第164話 妖精たちとの再開
修行の為に王都を離れ、妖精の森に近い村に入って初めての朝が来た。
「ん……鳥の鳴き声?」
窓から差し込む朝日と、鳥の鳴き声で目が覚める。
昨日の夜は飲み過ぎてしまったせいで頭が痛いが、今日から修行が始まるのだ、しっかりしないとな。
ベッドから出て、伸びをする。2階建てのコテージから窓を見ると、目線の高さの木の枝に鳥が止まっていた。
……そういえば鳥の鳴き声で目が覚めるというのも久々の感覚だな。
王都は緑が少ないせいか、鳥もほとんどいないからな。
「ふう、今日は天気が良さそうだな」
冬とはいえ、少しは換気も必要だろう。
窓に近寄りゆっくりと開いていく。鳥は逃げ出すかと思ったが近くの枝に止まったままだ。
オレには気付いているようだが、手が届かないことを知っているのか、警戒心が薄いのか、こちらを見ながらも枝の上でくつろいでいる。
「チュン、チュン」
「ふん、じっと見つめて、そんなにこの天才が珍しいか?」
「チュン、チュン……ジュッ!」
「……!?」
鳥の鳴き声に耳を傾けていると、突如下から矢が飛んできて、哀れにも射抜かれてしまった。
「フリード、おはよう。今ちょうど朝食を獲っていたんだ」
「……おはよう」
窓から下を覗くと、デットが弓を持って手を振っていた。
……やれやれ、朝から目の前でショッキングな映像を見てしまった。おかげで目が覚めたし下に降りるとするか。
*
「朝から肉が食卓に並ぶとは豪勢だな」
「エルデットさんとアルトさんが獲ってきたんです」
「自然が多いせいか、短時間ですぐに集まったんだ」
下に降りてほどなくすると、朝食の準備ができたようだ。
丸焼きにされた鳥と、村で買ってきたのであろうパンとチーズが並んでいる。朝食であることを考えると十分豪勢だな。
「昨日の夜のワインも残っていますけど、飲みますか?」
「いや、厳しい修行に備えて今日は止めておこう」
「……! 御主人様が、禁酒……!?」
ふん、オレを舐めてもらっては困るな。
修行が終わった後の方が美味いに決まっている、これは来たる幸福への先行投資なのだ。
「それで、朝食の後はどうなさいますか?」
「お兄様! 私、いっしょにボートに乗りたいです!」
「ついでに釣りもしようよ。村のおじさんが釣り竿も貸してくれるって」
「馬鹿を言うな、オレは修行に来たのだ。やるのは構わないが他の奴らと楽しむがいい」
「え〜」
子供たちの提案を一刀両断する。勝手に遊ぶのは別にいいが、オレ自身はちゃんと研鑽を積まないとな。
「という訳で、オレは食事が終わったら早速妖精たちに会いに行こうと思う」
「妖精さん! 私も行きます!」
さっきの提案は何だったのか。オレと一緒についてくる気らしい。
ステラはウキウキだが、妖精たちだってオレたちと同じ、ちゃんとした文化を持つ大人たちだ。しっかり注意しておかないとな。
「いいか、ステラ。妖精の見た目が可愛いからといって、抱き着いたり子ども扱いしたら失礼だからな。自分に置き換えて考えてみろ、突然オレがステラに抱き着いてなでなでしたらどう思う?」
「うーん、嬉しいです!」
「そうか、嬉しいのか……。でも、自分が嬉しいからといって他人も嬉しいとは限らないからな。ちゃんと礼儀を持って妖精たちと接するんだ」
「わかりました!」
本当に分かったのかどうか怪しいが、元気な返事が返ってきた。まあ、会うぐらいなら大丈夫だろう。
「妖精ですか……。私も一度、ご挨拶したいです」
「僕も会ってみたいな〜。何て言っても、ドワーフと双璧を為す、歴史の深い種族だしね!」
どうやら皆も気になっているようだな。結局、全員で行くことになりそうだ。
……大勢での突然の来訪に驚かれなければいいが。
