第162話 思い出
まだブーイングの鳴りやまぬ中、マルジェナは帰ってしまった。
戦いの終わったステージに棒立ちしていても仕方がない、オレも帰るとしようか。
「お兄様ーっ!」
「もう、本当に心配しましたわ!」
ステージから降りると、オレのギルドメンバーたちがわっと駆け寄ってきた。
ステラのタックルを受け止めつつ、抱き上げる。
「フリード、一体上で何があったんだ?」
「いや、オレにもなにがなんだか……」
観客席からは見えなかったのであろうマルジェナのやり取りを問われるが、なぜ突然降参したのかはオレにもわからない。
「でも、御主人様が御無事でよかったです……!」
「そうだな。気を張っていたせいかもう腹が減ってきた、早く帰るとしよう」
何はともあれ、今は無事であったことを喜ぼう。結果だけを見れば、不動のAランクギルドのマスターに勝利したのだ。
これはもはや、誰にも止められない存在になったのかもしれないな。
体にしがみ付くステラをそのままにしつつ、ギルドホームへと帰ることにした。
*
数日後。
「お兄様ーっ! 次はあっちのお店に行きたいです!」
「その後、また布地を見に行きたいな……」
今日はステラ、ロゼリカとお買い物中だ。2人とも、金貨の入った袋を持ちながら行きたいところを口々に言っている。
あの賭け試合は八百長騒ぎがあったものの、結局はしっかりと支払われたようだ。
いくつか破産した家があると噂も流れているが、優良物件に投資しなかった奴らが悪いのであってオレのせいではない。
ともかく、そのおかげで我がギルドは財政的に潤っている。ロゼリカもいつの間にか金貨を賭けていたようで大金持ちだ。
「……そろそろお昼だ、買い物もいいが先に何か食べよう」
2人にそう声をかけ、飲食店の多い通りへと入っていく。
「私、あのお店が良いです!」
「え〜、あれはパンケーキのお店じゃん。お昼だしもっとしっかり食べようよ。お魚とかさ」
できる限り望みの所に付き添うつもりだが、この2人は仲良しなのに好みはあまり近くないな。おかげで夕食の時、エミリアはいつも頭を悩ませているぞ。
結局お店探しだけで30分ほど使いつつ、1つのレストランの前へとやってきた。メニューが豊富なことで有名な、カジュアルなレストランだ。
「ちょっと人が並んでるね」
「少しお店探しに時間を使い過ぎたな。メニューでも見ながら待つとしよう」
このお店は、入り口に手書きでメニューの書かれた看板が置いてあるのが特徴だ。
3人でそれを眺め、先に注文を決めておくことにする。
「うーん、迷っちゃいます! お兄様はどれにするんですか?」
「オレはこれだな。『キングクラブのスペシャルグラタン』、これが一番高い」
あまり来ない店では一番高いものを頼む、これが"通"のやり方だ。
一番高いという事は、一番自信があるという事。オレはこれでありとあらゆるレストランを攻略してきた。
「お兄様ー、私こっちを頼むので、少しずつ分け合いませんか?」
「……仕方のない奴だな」
どうやらステラはグラタンが気になりつつも、他のも食べたいようでオレに提案をしてくる。困った欲張り妹だ。
「じゃあ私は……って、フリード!? 胸、胸っ!」
「どうした? オレの胸に何か……!?」
ロゼリカがオレの胸元を見て驚いているので視線を下げていくと、オレの胸からにょきっと拳が生えていた。
「幼子を連れてデートとはやるわねぇ、坊や?」
「ぐっ……マルジェナか」
なんとも悪趣味な行動だ。あの時の汚名を雪ぎに来たのか。
「お、お兄様! ちょっと、手を抜いてください!」
「おのれ、貴様! この魔王の眷属に手をかけるなど……成敗してくれる!」
なんとも頼りにならない2人がマルジェナに食って掛かるが、オレに腕を突っ込んだままくすくすと笑って流している。
「もう、ちょっとした冗談よぉ。……あなた、今夜ヒマ?」
夜は飲酒で忙しいのだが、命を握られている状態でそれを言うのは危険な気がするな。
素直にうなずくと、オレの体越しに小さな紙切れを渡してきた。
「……人の体を窓と勘違いしていないか?」
「じゃあ今日の夜、その場所で待ってるわぁ」
彼女は言うだけ言うと、オレの体から腕を引っこ抜いた。慌てて後ろを振り返るが、一瞬でいなくなったようだ。
小さな紙切れを開くと、どうやら住所が書いてあるようだ。これは確か、王都の中にある小さな酒場だな。
「お兄様、大丈夫ですか……?」
「心拍数が少し上がっただけだ。……さあ、昼食にしようか」
心配そうに見つめる2人の頭をポンと押さえると、丁度席の空いたレストランへと入ることにした。
*
夜、オレは仕方なく指示された酒場へ足を運んでいた。
やや薄暗い店内へ入っていくと、そこは静かな落ち着いた雰囲気で、そこら辺の店とは客層が違うような印象を受ける。
「待ってたわぁ、こっちこっち」
……お前はオレの彼女か?
