第157話 猫にチョコレート
祭りの喧騒も過ぎ去った後、オレは相変わらずギルド管理局へと足を運んでいた。
「こんにちわ〜、ヴァレリーさん」
「ああ、お疲れさん。受付嬢が2人のままだと忙しそうだな?」
「そうなんですよ、ホントに〜」
適当な雑談をしつつ、依頼を受ける。祭りで酔っぱらった男を捕まえてこいという簡単な仕事だ。
「流石ですね、ヴァレリーさん。誰も受けないような割の合わない仕事を率先して受けるなんて〜」
「……まあ、子供が多いから近場ですぐに終わる仕事を優先してるだけだが」
「それでもご立派ですよ〜。そんなヴァレリー様に朗報です、こちらをどうぞ♪」
受付嬢アネットはそう言うと封筒を渡してくる。何度か見た覚えのある、高級感あふれる封筒だ。
「これは、まさか……!」
「そう、ギルド昇格です〜。良かったですね、ヴァレリーさん」
まさかこんなに順調に事が進むとはな。2年足らずでBランク昇格とは。
もはや誰もこの速さについてくることなど不可能だな。
「素晴らしい速さの昇格ですね〜。噂では第1ギルドも推薦をしたとか」
「第1ギルドが……?」
流石のセシリアたちもオレの実力を認めざるを得なかったという事か。天才過ぎて困ったものだ。
とにかく今夜はパーティーだな。帰って皆に報告するとしよう。
「ちょっとぉ、私の頼んでいたものが用意できていないって、どういう事かしらぁ?」
「……ん?」
踵を返そうとした瞬間、2つある受付窓口のもう1つの方で騒いでいる人物に気付いた。
そちらを確認すると、第2位ギルドのマルジェナが部下をたくさん引き連れて受付嬢を威圧している。
「収穫祭が終わるまでに報酬1000万ベル以上の仕事を3つ確保しなさい、そう頼んでいたはずよぉ?」
「申し訳ございません、マルジェナ様……! なかなか良い依頼が無くて……」
「言い訳は聞きたくないわねぇ」
何というパワハラ。曲がりなりにも国のトップ3のギルドのはずだが、どうやら人格はトップではない様だ。
周りの者も眉をひそめてその様子を見ているようだが、止めたり宥めたりする者はいない様だな。情けないことだ。
「他にも客がいるんだから騒ぎは辞めたらどうだ?」
「……あなた、誰ぇ?」
仕方なくオレが仲裁に入ることにする。こっちは昇格で良い気分だったのにそれをぶち壊されたのだからな。
「無名のガキは黙っててくれるぅ? こっちは大人同士で仕事の話をしてるのよぉ」
「オレのことを知らないのはお前が無知なだけだろう? 知識の無さを誇るなよ」
オレの挑発に、マルジェナはちょっと驚いたように眉を上げる。それと同時に、周囲の客もざわつき始めた。
だがその数秒後、呆気にとられた顔をしていたマルジェナの部下たちが怒りの声を上げ始めた。
「き、貴様! マルジェナ様に向かってなんて口の利き方を……!」
「……ちょっと黙っててぇ」
「しかし、マルジェナ様」
「聞こえなかった?」
「……! も、申し訳ありません……」
部下はマルジェナの言葉に圧倒され、口をつぐむ。部下にもパワハラか?
彼女は値踏みするように顔を接近させ、じろじろと俺の顔を見つめる。
「私に楯突く奴なんてセシリアぐらいだけかと思っていたけど、他にも馬鹿な奴がいたのねぇ」
「……ドジっ娘と並び称されても困るがな」
「ドジっ娘?」
マルジェナは一瞬言葉を止めるが、そのあとすぐに豪快に笑い始めた。
「あははっ、ドジっ娘ってセシリアの事ぉ? 確かにそうね、あははははっ!」
……なんだこいつ、情緒不安定か?
