第181話 厄介事
「……こんな感じですの?」
「あー、そこそこ。いいぞ」
オレはギルドホーム内で、ルイーズに肩を揉んでもらっていた。
何かすることは無いかと聞かれたので頼んでみたわけだが、何でも言ってみるものだな。
「これが気持ちいいんですの?」
「最高だ。貴族のお嬢様の苦労を知らなさそうな細腕でして貰う肩揉みは最高に気持ちいい」
「……なんか嫌な言い方ですわね」
そんなやり取りをしながらも肩を揉み揉みされ、少しずつ凝りがほぐされていく。
このまま寝てしまいたいぐらいだな。
「……お前は何をやっているニャ」
「うおっ! ……何でここにいるんだ」
リラックスしていたオレは、招かざる客の登場につい驚いてしまった。
誰だ、オレの許可なくこいつを招き入れたのは。
「今日は連絡に来たニャ! 先の、セシリア様との試合の件だニャ!」
「ああ。……お前はギルドマスターの豹変ぶりを何とも思ってないのか?」
シャオフーの言葉で、オレは忘れようとしていたセシリアのことを思い出した。
唐突にオレを勇者と呼び、ベタベタと体を密着させてくる。部下としても驚いたに違いない。
「ふん、セシリア様と私は厚い信頼関係で繋がっているニャ! 何をしようとも気持ちは揺らがないニャ!」
……いや、それはおかしいと思うが。まああまり深く考えないようにしよう。
「とにかく! あの戦闘の結果、お前はめでたく『予備軍』に選ばれたニャ!」
戦闘になった覚えはないしめでたくもないのだが、オレは予備軍に選ばれたようだ。
何か特典でもあれば少しは嬉しいが、どうせ褒美は『遣り甲斐』とかだろう。期待するだけ無駄だな。
「ちなみに、オレ以外に選ばれたのは何人だ?」
「お前だけだニャ!」
……これは完全に企画倒れだな。個人で軍を名乗れるのか?
何人もいるなら別にオレ自身が働く必要もないかと思ったが、1人だと断り辛い。他人の気持ちを利用する第1ギルドのいやらしい所が出たな。
「今日の所はそれだけだニャ! 困ったことがあったら遠慮なく言いに来るニャ!」
「わかった、歓迎のチョコと玉ねぎを常備しておこう」
シャオフーは言い終わると、さっと帰っていった。
やれやれ、オレの優雅なアフタヌーンを邪魔するとはな。
まあ、そうそうオレの手を借りるほどの事件も起きようはずが無い。Aランクでは対処できないことがあるなど、恥でしかないのだからな。
「……フリード様、そろそろ疲れましたわ」
考え事をしていると、背中から声が聞こえてきた。うっかり忘れていたが、シャオフーとの会話の間もオレの肩は揉みに揉まれてすっかりほぐされていた。
「ああ、ありがとう。おかげで鉄のような肩がスライムになった」
「……なんですの、それ」
「天才的比喩という奴だな」
ルイーズにお礼を言うと、軽く伸びをし午後の仕事に取り掛かることにした。
*
「……ステラの奴、遅いな」
オレは、懐かしの学園を訪れ、ステラが出てくるのを門の前で待機していた。
午後の仕事、それはステラのお迎えである。他に用事がないときはこうして学園まで迎えに来ている。
人の多い王都と言えど、いや、人が多いからこそ短い帰り道でも何が起こるかわからない。これはリスクを見た当然の行動であり決して過保護では無いのである。
「こんなところにいましたか」
「……セシリア?」
オレの体を本日2度目の緊張が襲う。金髪をなびかせ、誰が見ても高貴さの伝わる女セシリアが立っていた。
有名人なので、通行人もセシリアに気付きチラチラと目を向けているものもいる。
「勇者様、こんなところで何を?」
「……その勇者というのは止めろ」
「で、では、フリード様……♡」
セシリアは上目遣いで、そう口にした。止めろ、オレが名前で呼ばせたみたいになっている。
いくら勇者を待ち焦がれていたからと言って、この変わり様は恐ろしい。
このままだらだらと話をしていたら街の噂になってしまう。早く本題を聞くとしよう。
「それで、何の用だ?」
「無事『予備軍』に選ばれた貴方様にお願いがありまして……」
……早速? 予備という言葉の意味は何だったのか。何かにつけて今後もこき使う気か?
