第167話 修行は続く
「こ、こ、こ、これはどういうことですか!」
修行2日目の朝、オレはティアーニタの怒りの声で目を覚ました。
体に絡みつく妖精たちを起こさないようにしながら、上半身を起こす。
「グッドモーニング、女王様。今日も修行を頑張ろうか」
「淫らでふしだらな人間が、何をぬけぬけと……!」
どうやら朝から怒っているようだ。まだ寝ている奴がいるのだから静かにしたらどうだ。
「何をそんなに怒っているんだ?」
「自分の周囲を見ればわかるでしょう! 修行の合間に、妖精たちに手を出すなどと!」
女王は大きな間違いをしているようだな。
流石のオレでも、自分の体長の3分の1ほどの妖精に手を出すような男ではない。
「……勘違いは止めてくれるか? オレは妖精にまったく興味ない」
「どうだか!」
全く、めんどくさいな。もう無視して修行の準備をするとしよう。
体に張り付く妖精たちを優しく引っぺがすと、その場に並べておいた。
「さあ、始めようか」
「わ、私にまで手を出すのですか!?」
オレはその問いに答えず、女王を小脇に抱えて昨日修業した場所へ向かうことにした。
*
「無礼者、早く話しなさい」
「よっと」
オレは手から力を抜くと、女王はその隙にさっと飛び出してしまった。
そのままオレの手の届かない辺りに浮遊し、見下すような位置でオレを見つめる。
「……約束ですから修行は続けますが、私に触れる距離まで近づかぬように!」
「はいはい。それで、今日は何をするんだ?」
適当に聞き流しつつ先を促すと、女王は一度ゴホンとせき込んでから言葉を続けた。
「……昨日は薬を飲みましたね。あれから魔法は使いましたか?」
「いや、万全の状態で修行ができるように一度も使っていない」
「いいでしょう。もう既に効果は出ているはずです。昨日と同じように魔法を使ってみてください」
昨日から特に体に変化は感じていないが、言われた通りに意識を集中する。
今日も手から鉄を生み出そうとする。
「むっ!? うおおっ!」
……驚いた。普通に魔法を使っただけなのに、手からは滝のように鉄がドロドロとあふれ出す。
何という勢いだ、すぐに魔法を止めたのに、目の前には物の数秒で巨大な鉄塊が生み出されていた。
「これは、凄いな……。まったく意識をしていないのに」
「今、あなたの蛇口は限界まで開かれました」
これは開かれたというレベルではないぞ。どちらかというと決壊の方が近い。
昨日まではチョロチョロといった感じだったのに、今はもうドバドバといった感じだ。
「どうですか、気分は?」
「オレは恥ずかしい、今まであの程度の魔法で偉そうにしていた自分がな。ハイハイが出来たぐらいで喜ぶ子供のようなものだった」
だが、今日からはドバドバだ。天才が今、更に羽ばたこうとしている。
「良いでしょう、それほどの魔力を放出できるなら、次の修行へ移れます」
女王は意味深な言葉を口にする。ここから更に次があるとは、世界が変わってしまうぞ。
だが、こんなに出力が強すぎては細かい作業が難しくなるな。
鉄を体に出し入れして、感覚を確かめる。
「うーむ、こんな感じか? まだ出力が強すぎるか?」
「……! こら、そんなに短時間に魔法を使っては……」
「……え?」
どういう意味だ、と聞こうとした瞬間、頭がぐわんと揺れる感覚がする。
そのままどさりと倒れて、体が動かなくなってしまった。
「……魔力の使い過ぎです。その出力で今までと同じ感覚では、すぐそうなってしまいます」
スタミナ切れか。テンションが上がった矢先にこのざまとは。
修行2日目は、このまま終わってしまった。
*
修行3日目。
昨日は恥ずかしながら倒れてしまったが、天才たるもの回復力も優れていなくてはな。
あの後オレは圧倒的集中力で瞑想をし、夕食を腹八分に抑えることで万全の態勢を整えてある。
「良いですか、今日こそは次のステップへ進みます」
「ああ、任せておけ」
すっかり元気になったオレは、三度目の指南を女王に受ける。
「あなたの出力回路は現在最大まで開かれています。その有り余る力を、今度は魔法の覚醒に使用します」
「覚醒?」
これはまた、新しい単語が出てきたな。言葉の意味はもちろん分かるが、一体どういう事であろうか。
「あなたは金属を生み出し、操る魔法を持っていますね。それはどんな金属に対してもですか?」
「いや、操るだけなら可能だが、生み出せるのは数種類だけだ。金、銀、銅、鉄、あとはアルミだな」
ティアーニタはオレの言葉を聞き、考え込むように目を閉じる。
「……私の予想では、あなたは全ての金属を生み出すポテンシャルがあります」
「本当か? 今までもやろうとしたことはあったがな」
過去にも挑戦したことはあったが、なかなか芽が出なかったのと、鉄が万能過ぎて必要性を感じなかったこともあって諦めていたことだ。
そうは言っても金属の性質はそれぞれ異なる。本当に生み出せるようになるとしたら、強くなれるのは間違いない。
「まずは他の金属を生み出せるようになりましょう。……そして最後に、これを生み出すところまで行きましょう」
「これは、ミスリル……!?」
彼女が懐から取り出したのは、以前貰った指輪と同じものだ。先端に虹色に光を反射する金属、ミスリルが付いた貴重な指輪だ。
「ミスリルを生み出すなんて、そんなことが本当に可能なのか?」
ミスリルが何故高価で取引されるのか? 単純に貴重だという事もあるが、その特性が最大の要因だ。
魔法を防ぐことのできる、世界で唯一の素材。だからこそ、それを魔法で生み出すことなど、不可能ではないのか。
「あなたは以前、私の『旅人』でワープをしたことがあったはずです。その時、私は指輪を持ったままでした」
「……! つまり、魔法の影響を受けることという事か!?」
「ミスリルは言うなれば、魔法に対する断熱材や絶縁体のようなもの。影響は受けにくいが、全く受けないという訳ではないという事です」
……これは、ヤバいな。この天才の語彙力をもってしても、ヤバいという表現しか見つからない。
ミスリルを生み出すという事は、魔法を防ぐ能力を得るという事。つまり、魔法に頼り切ったこの世界でオレは全人類の"天敵"にさえなりうるという事ではないか。
今、オレは魔力を大量に放出することができるようになっている。そして、これからの修行でありとあらゆる金属を生み出せるようになる予定だ。
大量の魔力をもって金属を生み出そうとして、本当にミスリルを生み出すことができるとすれば……。
「よし、修行の最終目標はわかった。そうと分かれば、早速始めるぞ! うおおおぉぉぉっ!」
オレは手に意識を集中して、金属を生み出し始める。
今までしっかり練習してこなかったが、具体的な目標が決まればあとは集中するのみだ。
まずは他の金属を生み出せるようになるとしよう。チタン、タングステン、水銀……イメージしやすいのはいくらでもある。
「……! こら、そんなに一気に魔法を使っては……」
「……え?」
オレは突然どさりと倒れて、体が動かなくなってしまった。
「はあ、人間の愚かさには呆れます」
「くそ、テンションが上がり過ぎた」
……結局、修行3日目も、このまま終わってしまった。