第174話 招待券
「よーし、早速肉どもを収穫するとしようか」
「こんな寒い中、狩りをさせられる羽目になるとは……」
「しかも年末ですからね。ヴァレリー様の行動力にはいつも驚かされますよ」
オレはデットとアルトちゃんを引き連れ近所の森へとやってきていた。
ぶつくさ文句を言っているが、これも年末パーティーの為の先行投資だと思えば苦痛でもないはずだ。
「まあそう言うな。今日働けば、あとはしばらくお休みだ」
「やれやれ、仕方ないな」
オレは、錬金術で近くに鉄の檻を生み出す。この中に獲物を集めるとしよう。
「さあ始めよう。この檻が肉でパンパンになるまで頑張ろう」
「野菜を収穫するような言い方をされても困りますが」
檻は森の入り口に置いておき、3人で森の中へと入っていく。雪は降っていないがこの寒さだと獲物も少なそうだ。
「フリード、気を付けた方が良い。冬場はエサが少なくて、野生生物は気性が荒くなっているからな」
「ふっ、今更そんなものにビビると思っているのか? この森にいる生き物は今日、冬眠か永眠のどちらか選択を迫られる」
「頑張ってください、ヴァレリー様」
話しながらずんずんと進むが、鳥の鳴き声さえ聞こえず静けさだけが場を支配している。
……これは、収穫があっただけでも良しとしないといけないかもな。
「そう言えば、デットは何か好きな食べ物は無いのか? やはり狩人だから肉か?」
「いや、私はあまり沢山は食べない、獲物はほとんど売っていたしな。1人の時はキノコや山菜を良くとっていた」
「へえ、じゃあそういうのが好きなのか?」
「好きという訳ではないが……ヘルシーだし、安全に採れるしな」
やれやれ、食事にヘルシーさを求めるとは愚かなことだな。食とは量と味、これに尽きるのである。
「アルトちゃんはどうだ? 何か好きなものがあればついでに狩るとしよう」
「……山でとれるもの限定ですか? 私は食べられるだけで幸せを感じる人間なのでご安心ください」
「ふーん……」
やれやれ、これはきっと遠慮しているに違いない。ここは豪華な食事ラッシュで何が好きかを問い詰めるとしよう。
癖のある2人と適当に会話を楽しみつつ、更に森の奥深くへと進んでいく。
王都の近くなだけあって、大して広い森ではない。この辺で獲物の1つでも取りたいものだが。
「……! フリード、あそこを見てくれ。動物の寝床だ」
「結構大きいな。熊か?」
「いや、あれは猪だな。猪は冬眠しないから、近くにいるかもしれないな」
「猪か、良いな」
割とメジャーな生き物ながら、意外とギルドでは食べたことないな。大物なら1匹でも十分メンバーの空腹を満たせそうだ。
「猪は皮が分厚くて骨太だから、矢が通りにくい。普段は罠で獲るんだが……」
「だそうですよ、ヴァレリー様。よろしくお願いします」
「ふっ、良いだろう。ミスリルを操る天才に任せておけ」
「野生生物には意味がないと思うけどな」
そうと決まれば、早速ハンティングだ。近くの木に隠れ、周囲を伺う。
しばらく沈黙が流れるが、不意に視界の端の雑草ががさがさと揺れ動いた。
「発見、殺す!」
「おい、フリード!」
足元にバネを生み出し、その反発力で一気に接近する。
草むらにいたのは予想通り猪であった。突然飛んできたオレにビックリしたのか、その場で硬直する。
野生生物も驚きの瞬発力、修行の成果が出たようだな。
そのまま重力を利用して、首に鉄の刃を叩きつける。肉に食い込んだそれは致命傷を与えたようで、しばらく暴れた後そのまま動かなくなった。
「まったく、無理するな! 猪の牙は鋭くて危険だぞ」
「逃がすよりかはマシだ。早く解体して持って帰ろう」
冬なのでそう簡単には痛まないと思うが、引きずっていくのも大変だ。この場で解体してしまおう。
オレはナイフを生み出すと、デットに渡す。
「……なんだ、このナイフは?」
