第15話 父と娘
早朝。
オレたちは再び旅を始めていた。ルイーズは馬車の中、エミリアは御者の席、そしてオレは馬車の上だ。
何故馬車の上かというと、そこが天才の定位置だからという他ない。
「まぁ……!」
地平線の奥から美しい田園風景が見えてきたからだろう、ルイーズが感嘆の声を上げる。
まだやや青々としている麦畑と、ぱらぱらと見える家、放牧された牛たちの姿は平和な田舎を体現している。もう既にリューストン領内だろう。
「御主人様、もうそろそろですね」
エミリアはやや緊張した面持ちだ。
「……ああ」
オレは、馬車の行く先だけを見つめていた。
*
オレたちは、領内で一番大きな建物の前に到着していた。掲げられた旗に描かれた紋章がリシャール家の屋敷であることを示している。
「やっと着きましたわね。」
ルイーズは深呼吸して、呼び鈴を鳴らす。一瞬の沈黙の後、扉から使用人が現れた。
「えっ、お嬢様!? どうしてこちらへ!?」
ルイーズの顔を知っていたらしく、驚きの声を上げる。
「お父様に会いに来ましたの! お父様は今どちらへ?」
「執務室でお仕事を。すぐに、案内いたします!」
いよいよか。……オレは静かに深呼吸する。
*
「お父様!」
執務室の扉を開けると、重厚な机と椅子に腰かけた男が書類から目を上げる。
「ルイーズかい!?」
ルイーズの父、エリオットは驚きの表情で立ち上がる。その体にルイーズが飛び込んでいく。
「どうしてここに……?」
「お父様の手紙を見て、飛んできましたの!」
「手紙? それに、君たちは……」
「……お初にお目にかかる、エリオット卿。ここまで護衛を任されてきたフリードだ。ルイーズ、積もる話があるとは思うが先に任務の報告をさせて貰っていいか?」
「……わかりましたわ」
「御主人様、私とルイーズ様は扉の外でお待ちしますね」
エミリアに目配せし2人だけにしてもらうと、来客対応用だと思われる低いソファーに向かい合わせに座り込んだ。
オレは、改めて目の前の男を見る。厳格で冷徹な男だと想像していたが、目の前の男はとても穏和そうな雰囲気だ。髭はなく若く見えるが、目尻にかすかに刻まれたしわが苦労と年齢を物語る。
「ルイーズに頼まれてついてきてくれたのかい? あの子ののわがままに付き合ってもらってすまないね」
「普段会えない親に会いたいと思うのは当然だ。それをわがままと言ってしまうのは可哀想だ」
「そうか、その通りだね……。妻が先立って以来、ルイーズには寂しい思いをさせてばかりだ。それを知りながら、近くに居てやれない。父親失格だね、僕は」
エリオットは少し寂しそうな表情をする。
この男が娘を狙ったとは到底思えない。……だが、確認は必要だ。
オレは本題に入ることにした。
「途中で盗賊に襲われた。金目の物ではなくルイーズを狙っていたらしい。何か心当たりはないか」
「それは本当かい!? 王都に近いのに、盗賊が出るなんて……。僕自身は恨まれることが0では無いけれど、ルイーズが……?」
エリオットは驚いた表情をしている。演技には見えない。
「オレたちは貴方からの手紙を見てすぐに飛び出してきたつもりだ。しかし盗賊に待ち伏せされていた。おかしな話だ」
「手紙? ルイーズも言っていたけれど、手紙って何の事だい?」
オレは、ルイーズから預かっていた手紙を机に広げる。エリオットはそれを手に取り、目を通し始めた。
「……確かにこれは僕の字だ。だけど、最近書いたものじゃないよ。まだ生きていたころの妻に宛てた手紙だ」
「何……?」
エリオットは驚きの事実を口にする。
確かに、寂しいから会いたいなど、親が子に送る手紙にしては不自然だ。文中に名前が出てこないため、オレもルイーズも勘違いしていたのか?
「この手紙の存在を知っている人間は?」
「昔はよく手紙のやり取りをしていたから、古い使用人はみんな知っていると思うよ」
「……エリオット卿、謝らせてほしい。オレはここに来るまで、盗賊に依頼した犯人は貴方だと疑っていた。だが、貴方は立派な父親だった、申し訳ない」
オレは頭を下げる。
「別に構わないよ、謝らないでくれ。……僕なんて、全然立派じゃないよ」
オレは再び予想を外してしまったようだ。だが、今回の予想は外れてくれてよかったとも思える。親が子の命を狙うなど、あってほしくないからな。
*
「ではこれで。オレが口を出すべきではないと思うが、ルイーズがここにいる間、少しでも時間をつくってあげてくれ」
「ああ、可能な限り、そうするよ。……君のような男が護衛として来てくれてよかった」
話は終わった。オレは席を立ち、執務室の扉へ向かう。
「終わりましたの!?」
扉を開けると、オレの返事を待たずにルイーズが入れ替わりに入っていく。オレは後ろ手にゆっくりと扉を閉じる。
「御主人様、どうでしたか……?」
エミリアが心配そうな顔で声をかけてきた。
「オレが間違っていた。父親は犯人ではなかったようだ」
「それは良かったです! 正直、父親が犯人だったらどうしようかと……」
「だが、これで帰りも警戒が必要になったな」
「それは、どういう意味ですか?」
「……真犯人は王都にいるという事だ」
「えっ!?」
「待ち伏せしてる可能性は高いだろうが問題ない。往路と大して変わらないだろうさ。難しい顔をしていてもしょうがない。オレたちもしばし羽を伸ばすとしよう」
焦っても時間が進む速さは変わらない。
部屋からかすかに聞こえる楽しげな声を背に、オレは少し休憩に向かうことにした。
*
王都。
外はまだ明るいというのにわざわざ窓を閉め切った屋敷の中で、一人の男が怒りをあらわにしていた。
「くそっ、何が「モヒカンズ」だ! あれだけいてたった3人に追い返される無能共がっ!」
机にドンっと拳を叩きつける。
「……だが、まあいい。まだ手はある」
男は、手に持った紙の束を見つめる。
それには、王都に存在するギルドの情報が書かれている。管理局に依頼すれば、簡単に手に入る代物だ。
「くくく、低ランクギルドはまともな仕事が少ない。金の為なら犯罪すらも請け負うからな。奴ら、調べればEランクギルドのようだが……。馬鹿どもは追い払えても、上位ランクはどうかな……?」
男は紙の束から1枚の紙を抜き出し、暗がりで怪しく笑みを浮かべていた。