第170話 フリード怒りのミスリル
オレたちはプッカの悲鳴が聞こえた方角へ走っていた。
少しずつ声が大きくなってくる。もうかなり近いな。
「プッカ!」
「うおっ、こんなところに人間だとぉ!?」
「フリード様っ!」
少し開けた場所へ飛び出すと、そこには2人の男と、縄で縛られたプッカがいた。
「ふん、どうやら招かざる客が足を踏み入れていたようだな」
自分のことを棚に上げつつ、男たちを見据える。小汚い見た目で山賊や盗賊風情といった感じだな。
珍しい妖精を見つけて捕まえたってところか。
「その妖精は親愛なるオレの友人だ。殺される前に開放した方が身のためだぞ?」
「ちぃ、人間が妖精の味方かぁ? おい、お前は先にそいつを連れて逃げていろ、すぐに追いつく!」
「へい、兄貴!」
太った方の男が命令すると、細身の男はプッカを連れて森の奥へ逃げ出した。
「は、早っ!」
細身の男はまるで獣のような速さで逃げていく。何かの魔法を使っているようだ。
「ボーっとするな、早く追いかけるぞ!」
「へっ! ここは通さねえぜ!」
太った男が門番のように立ちふさがる。どんな魔法かは知らないが時間がない、ここは先手必勝だ。
「時間稼ぎ出来ると思うな」
オレは鉄の鎖を生み出し、男へ向けて発射する。
今までは目で追えるほどの速さでしか生み出せなかったが、修行の成果によりまるで銃弾のような速度で男を狙い定める。
「ぐおっ!?」
男は避けることも出来ずに上半身に鎖を受け、そのまま後ろへと吹き飛ばされた。
どさりと倒れ込むと、動かなくなる。一撃で気絶してしまったか?
「流石です、御主人様!」
「すぐにもう1人を追うぞ! デット、アルトちゃん、一緒に探してくれ! 他の者はそいつを縛っておいてくれ」
「ああ、わかった!」
あの速さだと早く追いかけなければ間に合わないだろう。各自に指示を出し、すぐに次の行動へ移る。
……だが、気絶した男の横を駆け抜けようとしたとき、何かが足に絡みついた。
そいつはオレの足を引っ張り、おかげで態勢を崩してしまった。
「うおっ! 何だ!?」
「はっはっはぁーっ、油断したな! オレにそんな攻撃は通用しねぇのよ!」
どうやら死んだふりをしていたようだな。小賢しい真似を。
男はオレの足に腕を絡みつけてくる。よく見るとその男の腕には、イボイボのような無数の吸盤がついていた。
「うわ、気色悪っ!」
「どうだ、オレの『深海の悪魔』は! 柔らかい体は物理攻撃を防ぎ、この吸盤で獲物は絶対に逃がさないぜ!」
「くそ、放せ! このタコ野郎!」
おっさんが足に絡みついてくる恐怖。背筋がぞくぞくして吐き気を催すな。
無理やり引きはがそうとするが、腕をオレの足にぐるぐる巻きつけまったく微動だにしない。
「ヴァレリー様、動かないでください」
「今、その変態を射抜く!」
「うおっ!」
異変に気付いたデットとアルトちゃんはオレの足元に向かって、武器を放つ。
そして、オレの足ごとタコ男を串刺しにしたかに思えたが。
「無駄無駄! はっはぁ!」
「なっ!? 私の矢が……!」
なんとこの男は矢やフォークさえも、ぷにょんと跳ね返してしまった。
鋭い武器すら跳ね返すとは、ただの変態ではない様だ。
「2人とも、オレのことはいいからプッカを追いかけてくれ。すぐに追いつく!」
幸いこいつは攻撃力はなさそうなので、先に細身の男を追わせるとしよう。
2人はオレの言葉を聞き、再び森の奥へ走り出した。
「ちいっ、卑怯なぁ!」
「黙れ、タコ野郎。とっとと離れろ!」
刃物すら通さないなら今度は衝撃だ。鎖を近くの木に括り付け、振り子の要領で勢いをつけながら別の木の幹に叩き付ける。
……だが、それすらも跳ね返される。オレの足には一切衝撃が伝わってこず、緩衝材としては抜群のようだ。
「ちょっと、何を遊んでいるのですか!」
「いや、この男が……」
「はっ、万事休すかぁ? お前がこいつらのリーダーなんだろ? 魔法使いなんて所詮は個人技、お前さえ止めてしまえばこっちのもんよ!」
小汚い変態のくせに、なかなか理にかなった作戦を仕掛けてくる。
早くこいつを何とかしなければならないというのに、気持ちばかりが焦ってしまう。
「フリード、動かないで! 私の『ダーク★フォース』でその男を吹き飛ばすから!」
「おいやめろロゼリカ、オレの足ごと爆殺するつもりか!」
「うっ……」
こんなに密着されてしまっては、ロゼリカの魔法も使いにくい。