マルジェナはひとしきり大笑いした後、部下に命令をする。
「……十分楽しんだわ、帰るわよ」
「お、お待ちください、マルジェナ様っ!」
彼女は部下を引き連れ、ぞろぞろと帰って行ってしまった。
……何だったんだ、一体。
「あ、ありがとうございます、ヴァレリー様〜!」
「当然だ、オレはこの国を引っ張るBランクギルドのギルドマスターだからな」
「あ〜、もう既にBランクの風格が出てますね〜」
オレは受付嬢の誉め言葉を聞きつつ、仕事の為にその場を後にすることにした。
*
「という騒ぎがあったんだが、どう思う?」
「……何でそれを私に言うニャ」
オレは、王都にある小洒落たカフェで、シャオフーと話をしていた。
仕事帰りにたまたま見かけたので、ちょっと拉致してみたという訳だ。
「本当はセシリアと話したかったんだが、忙しそうだしな」
「私だって忙しいニャ! 部下の報告を聞いて、それをセシリア様やフレデリック様に報告しないといけないニャ!」
……ただの中間管理職ではないか。
「まあそう言うな、奢るから少し話しようではないか。ここのケーキは絶品だぞ?」
「むう、有難くいただくニャ。それで、何が聞きたいニャ?」
シャオフーはチョコレートをたっぷり使ったケーキにフォークを入れながら、話を促してくる。
「聞きたいのはマルジェナのことだな。オレよりかは第1ギルドの方が付き合いも長いだろう?」
オレも本題に入りつつ、蜜柑を使ったタルトを口に運ぶ。うむ、このさわやかな酸味と甘みの調和が憎いな。
「私だってそんなに知らないニャ。戦ったこともないし、魔法だって知らない。ただ……」
「ただ?」
「……セシリア様は、戦ったら負けないけど、勝つこともないと言っていたニャ」
「へえ?」
これはまた意味深な発言だな。真っ直ぐなドジっ娘にしてはちょっと奇をてらった言い方だ。
「あと、セシリア様はこうも言ってたニャ。敵ではないけど味方でもない、あまり深くかかわるな、と」
「ふーむ……」
結局、大した情報を得られそうにないな。変な奴だという事はわかったが。
もしセシリアに会うタイミングがあれば、もうちょっと詳細を聞いてみようか。
「……もう質問はないニャ?」
「ああ、ケーキの代金分は話を聞かせてもらった、ありがとう」
「……御馳走様ニャ」
シャオフーは席を立つと、口の横にチョコレートをつけたまま街へと消えていった。
……オレも帰るとするか。
2人分の精算を済ますと、沈みゆく夕陽を感じながらギルドホームへと足を運ぶ。
*
「ただいま、今日の晩飯はなんだ?」
「あっ、御主人様! お客様が見えていますよ」
「客ぅ?」
ホームに帰り着くと、メイドはオレの質問をスルーして来客のいる部屋を指し示す。
やれやれ、早速Bランクになったオレに仕事でも舞い込んできたか。
客間に足を入れると、そこには少年が座っていた。
珍しい客だな。ステラと同い年ぐらいだろうか。それなりの服装を着ているので、貴族の子供かもしれない。
とにかくオレも椅子に座り、話を聞くことにしよう。
「……オレがBランクギルド『ミスリルの坩堝』ギルドマスターのフリードだ。何の用だ?」
「あの……オレ、今日のギル管で、騒ぎを見てたんだ」
どうやらこの少年は、オレのことを見てここに来たようだ。
「そうか、オレのBランク昇格を祝いに来たという訳だな?」
「違う、そんなのは興味ない!」
……ショックだ。そんなの扱いされるなんて。いくら子供でも言っていいことと悪いことがあるぞ。
「そっちじゃなくて、マルジェナの方だ。お前、あの女に突っかかっていったよな?」
「まあ、騒ぎを収めたかっただけだがな」
生意気な態度だが、ひとまずそれは置いておこう。この少年は何を言いたいのか。
そう考えていると、突然少年は頭をがばっと下げる。
「頼む、あの女……マルジェナを、殺してくれ!」
「……え?」
……どうやら、また厄介事を抱えてしまいそうだな。