*
オレたちは食事の後、早速妖精たちの森へと向かっていた。
『ユグドラシル』から聞いた情報だと、村の後ろにある山の、ちょうど反対側に森があるらしい。
……今更ながら、森を移動してしまうとは素晴らしい魔法だな。おかげで以前のような、妖精を狙う奴らにも場所は気付かれていないだろう。
「ふう……。フリード、森はあとどれぐらいなの?」
「オレも来るのは初めてだからな。半分ぐらい歩いたと思うし、あと2時間もあればつくと思うが」
「あと2時間も……!」
ロゼリカは疲れたようなため息をつく。人里から離れているから、遠いのは当然だ。
「……仕方ないな、おんぶしてやろうか?」
「えっ! い、いいよ、別に……」
「遠慮するな、これも修行だ」
オレはしゃがみ込むが、遠慮しているのかなかなか乗ってこない。
「お兄様、ずるいです! わ、私も!」
「……2人は流石に無理だな。恥ずかしいならこっちにするか」
オレは錬金術で、人力車を作る。子供2人ぐらいなら余裕で乗れるサイズだ。
「よし、乗り込むがいい。言っておくがこれは年齢制限ありだ。他の奴は乗せてやらないぞ」
「別にいいですけど……」
ちょっと甘やかしすぎかとも思ったが、どうせ修行が始まれば構ってやれないのだ。
2人を無理やり乗せると、だらだらと引っ張っていくことにした。
*
「ふう、大分歩いたな」
「私たちも少し疲れてきましたね……」
山の麓を迂回しながら更に2時間。エミリアたちもそろそろ疲労が顔に現れ始めた頃に、周囲とは雰囲気の違う森が見えてきた。
人の手の入っていなさそうな森。あの雰囲気は間違いない、以前足を踏み入れた、妖精の森だ。
「ついに見つけたぞ、妖精の森。突撃だ」
「あっ、ちょっと御主人様、早いです!」
最後の力を振り絞って、ラストスパートをかける。
「よし、到着だ。もうサービスは終わりだ、帰りは自力で歩きなさい」
鉄の車を体にしまい込むと、他の者が追いつくのを待つ。
流石に息を切らせたまま会うのもどうかと思うので、少し休憩するとしよう。
「……フリード、早速気付かれたみたいだ。森の奥から多数の視線を感じる」
「本当か? 大人数だから警戒されているかもな」
デットは早速妖精たちを感知したようだ。全員がオレのことを知っているわけでもないし、怪しい来客だと思われているかもしれない。
……だが、その森の奥から小さい影が1つ、ひゅっと飛んできた。
「皆さん、お久しぶりです!」
「おお、お前は確か……」
「お久しぶりです、プッカさん!」
そうだ、そんな感じの名前だった。
この子は以前仲良くなった好奇心旺盛の妖精、プッカだ。どうやら顔を覚えてくれていたようだな。
ステラはプッカと手を取り合ってくるくると回っている。オレの言ったことを完全に忘れていそうだ。
「ほ、本当に妖精ですわ……」
「実在したんですね……」
初めて見るメンバーは、流石に直に見ると驚いた表情を見せる。こういうのは本や伝聞ではわからない体験だよな。
「皆さん、どうしてこちらの方へ?」
「ちょっと女王様に会いたくてな」
「わかりました、私が案内しますね!」
「大丈夫か? どうやら警戒されていそうだが」
プッカは案内を申し出るが、この子が特別なだけでそもそも妖精自体はあまり人間を良く思っていないはずだ。
今回は人数が多いからな、突然お邪魔したこちらが気を使うべきだろう。
「御心配なく! 女王様は人間に姿を見せるなと言っていますが、命の恩人を無下にするような方ではありません」
「わかった、ありがとう。案内を頼む」
プッカは小さな胸をドンと叩いて、任せてと言った表情を見せる。
そのままふらふらと飛んでいくプッカに続いて、森へと足を踏み込むことにした。