第172話 年末に向けて
修行と休息を終え、オレたちは王都へと戻っていた。
季節はもう12月も終わり間近。あと1週間程で、ギルドを設立して2回目の年を越そうとしている。
そんな中、オレはというと……。
「ふん! ……どうだ、この美しい鈍色は?」
「す、凄いよ! こんなきれいなタングステン、僕の国でもなかなかお目にかかれないよ!」
「はっ! ……こっちはどうだ?」
「嘘、これってチタン!? 扱いにくくて僕らドワーフも敬遠する素材を生み出すなんて……!」
「おおぉっ! ……最後はこいつでとどめだ!」
「うわあぁぁーっ! み、み、み、ミスリルがこんなに大量にっ!? 僕、頭がおかしくなりそうだよっ!」
……ギルドホームの地下室で、フラウに金属を見せびらかしていた。
流石はドワーフの血を引く者だ。オレの生み出す金属の素晴らしさを一瞬で見抜き、オーバーリアクションで応えてくれる。
「どうだ、素晴らしいだろう? 今ならこれらに従来の金銀銅インゴット3点セットをつけて、お値段何と……」
「何と……?」
「何と、無料でのご提供だ! いつも世話になっているからな、感謝の気持ちという訳だ」
「最高っ! もうフリードさんに一生ついてくよっ!」
フラウは喜びが最高潮へと達したのか、オレにハグをする。
これほど喜んで貰えるなら、魔法を見せつけた甲斐もあったというものだ。
「ちょっと2人とも、静かにしてよ。編み物に集中できないじゃん。……ていうか、魔法はそう簡単に見せびらかさないとか言ってなかった?」
「おっと、悪いな。だが、これは見せびらかしているわけでは無い、ただの賄賂だ」
「……余計ダメじゃない?」
そう、これはフラウに頼みごとをするために機嫌を取っていたのだ。決して修行で成長したのが嬉しくて魔法を使いまくったわけはない。
「賄賂ってどういう事? 僕にできることなら何でも聞くけど……」
「ちょっとミスリルを加工してほしくてな。生み出すことはできるが、他の材料と組み合わせることまではできないからな」
「しょうがないな〜、最新の設備も送って貰ったばっかりだし、何でも作ってあげるよ!」
どうやら買収成功だな。ミスリルはそれ単体でも素晴らしい硬さを持つ金属だが、非常に重い為めっきのようにして使うのが一般的だ。
そして、それができるのはドワーフだけ。彼女の力を借りてミスリルを有効活用するとしよう。
「それで、何を作って欲しいの? 剣とか槍とか?」
「オレが作って欲しいのは、鎧だ」
「鎧?」
オレの目的は、鎧。ミスリルは魔法で防げない為、武器として使うなら正直投げつけるだけでも十分だ。
しかし、オレが重要視するのは守りだ。現状、ミスリルを生み出す速度は遅く、奇襲や全方位攻撃に即時に対応できるとは言い難い。
"光"や"雷"の速さに勝つには、生み出す手間をかけず、最初から鎧を装備すれば良いという事だ。
「ミスリルの鎧かー。やったことないけど頑張ってみるよ!」
「ああ、頼む。希望は軽くて普段から使えるような奴だ」
「うーん、頑張ってみる……」
無理難題を押し付けてしまったが、やってくれるようだ。
完成を楽しみに待つとしよう。
*
フラウに依頼をするという大仕事を終えたので、オレは1階に戻りコーヒーを飲んでいた。
王都はあまり雪は降らないが、窓から見える色を失った花壇が季節が冬だと教えてくれている。
「御主人様、今年はどこにもいかないのですか?」
「ああ。仕事の予定もないし、ギルドホームでゆっくりするつもりだ」
毎年冬は仕事が少ないが、今年は多少の貯えもある。しばらくは冬休みという事だな。
……欲を言うと、修行の成果を試せるようなイベントがあればいいのだが。
「良いですね! 最近何かと忙しかったですし、たまにはゆっくりしましょう!」
