第171話 休息
無事プッカを助け出したオレたちは、ティアーニタの魔法で再び妖精たちの集落へと戻っていた。
「まったく、何故捕まったのですか……あなた1人なら逃げるのは訳ないでしょう?」
「ごめんなさい、女王様……。てっきりフリード様のお仲間かと」
こんな小汚い男たちを仲間と勘違いするとはひどい話だと思いながら、足元のそいつらを見る。
男たちは気絶したまま、オレの生み出したミスリル製の鎖で縛られていた。これなら逃げられる心配は無いな。
「これだから人間は信用できないのです」
「……正論過ぎて返す言葉もないな」
女王の言う通り、残念ながらまた人間に対する評判が下がってしまったようだ。
人間と妖精が手を取り合う日はまた遠のいてしまったな。
「さて、約束の期限だしオレたちは帰らせてもらう。修行に付き合ってもらってありがとう」
もうすっかり夜になってしまったな。全員でここで一晩過ごすのも更に迷惑をかけるだけだ、早く帰ってしまおう。
「フリード様! 助けていただいてありがとうございました! その、良かったらまた来てください!」
「……いいのか? 後ろで女王様が怖い顔をしているぞ?」
プッカがオレの下によりお礼の言葉をかけてくれる。
嬉しい言葉だが、妖精全体の気持ちを汲むとやはり少し時間を置くべきだろう。
「フリード、あなたの修行は確実に自身の力になるでしょう。我々に感謝と謝罪の気持ちがあるのならば、その力で示しなさい」
「そうだな、ここまでオレの名前が轟いた時、再び姿を見せるとしよう」
「……悪名でないことを祈りましょう」
女王と最後の言葉を交わすと、村へと歩き出す。後ろからプッカの声が聞こえてきたが、手だけで背中に返事をする。
「……いいんですか、こんな別れ方で?」
「いいんだ、別に喧嘩別れという訳ではないからな」
女王はプレッシャーをかけるようなことを言ってきたが、裏を返せば、それはまだ人間に期待をしているという事だ。
完全に見放される前に少しは汚名返上するとしよう。
「それにしても腹が減ったな。やはり果物だけじゃ身が持たない」
「帰ってから食事の準備ですから、だいぶ遅くなりそうですね」
なんてことだ。果物だけであんな重労働をさせられて、更に我慢を重ねろというのか?
「やれやれ、仕方ないな。先にアホどもを村に突き出しに行くか」
妖精のところに置いていくわけにもいかないので、来た時よりも美しくの精神で2人組の男も連れて帰っている。
ここでさらに労働で体に追い打ちをかけた後の食事は、さぞや最高に違いないな。
「お兄様、その後はボートで湖に行きましょう!」
「ボート? 夜は危ないからダメだ。それに今までの期間、十分遊んだだろう?」
オレが修行している間、十分に娯楽も休息もできたはずだ。兄は疲れているので休ませてもらおう。
ふくれっ面をしてもダメなものはダメなのだ、安全第一の心を忘れてはいけない。
「御主人様、ステラちゃんは一緒に遊ぶために今まで我慢していたんですよ」
「ん? 何でそんなことを。無駄な我慢だな、一体誰に似たのか……」
「一番近くにいる人に似たのだと思いますよ?」
「どういう意味だ?」
「ふふっ、そういう意味ですよ! ……さて、帰ったら私も気合を入れて食事を作りますね! 実は、エルデット様が立派な猪を獲ってきたんです!」
「いや、肉が食べれなくて泣いているとか言うから……」
エミリアの言葉を聞き、デットの方を見ると照れたように頬を掻く。
まさかいきなりそんなボリュームのあるものを食べられるとは。ちんたら談笑しながら歩いている場合ではないぞ。
「こうしてはいられない、オレはアホどもを先に村に引きずっていくぞ!」
「あっ、御主人様!」
オレはおっさん2人を鎖で引きずりながら村へと走り出す。
*
「うーん、胃が痛い……。調子に乗って食い過ぎたな」
翌朝、オレは久々のベッドの上で目を覚ました。
食べ過ぎか、修行の後で気が抜けたのか、体がだるく感じる。
「お兄様、おはようございます!」
「フリード、お早う」
「……ステラとロゼリカか、朝から元気だな」
ベッドの上でもぞもぞとしていると、元気のいい声とともに扉が開け放たれる。
このコテージは鍵がないからプライベート完全無視だな。
「朝食の後、約束通りボートに乗りましょう! もう準備もしてきました!」
「釣り竿も借りてきたよ」
いつの間に約束したか記憶が定かではないが、わざわざ我慢していたらしいからな。
しょうがない、もうひと頑張りするか。
「楽しみなのはわかるが、まずは朝食だ」
何か胃に優しいものでも飲むとしよう。ベッドから這い出ると、1階へと向かうことにした。
*
「うわわ、揺れる!」
「凄い、お魚がたくさん泳いでいます!」
オレは昨日の余りの猪ステーキとワインを摂ったあと、約束通り湖上へとボートをだす。
2人は楽しそうに水面や遠くの景色を眺めている。本当に楽しそうだな。
冬じゃなければ泳げたかもしれないが、そこは我慢するしかない。
「この辺りが湖の中心だな。釣りをしながらでも景色は眺められる、竿の準備をしようか」
「うん、じゃあ早速エサを……! うわっ、虫!?」
ロゼリカはエサも貰ってきたようだが、中身までは確認していなかったようだ。
小さな箱を開けると、その中身に驚いた表情を見せる。
「虫、というかミミズだな。生餌だし食いつきも良さそうだ」
「フリード〜、その……」
「……わかった、オレがエサをつけてやろう」
3人分の竿にミミズをつけると、手本として釣り竿をしならせ、遠くへと投げ飛ばす。
2人も同じように竿を投げるが、かなり側にポチャリと着水した。
「む、難しい……」
「まあいいさ、あとは魚がかかるのを待つだけだ」
それぞれ思い思いの方向を見ながら、竿を掴む。釣りのことはよく知らないが、冬でもちゃんとかかるのだろうか。
3人の竿は反応を見せず、時間だけがゆっくり過ぎていく。待つのが醍醐味なのかもしれないが、正直趣味に合わないな。
「それで、修行はどうだったの?」
「ふっ、完璧だ。紆余曲折を得てオレは今、最強の頂に手をかけている」
「お兄様、格好いいです!」
「……本当かなぁ?」
「本当だ、天才はあまり嘘をつかないから。見せびらかすつもりは無いが、いざというとき皆を助けてやろう」
過保護になる気はないが、やはり守る力のある人間が守ってやらないとな。
せめて大人になるまではオレが守ってやるべきだろう、特にこの2人は。
「あっ、お兄様! 竿が震えてます!」
「何だと? ゆっくり糸を巻き取るんだ」
話をしているとどうやら当たりがあったようだ。初めての体験に驚くステラに指示をする。
「け、結構力が強いです! お兄様、助けて!」
「ダメだ、自分で頑張りなさい」
「さっき助けてくれるって言ったのに!」
やれやれ、手のかかる妹だ。
まあ、言ってしまったものはしょうがない。約束破りの常習犯だが、約束を守る努力はしないとな。
「うわっ、フリード、こっちも!」
ステラの側に近づいた瞬間、ロゼリカにも当たりが来たようだ。
……まったくオレの周囲は落ち着く暇を与えてくれない。これでは簡単に約束も出来ないな。
自分の撒いた種だし仕方ない。これもいずれ、オレを喜ばせる花を咲かせる種になるはずだ。
そんなことを考えながら、騒がしくも平和な休息を享受したのであった。