第182話 総本山
オレたちはウイスクとの同盟締結の任務の為、出発支度を始めていた。
「財布よし、防寒着よし。……ふう、だいぶ準備も進んだな」
「御主人様、なんだか楽しそうですね?」
「ふっ、わかるか?」
仕事という名目で行くとは言え、実質は観光だ。何気に前回のビストリアから半年以上たっているので、久しぶりの旅行でテンションが上がるのも無理はない。
「旅は新しい体験をオレに与えてくれる。新しい体験は知識となり、オレの脳みそに皺を刻むという訳だ」
「……今度は殺されかけなきゃいいけどね」
オレの横で準備をしていたフラウが口を挟む。
彼女の言う通り、今回は2回目だ。前回は戦争を終結させるために、空中から奇襲をしたわけだが、なんやかんやで殺されかけていたのだ。
「前回はたまたまだ。今度は使者として正面玄関から堂々と行くわけだし、問題ない」
「そうだといいけど……」
「まあ、念のため鎧は準備していくがな」
やはり備えは大事だ。いざというときの為、準備しておくに越したことは無い。
「アルトちゃんは久々の里帰りか? 楽しみだな」
「いいえ、別に」
オレはアルトちゃんにも声をかけるが、そっけない返事が返ってきた。
……家庭の事情に口を挟みたくはないが、折角だし少しは実家と和解すればいいと思うのだが。
「御主人様、大体準備オッケーですよ」
「よし、もう忘れ物は……! しまった、あれを忘れていた!」
「あれ?」
「観光ガイドだ。今からすぐに『ユグドラシル』へ行ってくる」
旅行の楽しみは計画立てが5割だ(天才調べ)。暇つぶしにもなるし、本が無くては話にならない。
オレは急いで図書館へ向かうことにした。
*
無事本を借りることが出来たオレは、急いで馬車の待機場所へ向かっていた。
もう既に他の者は乗り込んでいるようだ。オレも早く乗り込もう。
「フリード様♡」
「……セシリア、何の用だ」
何故か馬車の脇には、セシリアが立っていた。もじもじと上目遣いでこちらを見ている。
「貴方様が今日ここを発つと聞いて、急いでこちらを準備しました。どうかお受け取り下さい」
「これは?」
「ウイスク国王に向けた、我が兄からの書簡です」
……業務資料ではないか。新妻がお弁当を渡すような雰囲気で仕事を押し付けるな。
「必ず渡しておこう」
「どうか、お気をつけて……」
書簡を受け取ると、風のような速さで馬車に乗り込む。
馬車の扉をバタンと閉めると、それを合図に馬が歩みを始めた。
「……ヴァレリー様、今頃書簡を貰うなんて、それが無かったらどうするつもりだったのですか?」
「ふっ、天才的交渉術の出番が来る予定だった」
「……そうですか」
*
「ムムム……」
「御主人様、どうしたんですか?」
馬車が王都を出てから1時間ほど。まだ先は長いので出来るだけ我慢しようとしたが欲望を抑えきれず、1冊しかない本を読み進めていたところだ。
だが、そこにはオレを萎えさせるような情報が記載されていたのだった。
「しまったな、失念していた。ウイスクと言えば、コロナ教の総本山だった」
「それがどうかしたのですか?」
「総本山だけあって、戒律も厳しいようだ。清貧を是とした国らしい」
「お兄様、せいひんって何ですか?」
オレの言葉にステラが質問してくる。聞きなれない言葉だから無理もないな。
「贅沢は敵、と言い換えても良いな。静かで慎ましやかに生きるのが正しいと信じているらしい」
オレの記憶では慎ましやかな奴はいなかった気がするが、軍人と一般人では話が違うのかもしれないな。
「つまり、美味しいものも酒もない、という事だ。泣けてくるな」
「そ、そんな……!」
「……確かにヴァレリー様の言う通りですが、美しい教会や息をのむような自然など、観光地は十分にありますよ」
アルトちゃんが、フォローするような言葉を口にする。ウイスク出身として一言物申したくなったようだ。
「ふっ、景色で酔えるか? 腹を満たしてくれるのか? 人の生活は、食事ありきなのだよ」
「どうやらヴァレリー様の心は貧しいようですね」
「……図らずとも清貧の気持ちがオレにもあったという事か」
「清くはないと思いますが」
そんなこんなで、馬車に揺られた旅は続くのであった。
*
オレたちはウイスクの国境まで到着していた。
ウイスクは現状同盟国ではない為、厳密な入国審査がある。ありとあらゆることを聞かれてしまうに違いない。
「おっ、酒場があるな。国境を超える前に飲んでおくか」
「もう、そんなことしてる暇があるんですか?」
どうやらここは、小さな街のようになっているようだ。ハレミア側の人間の為なのだろう。
つまり、ここが最後の酒場だ。旅行中は血中のアルコール濃度低下の懸念がある為、ここで数日分の貯蓄を作っておくべきだな。
「周りを見て見ろ、もうすっかり暗いぞ。今夜はここで一晩過ごすとしよう」
「……仕方ありませんね」
メイドの許可も出たことだし、早速酒場へゴーだ。小さな酒場へ足を踏み入れ、早速カウンターで注文だ。
「親父、一番いい酒を頼む」
「では私も」
「……アルトちゃん?」
いつの間についてきていたのか、横にアルトちゃんが座り同じ注文をする。
何か話したいことでもあるのだろうか。
「ヴァレリー様は、ウイスクの王家と教会の関係性をご存知ですか?」
「いや、当然知らないが」
直接会ったことがあるので、聖女が偉い立場だというのは知っているが、王家のことは何も知らない。
教会が権力を持っているので、国王の影が薄いという事はわかっているが。
「現状、王家の価値は印鑑にしかないと言っていいでしょう。同盟を締結したいのなら、教会に働きかけるべきですよ」
「……そこまで真面目に任務を果たそうとしているわけでは無いが」
結局は観光のついでだからな。まあ、天才の名を落とさないようにそれなりの努力はするつもりだが。
「聖女様が首を縦に振ってくれれば任務完了だと思いますが、私自身、今の聖女はどんな方かを知りません。もう10年以上も帰っていませんからね」
「まあ、その辺は任せておけ。以前、戦争を終結させたのもオレが聖女にお願いした結果だからな」
「……期待していますよ」
アルトちゃんはそう言って、ちょうど運ばれてきたグラスに口をつけた。
もう話は終わりという事だろう、顔はカウンターの方を向いている。
「オレの活躍でこんな国境など取っ払って、自由に行き来できるようにしてやろう。お前の妹にも自由に会えるようになるぞ? バシアとか言ったか?」
「……興味ありませんが」
「まったく、そんなこと言って。本当は会いたいんだろう? 素直じゃないな」
「ウザいです」
アルトちゃんは面倒くさそうな顔をするが、オレにはわかっている。家族に会えて嬉しくない奴などいないのだ。
国同士の同盟などどうでもいいが、家族の為なら注力する気持ちも高まるというものだ。
「まあ」
「ん?」
「家族に会いたくないなどというのは、罰が当たるというものですね。我がギルドには家族のいない者もいるのですから」
「くっくっく、その通りだな」
「……何ですか、その笑いは」
「いや、お前もやっとうちのギルドメンバー感が出てきたなと思ってな。我がギルド、何て言うから」
「……! もう今日は口を聞きません」
アルトちゃんはそう言うと、顔をそむけてしまった。脇をちょんちょん突いても無視されてしまう。
顔が赤いのは、酔いのせいか、それ以外か。これ以上虐めるのは止めて、オレもグラスに口をつけ始めた。