第168話 お弁当
修行4日目。
連日の果物だけの食事と寒い寝床によって、ホームシックを発症していたオレの下に予期せぬ来客が現れた。
「ヴァレリー様、お元気ですか?」
「おお、アルトちゃん。どうしてここに?」
「皆さんが心配しているので、代表として様子を見にきました。私が来るのが一番早いと思いましたので」
どうやらオレの修行を確認しに来たようだ。この天才に心配など無用だというのに。
「見ての通り、ピンピンしている。折角だし修行の成果を見せてやろう」
オレはそう言うと、手に意識を集中する。
「うおおおおおおっ! ……出たぞ」
「これは鎖ですか?」
「ふん、ただの鎖ではないぞ。これは何と、チタン製だ!」
早朝から修行をはじめ、3時間ほど。オレは既に、新しい金属を生み出せるようになっていた。
まだ慣れていないせいか、気合に反して生み出されたのは小指ほどのサイズの鎖だが、0を1にすることに成功してしまえば、あとは練習だけだ。
「はぁ、チタンですか」
「何だその顔は。チタンは生産が難しい上に、硬さと重さのバランスが鉄やアルミに勝る金属だぞ」
「はぁ、そうですか」
やれやれ、どうやらこの凄さが分かっていないようだな。チタンを含め大半の金属は、ドワーフなしでは製錬方法さえ見つからなかったというのに。
いいだろう。ならばもう1つの新しい金属を見せつけてやろう。
「ぐおおおぉぉっ! ……ふっ、今度はどうだ?」
「はぁ、また鎖ですか」
さっきからずっとハァハァ言ってるな。興味の無さがありありと感じ取れる。
だが、今生み出した鎖の正体を知れば驚くに違いない。
「ふっふっふ、こいつはさっきとはレベルが違うぞ。何といってもタングステン製だからな!」
「そうですか、それは良かった。続きは修行の後にでも聞かせてください」
何だこの薄い反応は。普通の女なら興味なくても『えー、凄ーい!』とか言うだろうが。
この元受付嬢は愛想が悪すぎるな、全く。修行が終わったらフラウに自慢するとしよう。
「話は終わりですか? それではこれを渡しておきますね」
「ん? この箱は?」
「お弁当ですよ。酒も肉もない状況で、きっと泣いているに違いないとエミリア様が」
箱にそっと鼻を近づけると、火の通した肉と思われる香ばしい臭いが仄かに漂ってきた。
「おお、そうか! これで今夜は枕を濡らさずに済むな」
「喜んでいただけて何よりです」
彼女はそう言ってふっと笑みを浮かべると、帰るためにこちらに背中を向ける。
「そうだ、アルトちゃん。1つ頼みごとをしていいか?」
「私にできることであれば」
「次は毛布を持ってきてくれ。ここは寒すぎて涙も凍ってしまう」
「考えておきましょう」
考えただけで終わらないことを心から願いつつ、アルトちゃんの後ろ姿を見送った。
*
弁当箱を受け取ったオレは集落の中心に戻り、修行を再開することにした。
「話は終わりましたか? 時間がありません、早く修行の続きを始めましょう」
「ああ、わかっている。次はマグネシウムを生み出すことにする」
金属は定義だけで言うと結構な種類があるが、純粋な状態で機能的に使えるのは決して多くない。
全ての金属を生み出そうとせず、ある程度で見切りをつけて、ミスリルの錬成に取り掛かるべきだろうな。
そうは言っても、魔力操作の練習は重ねた方が良い。マグネシウム、水銀、白金等々……優秀な金属を生み出しつつ本番に備えるとしよう。
「ぐおおおおっ! おっ、出来たぞ」
大声を張り上げ気合を入れていると、手のひらの上にちんまりとした鎖が生み出される。
金属としては圧倒的な軽さ、マグネシウムで間違いない。
「……あなたは魔法の才能があるようですね。私が直接教えた人間は多くありませんが、その中でも圧倒的に順応性が高い」
