第176話 お酒は大人になってから
年越しパーティーが始まってから数時間が経った。あと1時間で、新しい年が始まる。
机の上の料理はほとんど無くなり骨だけになっている。8人とはいえ、女ばかりでよく食べきったものだ。
いつの間にかステラとロゼリカはいなくなっている。子供は早く寝ないといけないからな、教育が行き届いているようで安心ですな。
「頭蓋骨って良いよな。飾って良し、被って良し、出汁まで取れる」
「御主人様、何言ってるんですか?」
猪の頭蓋骨を見ながら話すが、同意は得られなかった。男のロマンが理解されないのも、もはや慣れっこである。
ため息をつき、空いたグラスにワインを注ごうとする。だが、ひっくり返しても中身がこぼれてこない。
「おっと、また無くなってしまったか。新しいのを開けるとしよう」
「飲み過ぎですよ……。もう4本は飲んでいますよ」
エミリアの小言を華麗にスルーし、席を立つ。ルイーズに貰ったお酒は全て飲んでしまったが、まだオレの隠しワインがあるのだ。
ワインを取りに行こうとした時、目の前にルイーズが立ちはだかる。ボーっとしたような顔をしているが眠いのだろうか?
「どうした、ルイーズ?」
「……フリード様ぁ」
「うわっ、大丈夫か! ……これは、酒の匂いか?」
ルイーズは突然、がばっとオレの方に倒れ込む。口元からは、わずかにワインの匂いが漂った。
机の端を見ると、オレの隠していたワインが封を開けられた状態で置かれている。ラベルが葡萄ジュースっぽいので間違えてしまったのだろうか。
このままだと倒れてしまいそうなので、無理やり椅子に座らせる。オレも心配なので椅子を近づけ、様子をうかがうことにした。
顔はほのかに赤く、目はとろんとしている。お酒に強いイメージは無かったが、だいぶ酔っているようだな。
「御主人様、白湯を準備しますね」
「ああ、頼む。大丈夫か、ルイーズ?」
「フリード様……!」
「おい、ルイーズ……」
ルイーズは座っていたオレに、がばっと抱き着いてきた。お尻をオレの膝の上に乗せ、向かい合う格好になる。
あのツンツンお嬢様がこんな行動をするとは、もう完全に酔っているな。
「フリード様はずるいですわ。いつもいつも優しくして……。もっとろくでもない男だったなら、私もこんな気持ちに……!」
「おい、大丈夫か? あんまりいろいろ言うと酔いが醒めた時大変だぞ」
「フリード様は、私とステラ、どっちが大事なんですの?」
「何故ステラが出てくる……」
オレはアルコール耐性が圧倒的なので我を失うほど酔ったことは無い。そのためこんな姿を見せられるとどう対応していいかわからないな。
「ルイーズのこともステラと同じぐらい大切にしているつもりだが」
「だったら、頭を撫でてくださいませ」
……なんてことだ。いつも子ども扱いされると怒るルイーズが、撫でて欲しいだと?