カウンター席に座っていたマルジェナがオレに気付き、手を上げる。覚悟を決めて横に座るとしよう。
「……それで、オレに何の用だ? お礼参りか?」
「あははっ、あなた本当に面白いわねぇ! そんなくだらないことしないわよぉ」
マルジェナは既に酔っているのだろうか、上機嫌でオレの背中を叩いてくる。
……隙を見てそのまま心臓を奪うんじゃないだろうな。
「私が聞きたいのは、ワーグナーの事よぉ。『未来視』に会った事あるんでしょ?」
「ああ、面識はあるが……それをお前に伝える必要性を感じないな」
たとえ共通の知り合いだろうと、オレと恩人の話はプライベートなことだ。ペラペラしゃべるような内容ではない。
マルジェナはグラスの中身を一気に飲み干す。しばらく黙っていたが、やがてこちらに目線をくれずに、ぼそりとつぶやいた。
「……ワーグナーは、私の恋人だったのよぉ」
「な、何だとぉっ!?」
思わず席を立ちあがり、大声を出してしまう。周囲から冷ややかな目を向けられてしまった。
……ゆっくりと席に座ると、気持ちを落ち着けつつ、先を聞くとしよう。
「あの人は自分の死期を悟っていたわ。最後に仕事があると言い残して王都を出ると、そのまま戻ってこなかった」
「……そうか。それは16年前の事か?」
「ええ、そうよ」
まさか全く住む世界が違うと思われたこの女と、思わぬ共通点があったとは。
オレはマルジェナに、かつての恩人との出来事を話すことにした。
*
「ふうん、つまりあなたが、ワーグナーが最後に救った"目的"という訳ね」
マルジェナはオレの話を聞いた後、改めて姿をじろじろと見てくる。
言ってしまえばオレのせいで死んだ訳なので最悪殺しに来るかと思ったが、彼女は至って冷静のようだ。
「オレが言えるのは今言ったのが全てだ。何しろ数日しか一緒にいなかったからな」
「いいわ、聞きたいことは十分聞けたわ」
彼女はそう言うと、グラスに残っていた酒をグイっと飲み干す。もう何杯目か覚えていない。
「……いい時間ね、今日は私が持つわ」
どうやら今日はマルジェナの奢りのようだ。オレも話をしながらこっそり高級な奴を飲んでいたのでラッキーだ。
「じゃあ、また会いましょう。何かあればいつでも頼りなさい」
……お前はオレの母親か?
マルジェナは酔いの効果もあるのか、支払いを終えるとどこか上機嫌で帰っていった。
オレも帰ることに決め、その酒場を後にすることにした。
夜空を見上げると、月が真上に来ていた。夜風がやや冷たいが、酒で火照った体にはちょうどいい。
「……そういえば、少年のことを忘れていたな」
まあ、正式に依頼を受けたわけでもないが、結果は思わぬところに着地してしまったからな。
……ふん、所詮はオレに賭けなかった男。生きているなら後のことは面倒見る気もない。
男は自分で勝手に道を見つけるものだ。他人に影響を受けようと、決めるのは生きている本人なのだからな。
1人で自分の中で納得すると、ギルドホームに帰ることにした。