第166話 フリード、穴をガバガバにされる
今オレに、かつてないほどの試練が降り注ごうとしていた。
「……オレの穴をガバガバにするというのは一体どういうことだ?」
「ガバガバではなく、緩めると言ったつもりですが。あなたの魔法は金属を生み出せましたね、一度見せてください」
「これでいいか?」
彼女に言われるままに魔法を見せる。
オレの手から鉄が溢れるように生み出されると、それがオレの足元に広がっていく。今は流動体のように見えるが、手を離すとこのままの形で固まってしまうだろう。
「それがあなたの出せる限界の速度ですか?」
「いや、少し抑えてはいるが。以前妖精の島を落とした時が最高速度だな」
あの島を落とした時は、10分ぐらいはかかったな。その程度の時間で小山ぐらいの量を生み出せるのだから、それなりの魔法だと自負している。
「どうだ? 幼少のころに毎日鍛えていたからな、なかなかだろう?」
「……遅いですね」
「何だと……?」
男は『早いのね』と言われると傷つくものだが、逆に遅いと言われるのも嬉しいわけでは無い。物事には適切な速さがあるのだ。
そんなどうでもいい話はさておいて、遅いとはいったいどういう事だろうか。
「それが言うなればあなたの魔力の蛇口という事です。これからの修行で、それを限界まで緩めます」
「……この鉄を生み出す速度は遅すぎると?」
「この世に同じもののない魔法は単純比較はできませんが、それを考慮しても遅いと言えるでしょう」
……確かに、過去大量の金属を生み出すことは多々あった。今までの早さでも十分通用していたが、そこがさらにレベルアップ可能という事か。
「やりたいことは分かった。それで、どんな修行をすればいいんだ?」
「まずは、薬を飲みましょう」
まさかのドーピング。気合で頑張ればなんとかなる、のような精神論よりはマシなのかもしれないが、予想外だったな。
ティアーニタはそう言うと、集落の奥の方へ飛んでいく。そのあとすぐに、小さな体で器を抱えてきた。
オレにとってはマグカップ程度の器を受け取ると、中には半透明の青い液体が入っている。
少し傾けると、ゆっくりと水面が傾く。それなりにドロッとしていてまずそうだ。
「一応聞いておくが、飲んでも大丈夫なやつだよな?」
「当たり前です。時間もありませんから早く一気飲みしてください」
イッキを強制されてしまったので、覚悟を決めて飲むとしよう。
顔を近づけるが、臭いは無く味のイメージがつかない。意を決して一気に喉に流し込む。
「ぐっ! こ、これは……酒!?」
「ある液体を発酵、熟成させたものですので似た風味は感じるかもしれません」
こういうのは大抵胃を取り出して直で洗いたくなるようなゲロマズさを生み出すと思っていたが、予想外のお味で実に美味であった。
「飲み干したぞ。悪いがもう一杯もらえるか?」
「……死にますよ」
残念だが、これ以上は飲めない様だ。一応体の様子を確認するが、見た目も中身も変わったようには感じない。
「まずは薬が体に吸収されるのを待ちましょう。今日はこのまま何もせず過ごしてください」
「そうか、わかった」
一週間の修行の初日はドーピングだけで終わりそうだ。
酒を飲んだだけなので、今はまだ昼をちょっと過ぎたぐらいだ。何もできないというのはそれはそれで焦燥感にかられるな。
「……プッカにあなたの寝床を準備させてあります。一週間、そちらで過ごしてください」
彼女はそう言うと、用事があるからと奥に引っ込んでしまった。
女王ともなると何かと忙しいのだろう。オレもその場を離れ、プッカを探すことにした。
「フリード様、お話は終わりましたか?」
「ああ、今日の所は終わりだ」
「そうですか! 寝床を準備しましたので、こちらへどうぞ」