「お兄様ー!」
「おっと、オレの可愛すぎる妹が来たようだ。かーっ! 話を聞きたがったのだがなー、妹が来たからなー! これでは密談などもってのほかではないかー!」
ナイスタイミングでステラの声が聞こえてきた。この妹の登場を利用して、わざとらしくサヨナラするとしよう。
「そうですか、それは残念です……。本当は直接話をしたかったのですが、問題ありません。書簡にしたためてきていますので、こちらをお読みください」
「あ、そう」
何という準備の良さ。これでは時間がないという言い訳ができませんな。敵ながらあっぱれ。
仕方ないので、オレは丸められた書簡を受け取ることにした。
「あっ。……手が、触れてしまいましたね♡」
……乙女か。もう突っ込む気力もないぞ。
オレは何も言わずに書簡を持つと、ステラを連れてホームへと帰ることにした。
*
「うーん……」
オレはホームに帰ると、早速書簡を読み始めていた。
「お兄様、先ほどの手紙には何て書いてあるんですか?」
「なかなかふざけたことが書いてあるぞ、読んでみるか?」
オレは読み終わったそれをステラに見せる。丁寧な文字でつらつらと、何故依頼してきたのかわからないようなことが書いてある。
「お兄様、要約してください!」
「やれやれ、困った奴だな」
全く甘えん坊で困る妹だが、歳上に甘えられるよりかはマシだな。
今日は丁度良いタイミングでセシリアの魔の手から救ってくれたし、頼みを聞いてやるとするか。
「まずは背景だ。『予備軍』を編成したはいいが、やっぱり魔法使いが足りずに困っている。オレから言わせれば第1ギルドが間抜けなだけだがな」
セシリア自ら優秀な奴を選定した結果がフリード個人軍だ。はっきり言って時間の無駄だったと言っても良い。
「それで、今度は六大国での同盟を考えているようだ」
「六大国、ですか?」
「ああ、今度は国同士で協力し合おうという事らしい」
六ヶ国同盟が結成されれば、強さも単純に6倍だ。国内で必死に魔法使いを募らなくても、すぐに戦力は集まる。
まあ、はっきり言って難しい話だがな。現状でもハレミアは、フーリオールとビストリア間で通商をメインとした同盟を結成しているが、それはお互いにメリットがあるからだ。
だが、兵士は違う。命を懸けさせるほどのメリットを提供できるのか? はっきり言って疑問だな。
そもそも兵力を増やしたいというのも、『未来視』を知っている者だけの事前準備でしかない。その魔法を知らない人間が未来の危機など信じるはずもないな。
「それで本題だが、オレに同盟の使者を頼みたいようだ」
「ビストリアかフーリオールに行くんですか?」
「いや、行き先はウイスクだ。ついこの間まで戦争をしていたところだな」
ありえないだろう、この依頼は。オレは王族でも貴族でもない。殺し合いをしていた国に行ったところで何を後ろ盾に説得しろというのか。
書簡には、第1ギルドメンバーの推薦との事らしいが、これを機に厄介払いしようとしているのではないかと疑念を抱くほどだ。
「どうするんですか?」
「今回はお断りだ。成功確率は低いし、面倒くさい」
「そうですか……。お兄様なら何でも出来そうですけど……」
「……!」
そうだ、オレは何を弱気になっている。確かにオレは王族でも貴族でもないが、天才ではないか。
世の中のアホどもが諦めるようなことでも、オレならできる。それは何故か? そう、脳みそがついているからだ。
「よし、行ってみるか! こんな仕事さくっと終わらせて、その後ウイスク観光だ!」
「わあ! はい、お兄様!」
こうして、オレのウイスク行きが決定したのであった。