが、お前の首を取る」
「ミスリルか。ならば私も本気を出すとしよう」
セルジュークはそう言うと、槍を手に取る。その槍を力強く握ると、バチバチと目に見えるほどに雷光を纏い始めた。
光り輝く槍はなかなか幻想的だ。今日はオシャレ同士の頂上決戦という事か。
「では、始めるぞ」
「うおっ!」
セルジュークは卑怯にも勝手にスタートを切ると、一瞬で間合いを詰めオレに槍を振るった。
先端がオレの鎧に接触すると、そこから周囲に雷光が拡散する。
「痛……くない!」
そう、痛くないのである。所詮は魔法で生み出された雷撃だ。鎧の外でどれだけバチバチと騒いでも、中身にはダメージを与えない。
「馬鹿な、セルジューク様の雷撃が、効いてないだと!?」
「お兄様、格好いいですーっ!」
やれやれ、鎧で姿は隠せても格好良さは隠しきれないな。普段天才であることを隠そうとしても滲み出てしまうように、どうもオレは隠し事が下手らしい。
「どうだ、びっくりしたか? 同盟を組むなら今の内だぞ?」
「……くだらん」
「そうか、ならば死ねい!」
今度はこちらからの攻撃だ。手からミスリルの剣を生み出し、セルジュークを狙う。
……だが、一瞬で後ろに飛び退き、間合いを離されてしまう。セシリアの直線的な瞬間移動とは違う、まさに電のようなジグザグの高速移動だ。
「ふっ、一国の代表が逃げるだけか?」
「……ふん!」
「痛った!」
セルジュークは距離を取った後、再び槍を振るってきた。雷撃は効かないので棒立ちで構えていると、今度は槍で直接殴ってきたようだ。
ガンッと金属音が響き、衝撃が体を走る。悲しいかな、ミスリルは魔法は防げても衝撃は防げないのである。
「ぐっ!」
セルジュークは周囲を高速移動しながら、更に槍を突き立てる。全方位から鎧越しにガンガンと衝撃音が響く。
どうやら雷による直接攻撃だけでなく、不規則な高速移動からの連続攻撃も持ち味らしい。
「ならばこっちも、錬金術の妙技を見せてやろう」
「……っ! 槍が、動かぬ」
オレは槍の攻撃に合わせ、錬金術で槍そのものを支配する。
雷撃が無ければ、槍はただの鉄の武器に過ぎない。穂先が鎧に触れた瞬間、その槍はミスリルと密着し動けなくなる。
さらにはその槍にドロドロとミスリルを纏わりつかせる。このままセルジュークの腕までにじり寄り、拘束してやろう。
「……! ふん、槍まで捨てて逃げ出したか」
槍伝いにセルジュークをミスリルで包み込もうとした瞬間、惜しくも高速移動で逃げられてしまった。
忘れられた武器がオレの鎧に張り付いたまま宙ぶらりんになる。
「もうこれでわかっただろう? 魔法は相性次第で勝ち負けが決まる。素直に同盟を……」
「はっ!」
「ぐおっ! ……まだ続ける気か?」
「私は、私自身の力でこの国を守る……!」
あろうことか、セルジュークは今度は拳で殴り掛かってきた。槍の攻撃ほどではないが、鎧越しに殴られ衝撃が響く。
だが、これは良い選択と言えない。鉄をはるかに上回る鎧への素手での攻撃で、セルジュークの手は皮が破れ血がにじみ出ていた。
「セルジューク、おねがい、もう……!」
「証明して見せる! 私が、この国を守れると!」
……おかしいな、仲良く同盟を組むために来たはずが、完全に悪人扱いではないか。
「はっ! はっ! ……はあっ!」
「おい、もうそろそろ……」
これは、気絶でもさせて止めてやった方が良いのでは? そう考え、カウンターの準備をする。
「せ、セルジューク様ーっ! 頑張ってーっ!」
「……! うおおおぉぉっ!」
「なっ! 筋肉が……!?」
遠くから王女の声援が届いた瞬間、セルジュークの上半身が膨れ上がった。筋肉の塊が、最後の拳を振るってくる。
「うおおおっ!」
オレの体は、演習場から遥か彼方まで殴り飛ばされてしまった。
*
「あいててて……」
「お兄様、大丈夫ですか……?」
「無事だ。まあ、全身打撲と言ったところだな」
オレは、教会の一室で横になっていた。エミリアに全身を包帯でぐるぐる巻きにされている。
戦いは結局、王女の横槍が入ってしまったので、決着はつかないまま終わってしまった。
セルジュークも別室で、聖女様の治療を受けていることだろう。
「まったく、あんなに殴り飛ばされて……。無茶しすぎですよ」
「いや、あれは予想外というか……」
なぜかメイドに説教を受けながら治療を受けていると、オレの怪我をアシストした王女が部屋に入ってきた。
「フリード、ごめん……なさい。セルジューク様の負ける姿が見たくなくて……」
「別にいい。大した傷ではないからな」
珍しくしゅんとした反省の表情を浮かべているので、いちいち責めたりするつもりもない。
その王女の後ろから、今度は聖女とセルジュークが入ってきた。もう治療は終わったらしい、流石は聖女の魔法だな。
「……無事か? 殴りつけて悪かった」
「まったく無事じゃないな。あいたー、これは間違いなく後遺症が残ったな。どう責任取るつもりだ?」
「御主人様、さっきと言ってることが違うじゃないですか……」
子供の責任は大人が取るべきなのだ。オレはここぞとばかりにセルジュークをなじる。
「ちょっと、セルジューク様を責めないでよ!」
「いや、私が悪いのだ。……フリード、済まなかった。そして、ありがとう」
「……謝罪はともかく、何のお礼だ? オレを殴れて気持ちよかったからか?」
「いや、王女……アルメナ様の世話をしてくれたお礼だ。本当に感謝している。アルメナ様は私にとって……」
「え? セルジューク様、もしかして……」
おやおや、この反応は? もしかしてこの男、生粋のロリコンだったのか?
「私にとって、可愛い妹のような存在なのだからな」
「んな!? そっちかーい!」
……やれやれ、鈍感か。アルメナは王女とは思えないツッコミをする。
「……ふふ、良かったですねアルメナ様」
「ちょっと、姉でもないのに上から目線は止めて! 全然よくないから」
珍しく聖女が笑顔を見せるが、アルメナに噛み付かれている。
「ふふっ、ごめんなさい、アルメナ様」
聖女は優しく謝罪の言葉を口にする。王女には悪いが、外部から見たら姉に見えないこともないな。
「……さて、フリード様。少し話をさせていただいて宜しいですか?」
「ああ。横になったままで悪いが」
「いえ。……同盟の件ですが、やはり受けさせていただきたいと思います」
なんと、王女の口からはオレの望んでいた言葉が飛び出したのであった。