第154話 パーティーへ
ついにやってきた、新国王の就任パーティー。
てっきり王城内で執り行うかと思っていたが、どうやら中庭で行うようだ。
立食形式で適当にご歓談しつつ、花火も中庭から眺めようという事らしい。寒いのにご苦労なことだ。
「お兄様、どこか変なところはありませんか?」
「バッチリだ、どこに出しても恥ずかしくないぞ」
何とかステラの分の服も間に合い、今日は全員いつもの装いを変えて、気合を入れて粧し込んでいる。
時刻は17時、やや遅く感じるが夕食の時間と考えれば問題ないな。
「よし、今から自由時間という事で好きなだけ飯を食らってこい」
「余り羽目を外したらダメですよ」
子供たちに解散を命じつつ、オレはオレで適当に過ごすとしよう。まずは酒だな。
「御主人様はどう過ごされるんですか?」
「そうだな……適当に挨拶しに行くか。エミリアも毎日食事の準備で疲れているだろうし、今日はゆっくりするといい」
「そうですね、じゃあたまにはお酒でも……」
「……控えめにな」
さてと、まずはセシリアに挨拶しに行くか。誘ってくれたわけだし、お礼を言うのが礼儀というものだろう。
決して広くはない中庭ではあるが、背の高い木も植えてある庭園のようになっているためなかなか見当たらない。
一応は戴冠式の後の2次会という位置づけのはずだが、未だに人も多いせいで歩くのも一苦労だ。
「お兄様、誰か人探しですか?」
後ろから声をかけられ、振り向くとステラが立っている。どうやらついてきていたようだな。
「今から第1ギルドへご挨拶だ。これが大人に必要な社交スキルだからな」
「格好いいです! ……私もついて行っていいですか?」
「いいだろう、オレの姿を見て存分に学ぶが良い」
ステラも連れてうろちょろしていると、やっと見知った顔を見つけることができた。
そちらへ近づき声をかけることにする。
「やあ、第1ギルドの皆様方。本日はお日柄もよく……」
「なっ、何故貴様がここにいる! ここはお祝いの席だ!」
「そうだニャ、この招かざる客め!」
フレデリックとシャオフーが話している所に割り込んでいくと、挨拶が終わる前に突っかかられる。
やれやれ、礼儀に則って丁寧に挨拶をしようとしたのにこれだ。こんな奴らが第1ギルドを名乗っているから、ハレミア国民全体が傲慢などと言われてしまうのだ。
「お久しぶりです、シャオフーさん。素敵なドレスですね!」
「て、照れるニャ〜、そっちも可愛らしいドレスだニャ!」
「えへへ、ありがとうございます! ……副ギルドマスター様はご挨拶するのは初めてですね! ステラと申します、よろしくお願いします!」
「う、うむ……。フレデリックだ、よろしく、お願いする……」
腹黒い大人たちのいやらしい一面を見た後だというのに、ステラは健気にも丁寧に挨拶する。その真っ直ぐさに、オレに対する鋭い態度も幾らか和らいだようだ。
これぞ妹の可愛さで場を和ませる技。錬金術奥義・ステラシールドと名付けておこう。
「……それで、なんでお前がいるニャ」
「ちゃんと招待状がある。セシリアから直々に貰ったわけだが?」
「そ、そんな馬鹿な……!」
オレはシャオフーに招待状の入っていた封筒を見せつける。まいったな、また勝利してしまった。
歯噛みするシャオフーを放っておいてセシリアの姿を探す。近くに居るかと思ったが、キョロキョロしても見当たらないな。
「セシリアはどこに居るんだ? 挨拶したいのだが」
「今は王子……じゃなかった、国王とお話し中だニャ。『戴冠の儀』の時はほとんど話できていなかったみたいだから……」
そういいながら、親指で背中越しに隅っこの方を指差す。その方向には陰に隠れて、2人の男女の姿が見て取れた。
「なるほど、ありがとう」
「こっ、こら! 何で近づいていくニャ!? 取り込み中だという事ぐらい見てわかるだろ!」
「何話しているか気になるだろう?」
「気になっても聞きにいかないのが部下の務めニャ!」
「残念だったな、オレは部下では無くて親友だ」
目と目が合えば友人で、言葉を交わせば親友だ。うるさい猫娘は放置してこっそり近づくとしよう。
木陰に身をひそめると、かすかに声が聞こえ始めた。間違いなく国王ヘンリックとセシリアの声で、ついさっき話し始めたばかりのようだ。
「……就任おめでとうございます」
「これもお前のおかげだ、セシリアよ」
「勿体ないお言葉です」
何だこの会話は。兄弟というより、本当に主と部下という感じだな、つまらない。
「これからも第1ギルドとして、支え続けていく所存です」
「……セシリアよ。ここには兄妹だけしかおらぬのだ、もう少し肩の力を抜いたらどうだ?」
「しかし……」
王子も溝を感じているのか優しく声をかけるが、セシリアは真面目な態度を崩さない。うちの妹を見習って『お兄ちゃん、大好き♡』とか言えばいいのにな。むしろ言ってくれ、それをネタに強請り続けたい。
国王は息をフッと吐くと、話を変えることにしたようだ。少し遠い目をして言葉を紡ぎ始める。
「セシリア、お前はワーグナー様のことを覚えているか?」
「当然です。第1ギルドの先代ギルドマスターにして、『未来視』の魔法を持ち皆を導き続けたお方です。私の、尊敬する方です」
「……この余よりもか?」
「そんな、まさか! 兄上のことも当然……!」
セシリアにはジョークが通じないのか、必死になって兄を持ち上げる。これはこれで面白い一面だ。
「ふっ、冗談だ。余も……いや、今は俺で構わないな。俺たちから見れば叔父にあたる方だが、政務に忙しい父と違って本当に優しくしてもらったな」
「……はい」
「俺の魔法『小さな巨人』のことは知っているだろう。小指に力があるだけの、お前と違って取るに足らぬ魔法だ」
「そんなことは……」
「正直、お前に嫉妬したこともある。だがそんな時、ワーグナー様は言ってくれたのだ。小指は役に立たないように見えるが、手の全体を支える役目があるとな。だから俺の魔法は、最も大事なところに力を与えるための立派な魔法だと」
セシリアは相槌も打たずにじっと国王を見つめる。彼女は真剣に聞いているようで、オレも自然に意識が耳に集中する。
「その時、俺の歩く道が見えたのだ。たとえお前のように目立たなくとも、この国を静かに支え続けることが俺の使命なのだと」
「兄上……」
「ふっ、くだらない話だったな。要するに、お前の魔法も輝くためにあるのだから、自由に輝き続ければいいという事だ。俺の仕事は支えることだ、遠慮する必要はない」
この話はきっと、国王就任前のくだらないごたごたに対する話も兼ねているのだろう。周囲が騒ごうとも、兄妹が決別することは無いという事か。
「兄上、ありがとうございます」
「ふっ、お礼を言っている場合か? 今のは『早く結婚相手を見つけろ』という意味もこもっているのだぞ?」
「なっ!? あ、あ、兄上!」
「はっはっは。……いまから貴族たちの相手をせねばならんからな、落ち着いたらまた会おう」
どうやら会話が終わったようだ。セシリアの珍しい姿も見れたし、釣果は上々といったところだな、愉快愉快。
……それに、オレの"恩人"の話もちょっとだけ聞けたしな。
「よし、第1ギルドへの用事は終わったな」
「お兄様、挨拶は……?」
「今回は辞めておこう、ニヤニヤを我慢できそうにない」
オレはステラを連れて、セシリアに気付かれる前にその場をそっと立ち去ることにした。