距離があれば、錬金術奥義・粉塵爆発や金の玉を使えるというのに。
「全く、何をコントをやっているのですか!」
「いや、ロゼリカが……」
くそ、オレだけでなく皆も焦っているようだ。
こんなたった1人に翻弄されるなど、情けない。
……そもそも、オレが油断しなければこんなことにならなかったのだが。
たかが盗賊風情と侮ってしまった。プッカの身に危険が及んでいるというのに。
「はっはっ! もう降参したらどうだ? 安心しろ、命までは取りはしねぇよ!」
どうせ取れないだろうが。この男、完全に調子に乗っているな。
こんなアホみたいな男に、この天才が翻弄されるなど、屈辱にもほどがある。
「お前みたいな出しゃばりじゃ妖精ごときを守ることなんかできねぇってこった!」
「……黙れ」
「あん、何か言ったか?」
「……黙れ!」
「ぐっ!? ごほぉぉぉっ!?」
オレはこの男を黙らせたい一心で、ナイフを生み出し男に突き立てた。
今貴様を殺す作戦を考えているのだ、少し静かにしていろ。
「うぉぉぉっ、ナイフが、オレの腕にぃぃぃ!?」
「黙れと言ったのが聞こえなかったのか?」
「ご、御主人様! ナイフ、ナイフが刺さってます!」
「ん? うお、効いてるのか!?」
なんと、オレが無意識のうちに生み出したナイフは男の体を貫いていた。
そのナイフは虹色に光を反射している。これは……。
「それは、ミスリル!? フリード、あなたという男は……」
「……ふっ、どうやらいつの間にかオレにも芽生えていたようだ。妖精王オロベンと同じように、同族を守りたいという"心"がな」
「御主人様は一応人間にカテゴライズされると思います……」
ここにきてまさかの覚醒。純粋な感情が力を生み出したようだ。
「ぐぉぉ、親父にも刺されたことないのに……!」
男は刺された驚きと痛みで、オレの足から離れのたうち回っていた。
オレは拳に意識を集中し、ミスリルを生み出そうとしてみる。きっかけを掴めばあとは早い、少しずつ虹色の金属が生み出され、オレの拳を薄く覆い隠す。
「ぐっほぉ!」
オレは錬金術奥義・鉄拳制裁ミスリルver.で男の頭を狙うと、ガツン、と頭蓋骨を揺らす音が聞こえ動かなくなった。
魔法を弾く特性は武器としても申し分ないようだな。
「よし、あとはプッカだな」
男は黙らせることに成功したが、次は細身の男を追わないとな。
無駄に時間を取られてしまった、急ぐとしよう。
「フリード、早くプッカを追うのです!」
「……! いや、もっといい手がある」
怒りが過ぎ去った後は脳も冴えわたるようだ。オレは1つ、作戦を思いついた。
*
辺りが暗くなり、足元もよくわからなくなってきた頃、森で追いかけっこをしている男女の姿があった。
「はあ、はあ、何だあの2人!? この『俊足』についてくるなんて、夜でも目が見えてやがるのか!」
先頭を走る男は縛られた妖精を抱え、懸命に逃げていた。直線のスピードは圧倒的だが、時折木の根や植物に足を取られ歩みが止まってしまう。
それに比べ、後を追う2人は障害物を意に介さず、一定の速度で男を追いかけている。
「エルデット様、この暗闇でも走り続けられるとは流石ですね」
「……これでも森の生活の方が長いからな。それよりも、元受付嬢がついてこれること方が称賛に値すると思うが」
「お褒め頂き光栄です」
追いかけっこはこのままつかず離れずの距離で続くと思われたが、やがて終わりが見えてきたようだ。
「……! しめた、森の出口だ! 障害物さえなくなればこっちのもんだぜ!」
「まずい、もう森を出てしまうぞ!」
男は目の前の光景に笑みを浮かべる。そして、森を飛び出し平原に足を突けようとしたところで……。
「がべっ!?」
男の顔面に、蹴りが命中した。
「フリード!?」
「やはりいいな、ワープする魔法ってのは。『旅人』だったか?」
そこに立っていたのはフリードであった。脇には、妖精の女王ティアーニタを抱えている。
「無礼者、終わったのなら早く放しなさい!」
「はいはい。これで一件落着だな。このアホが真っ直ぐに逃げてくれて助かった」
「……まったく、私たちは不要でしたね」
4人の間に、ほっとした空気が流れる。エルデットとアルトは軽く体をかがめ、息を整えている。
「は、早く縄を解いてくださいー!」
「あ」
縛られていたプッカの声でフリードは元の目的を思い出し、彼女の縄をほどいてやるのだった。