まあ、本人が望むなら撫でてやった方が良いのか? 誰かオレに答えを教えてくれ。
「いつもオレの為にお金を稼いでくれてありがとう。本当に助かっているぞ」
「……うふふっ、もっとして欲しいですわ」
ヒモみたいなことを言い、望み通りに頭を撫でると、嬉しそうに微笑み更に体を密着させる。
……思えば、母親がいないからルイーズは褒められることが少ないのかもしれない。父親もほとんど仕事でいないしな。
これからは、褒めて伸ばす教育をしていくべきなのだろうか。
「きゃああーっ! ご、御主人様!? なっなな、何て事をしているんですか!」
「エミリア、早くオレを助けてくれ……」
湯気の立ったカップを持ったエミリアが、オレたちの姿を見て悲鳴を上げる。
悲鳴を上げるせいで、端っこの方で飲んでいたデットとアルトちゃんにも注目されてしまう。何て羞恥プレイだ。
「オレは無実且つ被害者だ。早く酔い覚ましを頼む」
「はっ! す、済みません、取り乱しました! ルイーズさん……って、寝てしまってますね」
ルイーズはいつの間にかオレの膝の上で寝息を立てていた。やれやれ、また今回も一命をとりとめたようだ。
「はあ、ベッドに連れていくか」
「……寝てるからって変なコトしちゃだめですよ?」
「……したことないのだが」
何故オレがあらぬ嫌疑をかけられているのかは置いておくとして、ルイーズを抱きかかえベッドに連れていくことにした。
*
オレはルイーズをベッドに寝かしつけると、速攻1階へと戻ってきた。
あまり時間をかけると疑いが強くなってしまいそうだからな。
……だが、これで面倒ごとは終わったな。エミリアは酒を飲んでいないし、デットやアルトちゃんは頭がおかしくなるほどは飲まないだろう。
あとはゆっくりとお酒を飲んで過ごすとしよう。
「フリードさん♡ にゃんにゃん♡」
「……フラウ、何の真似だ?」
どうやらオレはもう1人の存在を忘れていたようだ。フラウがアホみたいな話し方でオレに声をかけてくる。
匂いをかがなくてもわかる、これは完全に酔っておりますな。
「フラウにゃんは構って貰えなくて寂しいにゃん♡ なでなでしてほしいにゃん♡」
くそ、ハートを連発してやがる。語尾も猫っぽくなっているが、別の女が頭をよぎってしまうな。
助けを求めるようにエミリアをちらりと見るが、目をそらされてしまった。
仕方ないな。オレは犬派だが、この羞恥プレイをしっかり攻略してやろう。
「よーしよしよし! よしよしよし!」
「にゃんにゃん♡ 嬉しいにゃん♡」
フラウはオレの膝の上でにゃんにゃん言っている。
お酒の力とは恐ろしい。こんなの酔いが醒めたら自殺ものだろう、記憶を失うほど酔っていることを願うしかないな。
しばらく膝の上で騒いだ後、やがてすぐに静かになってしまった。
やれやれ、ミッションコンプリートだな。この天才はいともたやすくハードルを越えてしまうのだ。
眠ってしまったフラウをさっきと同じように部屋へと連れていく。今度こそオレもゆっくりできるだろう。
「凄い変わりようでしたね。お酒の力って恐ろしいです」
戻ってきて椅子に座ると、オレを見捨てた薄情なメイドが声をかけてくる。
口には出さないが、エミリアも相当酒癖が悪かったが。2人と違ってなかなか酔いつぶれなかったし。
「……まあ、あれぐらい大したことないさ。オレの知り合いには素面でにゃんにゃん言う奴がいるぞ」
「あはは……」
反応に困ったかのような笑い顔をするエミリアを尻目に、中身の入ったグラスを探す。
ルイーズとフラウは2人合わせて1本分飲んだようだ。仕方なく新しいのを開けようとするが、どうやら残っているのは最後の1本だけだ。オレもこの辺で我慢するとしよう。
「それにしても、御主人様は全然酔わないですよね」
「当然だ。オレの体には血の代わりにアルコールが流れているからな」
「……つまりは、ヴァレリー様は常に自分に酔っているという事ですね?」
グラスにワインを注ぎながら応えると、アルトちゃんとデットが近づいてきた。
もう残っているのは4人だけだ。あとは大人の時間という事だな。
ワインの残りを2人に注いでやると、静かに最後の滴を飲み干す。酒というのは、騒ぎながら飲んでも静かに飲んでも美味いのだ。
「あっ! もういつの間にか12時を回っています!」
エミリアが壁に掛けてあった時計を見て声を上げる。どうやらオレが酔っ払いの相手をしている間に新しい年が始まっていたようだ。
「やれやれ、締まりのない年越しだな」
「ヴァレリー様らしいですね。今年もよろしくお願いします」
「今年もよろしく頼む」
「よろしくお願いします!」
3人はご丁寧に新年の挨拶をする。もう寝たメンバーへの挨拶は朝になってからだな。
「ああ、よろしく。だが、言葉を間違えているな。今年だけじゃなく、これからもよろしく、だな」
「……! そうですね!」
そのまましばらく4人で過ごし、やがて自然と解散となった。片付けは後回しにして、各自部屋へと戻っていく。
さて、今年も頑張るか。ベッドの上で気合を入れ、就寝することにした。