第184話 新妹
目の前の少女は、自分が王女であることを声高々に宣言した。
「ふーん、王女ねぇ……」
「ちょっと、何よその目は。絶対信じてないでしょ」
「いや、ちゃんと信じているぞ。女の子は皆等しくプリンセスだからな」
「……馬鹿にしてない?」
この少女が本当に王女かどうかは置いておくとして、我が妹を探さなければならないのに時間を取られている場合ではない。
気付けばもう5時前だ。とにかく、早く追っ払うとしよう。
「それで、オレに何を求めるんだ、お嬢様?」
「パパ……じゃなかった、お父様が謝ってくるまで帰るつもりないから。一時的に匿って!」
この子の言葉を信じるなら、親とはオレが会おうとしていた国王のはずだが。他国からの使者がそんなことして、外交問題にならないか?
まあ、逆に国王と早く会えるチャンスになるかもしれないな。無理に追い払って悪い大人に捕まっても寝覚めが悪いし、女の子のわがままは慣れっこだ。
「……ホテル代はあとで返してもらうぞ?」
「さっすが! やっぱりうちの国の連中とは違うわね!」
育ちの悪そうな自称・お姫様を連れて、一度ホテルへと帰ることにした。
*
オレはホテルの入り口に到着していた。入る前に、お姫様に注意事項を言っておく。
「いいか? オレにも連れがいるからな。何か聞かれたら妹という設定で行くぞ」
「いや、バレるでしょ絶対」
「この国のお姫様というよりかは信用されると思うぞ」
口裏を合わせたところで、ホテルに入っていく。オレの帰りを待っていたのか、早速ロビーでエミリアと遭遇した。
「御主人様、遅かったですね。……その子は?」
「忘れたのか? 妹のステラに決まっているだろう。異国の空気のせいか、少し雰囲気が変わったがな」
「何馬鹿なこと言っているんですか……。ステラちゃんとロゼリカちゃんは、先ほどちゃんと帰ってきましたよ」
何だ、帰ってきてたのか。とりあえずは一安心だな。まったく心配させおってからに。
「そうか、なら良いんだ。じゃあ、オレは一旦部屋に戻るかな」
「いや、だからその子は?」
「今は秘密とだけ言っておこう」
うまくごまかしつつ、受付へと向かう。さらりと1名様の部屋を追加して、まずはやり過ごすことに成功したな。
「よし、無事に部屋を借りれたな」
「無事かどうかは意見が分かれると思うわ」
客室は2階だ。メイドの視線を感じつつ、階段を上っていく。
「あっ、お兄様、お帰りなさいませ! ……あれ、その方は?」
丁度上りきったところで、妹(本物)と遭遇した。オレの後ろにいる少女を見て、先のエミリアと同じ質問を投げかけてくる。
「オレの新しい妹だ。ステラ、今までありがとうな」
「えっ……! う、うわーん、お兄様ぁーっ! 見捨てないでくださいー!」
オレの冗談を真に受けたのか、泣きながら体にしがみ付いてくる。少々ジョークが鋭すぎたかな。
「……悪い、冗談だ。オレが大事な家族を見捨てるわけないだろう?」
「お兄様、酷いです……!」
「悪い悪い」
頭を撫でつつ、体から引きはがそうとするが、もう離さないといった風に腕に手を絡みつかせてきた。
「御主人様、結局その子は誰なんですか? 流石に御主人様でも、少女をお持ち帰りするのは……」
「人聞きの悪いことを言うな。理由は後で話す」
もう誤魔化しきれないところまで来ているが、ここは黙秘だ。とにかく視線に耐え、口を噤んでやり過ごす。
お姫様用に借りた部屋まで彼女を案内すると、とりあえずは任務完了だ。
「じゃあ、あとは良いな? オレは隣の部屋だから、何かあったらよろしく」
「ええ、ありがとう……」
彼女は小さな声でお礼を言うと、部屋に入っていった。
……やれやれ、オレも夕食まで休憩するかな。
*
6時ぐらいまで部屋でゆっくりした後、ホテルに併設されているレストランで食事をとることにした。
あまり期待はしていなかったが、観光客向けなのか見た目は決して悪くはない。
だが、やはり戒律は厳しいのか、肉料理は存在しない様だ。魚があるのが救いか。
「美味そうだな、早速頂こう」
「御主人様、そろそろ話してくださいよ」
「いいだろう、今こそ話す時が来たようだ。このオレが何故、天才となったのかをな」
「いや、それは興味ないです。さっきの女の子の事ですよ!」
くそ、もはや誤魔化しきれないか。エミリアは口が固そうだし、伝えておくべきか……?
「彼女は自称この国のお姫様らしい。親と喧嘩して家出中だとか」
「……本当ですか?」
「彼女の言葉を信用するならな。面倒だが、どうせ国王との面会まで時間がある。同盟の話も都合よくまとまるかもしれないぞ?」
「上手くいけば、ですよね?」
「上手くいくに決まっている。何と言ってもオレは天才なのだからな」
そのためにも、まずは精力をつけないとな。オレは話を終え、ややボリュームの少ない食事に手を付け始めた。
*
食事を終え、部屋に戻ろうとするとお姫様がオレの部屋の前に立っていた。
「あ! ちょっと、どこに行ってたのよ!」
「お食事だが? 何か用か?」
「私は食べてないんだけど?」
やれやれ、手のかかることで。
話も詳しく聞きたいし、もう一度レストランへと行くか。
彼女を伴い、再び下へと降りていく。
「何でも頼んでいいぞ。請求書は国王に回しておく」
「あはっ、それはいいわね! じゃあ、これとこれと……」
彼女はどこか嬉しそうに、メニューから適当に注文を始めた。
オレもコーヒーぐらいは頼むとしよう。
「それで、何で親と喧嘩したんだ?」
「この国って、王族の他に宗教の力も強いでしょ? パパも逆らえないから、国王のくせに言いなりで恥ずかしくないのかって」
「……それは仕方がない気がするが」
結局国民あっての国王だからな。広く支持されている宗教の力が大きいのは仕方がない。
だが、幼い彼女はそれが気に入らないようだな。
「いいじゃないか、お偉いさんはあの聖女だろう? 一度しか会ったことは無いが、私利私欲にまみれた人間ではないと思ったが」
「聖女、パトリシア……! ホント、ムカつく!」
オレが聖女の名前をだすと、彼女は何故か怒りの表情を見せる。
「なんだ、聖女とも知り合いか?」
「あいつは聖女なんかじゃないわ! パパをたぶらかすだけでなく、私のセルジューク様まで!」
セルジュークと言えば、この国の軍を前線でまとめ上げている大将か。オレを殺しかけた者の存在を忘れるはずがない。
「ああ、愛しのセルジューク様……! どうしてあんな女の言いなりに……」
「……なるほどな」
三角関係……というより、横恋慕だな。
セルジュークのことが好きなのだろうが、その本人は聖女と仲が良い。更には権力もあっちが上で、父親も逆らえないとなったら不満に思うのも無理は無いな。
「話は分かった。明日、聖女様に会うつもりだったが、お前は連れて行かない方が良さそうだな」
聖女の力を借りて仲直りさせようと考えていたが、この分だと逆に拗れそうだな。やめておいた方が無難だろう。
だが、彼女からは予想と違う回答が帰ってきた。
「教会に行くの? なら私も行くわ」
「嫌いじゃないのか?」
「嫌いだけど、きっとセルジューク様も一緒だもの」
やれやれ、明日もきっと、面倒くさくなりそうだな。
話を終え食事に集中する彼女を見ながら、オレも冷めてしまったコーヒーに口をつけることにした。