第175話 パーティーの始まり
今日が、1年で最後の日。明日から新しい年が始まる。
普通は家族とゆっくり静かに家で過ごすのが一般的だが、そんな通例など関係ない。たまには大騒ぎしながら過ごしてもいいのだ。
「お兄様! せっかくのパーティーなので飾りつけしましょう!」
コーヒーカップ片手にソファーでくつろいでいると、ステラが声をかけてきた。
やれやれ、騒ぎたいのはオレだけではない様だ。
いつの間に準備したのか、紐に等間隔にカラフルな旗を付けた飾りを持っている。
旗は見覚えのある色をしており、恐らくロゼリカの使っている布地の余りを使用したものなのだろう。
仕方なく席を立つと、高い所の飾りつけ担当として働くことにした。
*
「……まあ、準備はこんなものかな」
余り働きたくないのでだらだらと準備を進め、お昼過ぎには飾りつけも終わった。
壁には旗、テーブルクロスも華やかなものに変更、そして頭にはステラに装着させられたとんがり帽子がのっかっている。
「えへへ、同じ格好ですね!」
「……そうだな」
可愛らしい少女が装着するならともかく、天才かつ偉丈夫なオレがこんなものをつける権利があるのだろうか。
とはいえ、今夜ぐらいは我慢するか。
「ちょっと休憩しよう、何か飲みたいものはあるか?」
「お兄様と同じのが良いです!」
「そうか。じゃあ砂糖たっぷりのミルクティーにしよう」
エミリアはパーティーの食事の準備をしている。たまには飲み物ぐらい自分で準備をすることにし、キッチンへと足を踏み入れる。
キッチンの中は、既に美味しそうな香りが漂っていた。
シチューやローストは時間をかければかけるほどおいしくなる、もう既に調理の支度は整って、あとは出来上がりを眺めるだけのようだ。
「あっ、御主人様。……どうしたんですか、その頭?」
「ふっ、頭が良いのはいつものことだ」
「中身の話じゃないですよ……」
帽子を見つめてくるエミリアを受け流し、紅茶を探す。普段使わないからどこにしまってあるかわからないな。
「何かお探しですか?」
「紅茶でも飲もうと思ってな」
「私が準備しましょうか? もうほとんど食事の準備も終わりですし」
「いや、エミリアも少し休憩するといい。安心しろ、1人暮らし歴は長かったからな、紅茶など簡単だ」
棚を開けまくるとようやく紅茶の葉を見つける。火をかけるスペースはメインの煮込み料理に占領されているが、そこは『錬金術』の出番だ。
お鍋を取り囲むようなドーナツ状の銀の器を作り、漏れる熱を余すことなく利用していく。
我ながら、何という万能な魔法。すり抜けたり光を発したりする時代も終わりという事だ、これからは戦闘力ではなく利便性なのだよ。
そしてここからは個人技の時間だ。完璧な計算により最適な量を茶葉を手でつかみ取ると、ぱらりと器の中に投入する。
流石の料理一筋のメイド長と言えども、これには舌を巻くに違いない。
「うわ、結構雑ですね。まだちゃんと沸騰もしてないですし……」
「何だと? 今までこんな感じでベストなティータイムを過ごしていたのだが」
「もうっ、こんなのベストどころか、グッドですらないですよ! やっぱり私が準備します!」
キッチンはメイドの領域という事か。オレはキッチンから追い出される羽目になってしまった。
*
「いいか、ステラ。勉強で最も重要なのは数学だ。常識を知らなくても生きていけるが、貰ったお金の計算が出来なくては都会じゃ生きていけないぞ」
「はい、お兄様!」
キッチンから敗走したオレは、夕食までステラの勉強を見てやることにした。やはり自分の専門分野で戦わなくてはな。
オレの専門分野、それは言わずもがな脳みそなので、その知識をステラに授ける。
「知識はあって困ることは無いからな。今は必要ないと思ってもいざというときに役に立つ」
「わかりました。……あの、お兄様。質問しても良いですか?」
「何だ? この天才が何でも答えてやろう」
質問をするのは良いことだ。興味があるから質問が飛び出す訳で、興味のあることは吸収も早い。
つまり疑問はどんどん聞くことが天才の第一歩だという事だ。
「お兄様はいつ結婚するんですか?」
「ぶーっ! ……げほっ、げほっ!」
ステラの質問は全くの予想外だった。死角からの攻撃にミルクティーを吹き出してしまう。
「お、お兄様! 大丈夫ですか!?」
「大丈夫だ。……結婚か、手のかかる妹がいるうちはまだまだ難しいな」
「むぅー」
子ども扱いされたのが不服なのかふくれっ面を見せるが、そう言うところがまだまだ子供だな。
「よく考えてみろ、オレに子供が生まれたらお前はステラおばさんと呼ばれるぞ? 耐えられるのか?」
「う……それはちょっと嫌です」
適当な言葉でステラを煙に巻くことに成功する。
冗談は置いておくとしても、予言されている竜の復活がある以上、身動きを取りにくくすることはできないな。
まあ、天才お兄さんが天才おじさんになる前には、危機とやらが来て欲しいものだが。
「御主人様、そろそろ食事ができますので机の片付けをお願いします」
どうやら、やっと食事の準備ができたようだ。気が付けばキッチンだけでなくこのロビーにも美味しそうな匂いが漂っている。
勉強道具を片付け、待ちに待ったパーティーナイトを過ごすとしよう。
*
「よーし、Bランクにも上がったし無事修行も終えたし、1年を無事過ごせたことを祝って乾杯!」
「かんぱーい!」
ついにパーティーが始まった。誰も求めていない挨拶は10秒で終わらせ、早速食事にしよう。
テーブルの上には、捕まえてきた猪料理が並んでいる。ワインと煮込み料理の組み合わせは最高だな。
野菜も多く使っているので、量も十分だ。
うーん、まずはワインとの相性を考え、煮込みにするか? いや、やはりもも肉のローストをがっつりかぶりつくか?
「御主人様……」
「どうしたエミリア? 食事の準備で疲れているだろうし、切り分けぐらいは自分でするぞ?」
「いえ。マルジェナ様が言っていた話、どうするんですか?」
エミリアはこの前の話のことを言っているようだ。こんなお祝いの席だというのに、心配性だな。
セシリアとの手合わせ……もとい、強い魔法使いの選定は年明けから2週間ぐらいは期間がある。
フラウが鎧を作ってくれたら満を持してボコボコにしに行く予定だ。
「修行の成果を試す機会だ、当然顔を出すつもりだ。ドジっ娘と言えども間違えて殺すことは無いだろう」
「そうでしょうか……?」
「安心しろ、オレはマルジェナに勝った男だ。セシリアにも勝ってオレの天才ぶりを世に示そう」
エミリアは疑うような目でオレを見る。いまいち信用が無いのは何故だろうか。今まで死んだことは一度もないというのに。
「セシリアにも勝てば、そろそろAランクより上のランクが必要になるな。フリードの名を取ってFランクというのはどうだ?」
「何か逆にランク下がった感ありますけど……」
「まあ、折角のパーティーだ。陰鬱な話は止めて楽しい会話をしよう。どうだ、セシリアに勝ったらまたパーティーでもしようか?」
「……そうですね。次のパーティーも皆で必ずやりましょう!」
エミリアも気を取り直して、未来に目を向けてくれたようだ。
これからいつでも皆で騒げるようなギルドを目指さないとな。そのためには体力だ。
ホロホロに溶けた煮込み料理をよそい、次のパーティーへ気合を入れることにした。