第156話 いつもより少しだけ騒がしい平穏
パーティーも終わり王都も静かになり始めた。鳥の声も心なしか聞こえてこなくなり冬の始まりを感じさせている。
ギルドホームでいつもより熱いコーヒーに口をつけていると、来客を知らせるベルの音が鳴る。
手の空いていたアルトちゃんが玄関へ向かうと、すぐに戻ってきてオレに問いかける。
「ヴァレリー様、お客様ですよ。フーリオールの方のようです」
「フーリオール?」
雪国からはるばる来たという事はフラウの知り合いだろうか? とりあえず中に入れるようお願いすると、見知った顔を連れてきた。
「フリード殿、久しぶりだな」
「邪魔するぞ、若いの!」
「……おお、シビルにロウウェンか。どうしてここに?」
目の前に現れたのは、フラウの姉シビルと、採掘ギルドを束ねているドワーフ、ロウウェンであった。
わざわざ他国のお偉いさんが来るとはな。
「ハレミアに来たのは新国王への挨拶だ。我々は国王の付き添いだが、久しぶりに会いたくなった」
「それで、フラウはどこにいる?」
「とりあえず腰掛けてくれ、すぐに呼んで来よう」
フラウもまだ子供だ。久しぶりに会えたら嬉しいだろう。追加のコーヒーを準備しつつ、地下にいる彼女を呼ぶことにした。
*
「お姉ちゃん、ロウウェンおじさん!」
「……元気そうだな」
地下から上がってきたフラウは2人の姿を見ると、そのまま胸に飛び込んでいく。定期的に『耳打石』で連絡を取り合っているはずだが、やはり直接会うと喜びも一入なのだろう。
「どうだ、けがや病気は無いか? ちゃんとご飯は食べてるか?」
「大丈夫だよ、ロウウェンおじさん! いつも元気いっぱいだよ!」
まるで孫を見るおじいちゃんだな。この前はツンツンしてたのにすっかりデレデレではないか。
「このオレがついているのだからな、常にコンディションは最高だ」
「……工作機械を爆破したり泣かせたりしたと聞いているが?」
「ぐっ……! それは……」
シビルに痛いところを突かれてしまうが、事実だけに否定しづらい。
「……語弊がある。爆破も泣かせたのも不可抗力だ」
「もう、お姉ちゃん! それはもう大丈夫だって言ったじゃん!」
「……ふふっ、悪い悪い。可愛い妹を独占する男につい小言を言いたくなってしまってな」
やれやれ、人の悪い女だ。
まあオレは特に語る思い出があるわけでもない。フラウと2人の会話を適当に聞き傍観者に徹することにする。
*
……オレが5杯目のコーヒーに口をつけ始めた頃、シビルが時間を気にするようなそぶりを見せ始める。
「大分長居してしまったな、そろそろ失礼するとしよう」
「……お姉ちゃん、もう帰っちゃうの?」
姉の言葉にフラウが残念そうな顔を見せる。肉親にまたしばらく会えなくなるとすれば当然の反応だな。
「フラウ、お前も一緒に帰ってくるか? オレはどっちでもいいが、アマンダも喜ぶぞ!」
「え!? ……うーん、その、フリードさんはどう思う?」
嫁をダシにしてフラウを誘うロウウェンだが、フラウはそれをオレに聞いてきた。
そもそもフラウがオレの下にいるのは、勉強のためだ。……自由に過ごしているので勉強になっているかは不明だが。
とにかく別に強制しているわけでは無いので、オレに伺いを立てるのも変な話だな。
「自分で判断すべきだな。どちらを選んでも、誰も咎めるものはいない」
「フリードさんは僕に残って欲しくないの?」
うーむ、オレにゆだねられても困るな。追い出したいなどとは微塵も思っていないが、オレの言葉で道を選んでほしくないというのが正直な気持ちだ。
まあここは正直に答えておくか。
「残って欲しいに決まっているさ。フラウは賢いし元気いっぱいで嫌味もない。ドワーフ譲りの技術力にはこのオレも舌を巻くほどだし、勇気と向上心も持ち合わせている。誰に聞いても一緒に過ごしたいだろうと答えるだろうな」
「ちょ、ちょ、そこまで言われると恥ずかしいよっ!」