「適材適所だ。頼んだぞ、デット」
デットは人間の大人よりも大きそうな肉を、ため息をつきながら解体し始めた。
*
「ただいま帰りました」
「はあ、疲れた……」
オレたちは肉を持って、ギルドホームへと帰宅していた。
もう夕方になってしまったが、その日のうちに帰ってくることに成功した。これで明後日のパーティーの前準備は終わったな。
「お兄様、お帰りなさいませ!」
「おお、ステラか。お土産も獲ってきたぞ、ほら、猪の毛皮だ。マット代わりに部屋に敷くといい」
「……なんか臭いです」
残念ながら妹に拒否されてしまった。仕方ないので後でロゼリカにあげよう。
それにしても、体がだいぶ冷えてしまった。金属を生み出しても暖を取れないのは難点だ、爆発させるわけにもいかないからな。
「フリードさん、お帰り! 待ってたよ、ちょっと鎧のデザインを考えてみたから、確認してみて」
一服しようとソファーに腰を下ろしたところで、フラウが話しかけてきた。紙を1枚持っており、どうやら早速鎧のイメージ図を書いてくれたようだ。
その紙を受け取り、中身に目を通していく。
「どうかな……? 結構自信があるんだけど」
「まず、肩の部分にトゲトゲは要らないな。胸当てのハートマークも要らない。膝当てに髑髏マークも不要だ」
「そんな……! 普通の鎧になっちゃうよ?」
「普通で良いのだが」
常時防御のためには普段から着用できるようにしておきたい。それに対してこのデザインは尖りすぎている、この天才と言えども後ろ指をさされることは間違いない。
「絶対こっちの方がかっこいいのに……」
フラウはしょんぼりとして地下室へ戻っていった。
何故か罪悪感を感じてしまったが、オレは悪くないはずだ。
「ふう、年末でも何も変わらないな」
「何も変わらない方が良いですよ」
熱々のコーヒーを淹れてきたエミリアが、オレの独り言に答える。まあ、平和なのは変わらない方がいいだろうな。
「坊や、失礼するわぁ」
カップに口を突けようとした瞬間、嫌な声が聞こえてきた。入り口の方を見ると、誘ってもいない女が部屋に入ってくる。
「……玄関は鍵を閉めてあったはずだが?」
「やあねぇ、私の魔法を忘れちゃったのかしらぁ?」
マルジェナは悪びれる様子もなく、オレの対面に腰を落とした。
全く、魔法で勝手に侵入するなど、常識がなっていない。家主の意思を尊重したまえ。
「賑やかねぇ、何してるのぉ?」
「……年末は静かで退屈だからな、年越しホームパーティーでもしようと思ってな」
「へえ、賑やかなのが好きなのねぇ」
マルジェナは周囲で忙しく働くエミリアたちを見て、あれこれ詮索してくる。
別に雑談するほど仲がいいわけでは無いと思うが、一体何しに来たのか。用事があるなら早く本題に入って欲しいものだ。
「賑やかなのが好きなら楽しいイベントがあるわよぉ。強い魔法使いが集まるイベントよぉ?」
彼女はそう言うと、手紙を見せてきた。今度は何のイベントだというのだろうか。
「セシリアが強い魔法使いを教えて欲しいって言うから、あなたのことを推薦しておいたわぁ」
「いい迷惑だな」
なんという余計なお世話。オレは天才なので、魔法を見せびらかしたいという気持ちを理性で常に押さえつけている。
よって、こんなお膳立てされたイベントなどでは喜べない。
「良いじゃない、セシリアに一撃入れるチャンスよぉ。わざわざあの子が直々に魔法の強さを見たいんですってぇ」
「……一撃で殺してしまうぞ?」
「あっはっは、良いじゃない! そっちの方が面白いわぁ! ……じゃあ、当日はよろしくねぇ♪」
マルジェナはそう言って、壁をすり抜けながら帰っていった。
……それにしても、セシリアと戦うチャンスか。ポンコツだが真面目だし、こういう機会がないと手合わせは難しいかもな。
日にちは年明けすぐのようだ。冷やかしぐらいには行ってみるか。
……ミスリルの鎧が完成したらな。