「ふっ、そう褒めるな。天才といえども褒められれば気が緩んでしまうぞ?」
どうやら女王様は褒めて伸ばすタイプのようだ。かたやオレは褒められて伸びるタイプ。
相乗効果でもはや金属コンプリートも夢ではないのではないか。
「少し休憩にしましょう。倒れるほどの修行は回復にも時間がかかります。決して残された時間は多くないので体調管理も重要です」
「ああ、わかった」
ついに待ちに待った昼食の時間だ。エミリア謹製お弁当を広げると、中身はサンドイッチのようだ。
ベーコンとレタスのサンドイッチや卵のサンドイッチに、チーズ入りのものまである。あの小さな村で一生懸命具材を集めたに違いない。
「あれ? フリード様、何ですかその食事は?」
「プッカか。今日は仲間が弁当を持ってきてくれた」
いつものようにフルーツを持って現れたプッカが質問してきたので、オレは口に運ぼうとしていたそれをプッカに見せる。
「何ですかそれは? 美味しそうな匂いがしますね」
「サンドイッチを知らないのか? パンに色々な具材を挟んだものだ」
「パン?」
何という事だ、どうやら妖精たちはパンも知らないらしい。
「一口食べてみるか? オレも久々だから少しだけだぞ」
「いいんですか!?」
あまりにもじっと見つめてくるので、一口だけ分けてあげることにした。貴重なベーコン入りの部分をプッカに渡す。
「頂きまーす! ……!? おぇぇぇっ!」
「なっ!? おい、大丈夫か!」
小さな口を大きく開けて食らいついたかと思うと、突然それをリバースし始めた。
どういうことだ。エミリアの食事をそんな風に扱うなど、修復されかけた人間と妖精の仲に再びひびを入れる行為に等しい。
「ご、御免なさい……! 獣臭くて、つい……!」
「臭い? これがか?」
彼女を疑うのも失礼だと思い口に運んでみるが、イメージ通りのベーコンの味だ。おかしなところは感じない。
「げほっげほっ……。おえっ!」
「ちょっと、これはどういうことですか! 大丈夫ですか、プッカ?」
騒ぎを聞きつけ、女王がすっ飛んでくる。プッカの様子を見て、背中をさすり始めた。
「いや、食べたそうにしていたから少しサンドイッチをあげただけだが……」
「この臭い、まさか、肉を食べさせたのですか!?」
……なるほど。人間と見た目は似てても妖精は妖精。フルーツだけで生きてきた彼女たちにとって、肉は毒にも等しいという訳か。
無知であることは言い訳にならない。オレは再び、女王の自分への評価を下げてしまったようだ。
*
その夜。
妖精たちの森と、エミリアたちが過ごす村の間に位置する山の中で、2人の男がひそひそ話をしていた。
「兄貴〜。本当に妖精なんているんですかぃ?」
「てめぇ、オレを疑おうってのか!? 間違いなく見たぜ、あの森には妖精がいる」
小汚い風貌の2人組は、どうやら森で見た妖精について話をしているようだ。。
「でも、妖精なんかいたからなんだって言うんですかぃ? 食べても不味そうですぜ?」
「ばっか野郎、誰が食うか! 知らねえのか、てめぇ。妖精たちを隣国メルギスに持って行きゃあ、1億ベル以上の高値が付く」
「い、1億……? 本当ですかぃ!」
「オレが嘘なんてつくもんかい。メルギスは大陸で唯一奴隷制が残る国だ、生きた妖精なんて持って行ってみろ、貴族がばっかみたいな値段をつけるに決まってらぁ!」
兄貴分と思われる太った男の言葉に、弟分のひょろい男が汚い目をキラキラとさせている。
「いいか、近々森に侵入して妖精を捕まえるぞ。その後はオレが時間を稼ぐから、お前は自慢の『俊足』で国境まで逃げるって寸法よぉ!」
「兄貴、流石でぃ! でも、1人で大丈夫ですかぃ?」
「オレに不可能はねぇのよ! ぐわっはっは!」
月明かりの下、2人の男はひそひそとした声が大声になっていることも気付かずに怪しげな話を続けていた。