第185話 再交渉
翌朝、オレは再び同盟の交渉へ向かうことにした。
ただし、行き先は教会だ。昨日の宣言通り、聖女の力を借りようという作戦だ。
「よし、行こうか」
「はい、御主人様!」
「ヴァレリー様の想像通りに進むと良いですね」
今日の所は付き添いはお姫様とメイド2人だけだ。事情を知っているエミリアと、ウイスク出身のアルトちゃんという完璧な布陣でミッションコンプリートを目指すとしよう。
ちなみに、アルトちゃんにも既に事情は話してある。この国を離れて長いとはいえ、出身者がいるとバレるのも時間の問題だからな。
「ヴァレリー様は聖女様に会ったことがあるんですよね?」
「先の戦争でな。物腰柔らかな美しい女性だったぞ」
聖女と崇められるのもわかる神々しさだったな。
オレが会った時は洗脳されていたので、戦争の引き金になったことにひどくショックを受けていたが、もう元気になっただろうか。
「けっ! なーにが美しい女性よ! 私も大人になればあれぐらいになるわよ!」
「……お口が悪いぞ」
全く、このお姫様は。この分じゃ恋敵からセルジュークを奪うのは難しいな。
「おっ! お前らは……!」
「ん?」
教会の方へ向かっていると、不意に男の声がする。
そちらの方を見ると、見覚えがある人間が2人立っていた。
「お前たちはたしか……テオドルフに、バシアだったか」
「おう、お前も覚えていたか、強敵よ!」
「……そんな関係になった覚えはないが」
話しているうちに大分思い出してきた。この2人は、戦争でオレたちと争った隊長格の2人だ。
男の方は、爆発魔法で自分の服を吹き飛ばし、合法的に裸体を見せるテクニックを持った男、テオドルフ。
そしてもう1人は、アルトちゃんの実妹であり暗殺を専門とする家の出身、バシアだ。
テオドルフは馴れ馴れしくオレの肩に手を回してくる。面倒くさい奴に会ったものだ。
「感動の再会の所悪いが、先を急いでいる。退いてもらっていいか?」
「はっ、そう邪険にするな! 裸の付き合いをした仲だろ? お前に貰った黄金のパンツ、まだ履いてるぜ?」
……汚ねえな。思わずオレも口が悪くなる。
メイドの視線も感じるので、早く離れて欲しい。
「あ、その、おね、おね、お姉……!」
「お久しぶりですね、バシア様」
「っ!? ふ、ふんっ! なんでそんな他人行儀なのよ!」
どうやら横では姉妹のぎくしゃくとした会話がなされているようだ。長い期間離れていると、どう会話していいかわからなかくなるのはあるあるだな。
「ん? その子は……」
テオドルフはオレの横にいた王女アルメナに気付き、反応する。アルメナはさっとオレの後ろに隠れる。
しまったな、隊長格なら顔を知っていてもおかしくない。何故他国の人間がお姫様と一緒にいるか聞かれたら答えに窮するな。
「そいつはお前の妹か? よく似てるな!」
……よかった、馬鹿で助かった。
「ちょっとテオドルフ、何馬鹿なこと言ってるの!? どう見てもうちの王女じゃない!」
「何だと? よく見りゃそうじゃねえか! オレを謀ったな!」
「……何も言っていないが」
こいつらと一緒にいるとあらぬ疑いもかけられそうだ。適当なことを言って切り抜けるとしよう。
「オレは王女を保護しただけだ。丁度教会に行く用事があったから、ついでにそこに連れて行こうと思ってな」
「教会? 何だ、パトリシアに用事か? 仕方ねえ、オレがついて行ってやるぜ。オレの口利きなら一発で面会よ!」
「本当か? それは助かる」
無駄に思えた時間は、どうやら有意義になりそうだ。
昨日国王に会おうとして時間を取られたことを考えると、聖女に会うところまではスムーズに動きたいところだな。
オレは変態の誘いに乗り、一緒に教会に向かうことにした。
*
「ついたぜ、わが国が誇る大教会だ!」
目的地に到着すると、変態が自慢するかのように両腕を広げる。
だが、自慢するだけはあるな。近くだと大きすぎて、首が痛くなるほど顔を上げても見渡せないほどだ。
「……凄い立派ですね。ステンドグラスもとても美しくて……!」
「でも、10年前と絵柄が違うようですが」
「ああ、詳しくは知らないが、つい最近割れたんだ」
リニューアルしたステンドグラスで目を喜ばせつつ、中に入っていく。正面から入ったのは初めてだが、改めて見てもやはり美しく荘厳だな。
「ちょっと待ってな。早速聖女様を連れてきてやるぜ!」
テオドルフはそう言うと、オレたちを小部屋に案内した後、更に教会の奥へ向かっていった。
「それにしても、何であんた達がアルメナ様と一緒なわけ? 表沙汰にはなってないけど、王城内は大騒ぎだったわよ」
「ふん、パパ……お父様がいけないのよ!」
「アルメナ様、少しは落ち着きというものを学んだ方が……」
「何よ、貴女もパパやパトリシアの味方をするの!?」
「そういう訳ではありませんが……」
流石のバシアも王女の前では押され気味だな。敬語を使うだけ、大人だと言えるが。
「大人はすぐ世間や立場を考えてしまうからな。子の前では国王である前に父親でいてあげるべきだと思うが」
「まあ。流石、わかってるわね! このクソみたいな国の男たちとはレベルが違うわ!」
オレの加勢するような言葉に、王女が目を輝かせる。
客観的に見れば王女のわがままだが、味方がいないというのは辛いものだからな。国王が味方になってくれないのであれば、その国王に匹敵する立場であるオレが代わりに助けてやるのが筋なのである。
「当然だ。オレは常識を超えた男だからな」
「本当にいい男ね。私が大人になったらあなたの所に嫁ごうかしら?」
「なっ!? ちょちょちょ、ダメですダメです! 絶対に、ダメですから!」
王女の言葉に、何故かエミリアが慌てたような声をあげる。まあ、オレもさすがに妹と同じ年齢の子は御免だが。
「冗談よ、私はセルジューク様一筋だから。……ああ、セルジューク様、何故こんな清い心を持つ私を捨てて、醜い聖女なんかに……」
王女は手を合わせてうっとりと上を見上げる。
……同盟の件はともかく、こっちはオレでは解決できそうにないな。
「おう、お前ら待たせたな! 聖女様が会ってくれるってよ!」
話がついたようで、テオドルフが帰ってきた。
どうやら今日は、ちゃんとお偉いさんに会えそうだな。ここではなく奥で話する様で、テオドルフの案内に従い教会の奥へと入っていく。
「聖女様、どんな方なんでしょう……。ドキドキです」
「大したことないわよ」
少し歩くと、見覚えのある部屋に案内された。以前、オレがここに来た時もこの部屋だったな。
「じゃあオレたちはここまでだな」
「ああ、助かった。こいつをくれてやろう」
「なっ!? こ、こいつは……ミスリル・パンツ!?」
オレは用意しておいたものをテオドルフに渡す。ミスリル製のパンツで大事な部分をガードという事だな。
「ほんのお礼だ。パンツは月に1回買い替えるものだぞ?」
「また会おう、強敵よ……!」
漢同士の熱い別れを終えた後、メイドの冷たい視線を感じながら部屋へと入ることにした。
「お久しぶりですね、フリード様……」
「お久しぶりです、パトリシア様」
自然と敬語が口を衝く。
部屋の中央では以前と同じ様に美しい聖女、パトリシアが立っていた。