「……そうだな、たまにはしっかり休息をとるか」
エミリアのどこか嬉しそうな顔を見ると、やっぱり平和に過ごすかと思い直す。
「じゃあオレは散歩にでも行くかな。体を動かさないと、冬は太りやすい」
コーヒーを飲み干し、夕方ぐらいまで散歩に行くことにした。
*
「……で、何故ここに来たですか」
「年末の挨拶だ。来年もよろしく頼む」
オレは、散歩がてら久しぶりにユグドラシルを訪れていた。ルナちゃんに会うのも久しぶりだ。
「少し前に妖精たちに会ってな。場所を教えてくれたローズにもお礼を言いたいのだが……」
「今は病院に行ってるです。マスターが最近体調がすぐれないから、付き添いです」
「まあ、あの方も結構なお歳だからな。体に気を付けないと」
「老人扱いするなです!」
ルナちゃんに怒られてしまうが、贔屓目に見てもおじいちゃんなのは間違いないな。
「まあ、それなら仕方ないな。また今度直接お礼をしに来るとしよう」
ここで時間を潰すつもりだったが、当てが外れたな。まいった、夕食まで時間を潰したいのに他にはお金がかかるところばかりだ。
*
寒い中当てもなくぶらぶらするのも頭がおかしいので、まだ3時ごろだがギルドホームに帰ってきた。
暖を取ろうとロビーへ行くと、何やら浮かない顔のルイーズがソファーに座っている。
「どうした、寒いのか?」
「そんな間抜けな理由でこんな顔をしていると思いまして? ……これですわ」
ルイーズは1枚の手紙を見せてくる。どうやら彼女の父からのようだな。
中に目を通すと、仕事が忙しく今年の冬は帰れそうにない、といった旨の内容が書かれていた。
「そうか、残念だな。前国王の葬式で長居していたし、その辺も関係があるのかもしれないな」
「……わかっていますわ」
わかっていても、感情がコントロールできるわけでは無い。年に数回しか会わない実父と会うタイミングを逃すのは悲しいはずだな。
「そう気を落とすな。今年は幸いオレたちもここにいる予定だ。皆で賑やかに過ごそう」
「皆で……」
「その通りだ。父親の代わりになれるかはわからないが、貴族に見劣りしない時間を提供しよう」
やることがないと酒を飲む理由もないからな。これを機に自らイベントを起こすしかない。
……そう言えば忙しくてBランク昇格も碌に祝えていない。修行が終わったのだからお疲れ様会だって必要だ。
つまり、2回も酒を飲むチャンスを逃している。これは一大事だ。
「よし、パーティーだ、年越しパーティーをしよう。酒でも飲んで冬の陰鬱さを吹き飛ばそうではないか」
「結局理由をつけて、お酒を飲みたいだけですわね」
「見くびって貰っては困るな。酒だけではなく美味しい食事も目的だ」
「……仕方ありませんわね。フリード様の為に、お父様の秘蔵のワインを出しますわ」
「何だと……?」
侯爵家の当主秘蔵のワイン……聞くだけで価値があるのが分かる。
「本当にいいのか?」
「娘よりも仕事を優先した罰ですわ!」
「……ルイーズも、もう立派なレディだな。成長を目の前で見れて嬉しいぞ」
「何ですの、こんな時ばっかり」
これは楽しくなってきたな。どうせなら食事も最高のものを準備するか。
調味料は以前ビストリアから貰ったものがあるが、食材はやっぱり新鮮なものが良い。
パーティーは今年最後の日にするとして、残り1週間で最高の食材を準備するとしよう。
冬は旬のものは少ないとはいえ、そんなことはこの天才の前では大した障害ではない。
最高の仲間と最高の食事、そして最高の酒。これはもはや、地上の楽園ではないか。
「くっくっく……、楽しくなってきたな?」
「えぇ……何で急に笑ってますの?」
何故かドン引きされているようだが、そんなことはどうでもいい。今年最後の夜を、忘れられない夜にしてやるとしよう。