「ちっ、負けたぜフリード。そこまでこの子のことを思っているなら素直に手を引くしかないな」
「いや、あくまで道を決めるのはフラウだが……」
「もう、しょうがないなー。そこまで望まれたら、僕も残るしかないよ!」
もはや完全に聞く耳を持っていないな。結局フラウはここに残ることに決めたようだ。
「……どこかでこうなるだろうとは思っていた。フラウ、機械は全部壊したのだろう? 最新のやつを持ってきてある」
「ホント、お姉ちゃん!?」
シビルが窓を指差すと、いつの間にか馬車が何台も並んでいる。恐らく工作機械が入っているのだろう。
道がそんなに広くないのだから迷惑だろう、そういう事は早く言ってくれ。
ギルドメンバー総員で工作機械を荷下ろしすると、名残惜しそうにシビルとロウウェンは帰っていった。
*
翌日。
「御主人様、大変です!」
「どうした、第1ギルドでも攻めてきたか?」
「いえ、お客様です!」
「客ぅー?」
昨日も来たばかりだろうに、そんなに大騒ぎするべき内容か。
玄関からのエミリアの声を聞き、オレも玄関へと向かう。
「お久しぶりですね、フリード様」
「……カテリーナか」
体の周囲にブンブンと蜂を纏わせるこの女性。美食の国の"女王様"カテリーナが玄関に立っていた。
そして後ろには馬車が3台控えている。
「……どうしてこの国へ?」
「ビストリアは同盟国ですので、新国王への挨拶に。私は国王の付き添いですが」
結局国王でもご近所付き合いがあるという事か。どの立場でも人間関係に悩まされるようだ。
「王子はお留守番ですがここに来れないことを悔しがっておりまして。せめて友人にお土産でも渡しておいて欲しいと」
どうやら王子は来ていない様だが、友人などと呼んでくれるのは嬉しいな。
そしてそのお土産とはきっと、後ろに控えている3台の馬車に入っているのだろう。
「1台はみっちりと蜂蜜が、もう1台は各種香辛料、最後の1台は干した肉と魚が入っております」
……バランス悪くないか。もっと肉と魚が欲しいのだが。
「ありがとう、丁度蜂蜜が欲しかったところだ。メンバー総動員で荷下ろしをさせよう」
昨日と同じように手の空いているメンバーを呼び、少しずつ荷物を運んでいく。キッチンには収まりきらないし、また地下室を占領しそうだな。
*
時間をかけて荷物を運び終わると、2日連続の肉体労働にさすがのオレも体に疲れを感じ始めていた。
「悪い、時間がかかってしまった。どうだ、飲み物でも準備しようか」
「いえ、お気持ちはありがたいのですが、他に用事がありまして」
「そうか、残念だ。王子にも感謝の気持ちを伝えておいてくれ」
「はい、必ず。……あの、差し支えなければ、煙草が売っている場所を教えていただけませんか? 王子にそれも頼まれていまして」
あの王子は煙草をまだやめていなかったらしい。ビストリアでは生産していないからここでついでに買ってきてもらおうという考えか、悪い奴だ。
「煙草ぐらいならどこにでも売っているぞ」
「いえ、この馬車3台を埋められるほどの量が欲しいのです」
……どんだけ吸うつもりだ、あいつは。
仕方なく以前知り合った商人の連絡先を教える。国を跨いで商売をしている人間だし、在庫もたくさん持っているだろう。
改めてお互いにお礼を言い合うと、カテリーナは去っていった。
「ふう、疲れたな」
「お疲れ様です、御主人様。折角だし蜂蜜たっぷりの紅茶でも入れましょうか」
「蜂蜜!」
「私も飲みたいです!」
エミリアの言葉に、ロゼリカとステラが反応する。何度も出入りを繰り返して体も冷えたし、オレもお願いするとしよう。
「皆さん、お待たせしました。……御主人様、なんだか嬉しそうですね?」
「ふっ、疲れているのにおかしな話だな?」
いつもと違う日常が続いたが、やっと落ち着いた気がするな。それがこの気持ちの原因か。
優しい甘さの紅茶に口をつけながら、ぼんやりとそう考えていた。