プッカはあっさりと見つかり、こちらに話しかけてきた。問い掛けに答えると、オレに先導して飛び始めたため、彼女の後を追い集落の端の方へと向かって歩き出す。
妖精たちは木の枝や葉っぱを利用したところに住んでいるようだが、オレの為に準備してくれた場所も同じようにテントのように草木が盛られていた。
「頑張って大きく作りましたけど、サイズは問題ありませんか?」
「ありがとう、問題ない」
中は床にも草が敷かれており、寝るのにも問題なさそうだ。一週間、ここで寝泊まりさせてもらうとしよう。
「あの……良かったらお話しませんか? この森から出ないので、外のお話が聞きたいです」
「いいだろう、どうせ今日はもうヒマだし、いくらでも付き合おう」
「本当ですか! じゃあ、友達も連れてきますね!」
外の世界に興味津々なのは彼女の他にもいるようだ。しばらく待っていると、10人ほどの妖精を連れて戻ってきた。
……結構多いな。これは寝るまで付き合わされそうだ。
*
空に月が昇り、外もすっかり暗くなったが、まだオレへの質問攻めは続いていた。
「海ってどんなところなんですか?」
「川とは比べ物にならない広大な水溜まり……と言えばいいのか。あれは見ないとわからないだろうな」
「うーん、いつか森を出て、いろんなところに行ってみたいです」
彼女たちはオレが1つ答えるたびに、わいのわいのと盛り上がる。
「……明日から本格的な修行が始まりそうだし、今日の所はこの辺でいいか? 明日の夜も付き合おう」
「あっ、そうですね。ありがとうございました、フリード様! 夕食の果実を持ってきますね」
「ああ、オレも楽しかった。……ところで、何か毛布とかは無いか?」
日も暮れてから気付き始めたが、今は冬なのだ。快適と思われた草木のテントも、寒さは防いでくれない様だ。
「寒いですか? 私たちは感じませんけど……」
「本当か? 骨まで凍えそうなんだが」
妖精たちは寒さに強いのか、けろっとした顔をしている。これは、修行よりも夜の寒さに耐える必要がありそうだな。
「うーん、私たちは狩りをしないので、毛皮とかが無くて……。そうだ、いいことを思いつきました!」
彼女はそう言ってテントから抜け出したかと思うと、フルーツの入った籠を持って帰ってきた。
……先ほどと同じように、仲間を10人ほど連れて。
「食事はありがたいが、まだ話し足りないのか?」
「いえ、そうでは無くて、それ!」
「……うおっ!? 何だこの真似は?」
彼女はそう言って全員でオレに体を密着させ始めた。
「こうやって暖を取ればいいんですよ! 今日のお礼として、皆で一緒に寝ましょう!」
果たしてそれはお礼なのか。どうやら人肌……もとい、妖精肌で温めようという事らしい。
妖精の中では若い世代の彼女たちに囲まれながら寝るとは。妖精の生態は知らないが、こういうことに抵抗は無いのか?
「どうですか、暖かいですか?」
「ああ、暖かいことには暖かいが……落ち着かないな」
「そんなものは慣れです!」
「そうか、慣れか」
寒さに耐えて1人で寝るか、恥を忍んで妖精たちに囲まれて寝るか……苦渋の選択だが、修行に支障をださない為にも、今日は厚意に甘えることにした。
*
夕食の果物を食べた後、草のベッドの上で横になる。
……一週間は、果物だけの食事にも慣れないといけないな。
「よし、じゃあ一緒に寝ましょう!」
プッカたちは横になったオレの上に積み重なる。なるほど、確かに寒くない。
「暖かいな。……寝返りは打てなさそうだが」
「すー、すー……」
寝るの早いな、おい。オレの手も足も抱き枕代わりにされているので、身動きが取れない。
テントウムシを初め、一部の虫は越冬するときに集団で固まって過ごすという。
まるで虫だな、オレたちは。そんなことを考えながら、修行の1日目が終わった。