第153話 最後の仕上げ
食後、オレはメイドの着替えが終わるのを待っていた。
プリンセスメイドドレスとは一体どんな服なのか、実に楽しみだ。
「御主人様、どうですか……?」
「おお、良いな。普段着ている奴よりずっと良い」
いつもはとにかくシンプルで普通のメイド服を着ているが、これはドレスを名乗るだけあってとても美しい。
幾重にも重なったスカートはふんわりと広がっており、背中と胸元のリボンも落ち着いた雰囲気を出しつつも可愛らしさを演出している。
「いいわぁ、すっごくいいわぁ……」
「御主人様、近所のおばさんみたいになってますよ」
いけない、ついうっとりしてしまった。
気を取り直して、どこか問題は無いかしっかり確認しておこう。
「どうだ、服のサイズはピッタリか?」
「少々袖が長いですね。あまり気にならないレベルではありますが」
「ウエストもちょっと隙間がありますね」
元々はゴリラのようなメイドが使うことを想定していたのだろうか、全体的に大きめのサイズのようだ。
だが、ちょっと調整するだけで問題なく着用できそうだ。
「あと、ちょっと胸の部分もサイズが合ってないです……」
「……!」
これは一体どっちの意味だ。ここを見誤ると好感度大幅ダウンだな。
今までの流れからすれば服のサイズが大きくて隙間が空いているという事なのだろうが、それを口に出していいのか?
かといって、『エミリアは胸がでかいからな、はっはっは!』などと言ってしまっては、わざとらしい上にただのセクハラではないか。
「確かに不思議ですね、他の部分は大きめなのに胸だけ普通です。私は丁度良いですが、エミリアさんはきついかもしれないですね」
「ううー、恥ずかしいです……!」
なるほどな、正解は沈黙。自ら言葉を発する必要はなかったのだ。
自らの胸を犠牲に話を進めたアルトちゃんに敬意を表しよう。
ともかく、こっちのドレスの準備は問題なしだな。あとは、子供たちか……。
「じゃあ早速服を調整するね?」
「……オレも様子を見に行こう」
妄想にふけっている間に、エミリアたちは既に着替え直していたようだ。
ドレスを抱えて歩くロゼリカを追いかけて、オレも地下室に向かうことにした。
*
「へえ、意外とちゃんとやれているな」
「当然だよ、寝る間も惜しんで作成に力を入れてるし!」
「そうか、でもちゃんと夜は寝ないとだめだな」
割と心配していたが、意外と真面目にドレス製作は進んでいるようだ。
布の端切れや裁縫道具などが散らばっているのは製作途中なので目をつぶるとしよう。
服自体はちゃんと形になっており、形が崩れないようにハンガーにかけてある。
「もう完成か?」
「私の分はほとんど出来てるよ。あとの2人はもう少しみたいだけど」
そういえば、ステラとフラウがいないな。
周囲を伺うと、物陰からガサゴソと音がする。作成している途中だろうか。
「フラウ、進捗はどうだ?」
「うわーっ! ちょっと、今ちょうど着替えてたのに!」
「おっと、悪いな」
音がするところをのぞき込むと最悪のタイミングだったようで、下着姿のフラウが胸を隠して顔を赤らめていた。
その場をいったん離れると、少し時間を置いてフラウが現れた。どうやらドレスの試着をしていたようだ。
「悪かったな、まさか着替えているとは……」
「……僕の下着姿を見てそれだけなの?」
「え? いや、本当に反省している、次からはちゃんと先に声をかけよう。お詫びに今度何か食べに行くか?」
「そうじゃなくて!」
困ったな、どこに怒っているのかわからない。年頃の女の子って、難しいな。
「もっと照れたりとか、顔を真っ赤にしても良いよね!?」
「……何に怒っているんだ。子供を見て恥ずかしがる奴がいるか」
「子供! 子供! 僕が、子供!」
何故だ、壊れてしまったぞ。子ども扱いしない方が良かったか?
「もういいよ! それで、このドレスはどう思う!? 子供の僕がこんなきれいなドレスなんて馬鹿みたいって思うんでしょ!」
「拗ねるなよ……。ちゃんと美しさが強調されて悪くないと思うぞ」
「……! でも、お世辞でしょ? 子供に美しいなんて言わないもんね」
「なんだ、そんなことで怒ってるのか。子供ってのはガキって意味じゃなくて、我が子みたいだと言っている。もうだいぶ長い時間を同じ屋根の下で暮らしているんだからな」
「っ!? ふーん、そうなんだ、家族……」
さっきからコロコロと表情が変わるな。怒ったりボーっとしたり忙しない。
「しょうがないな、さっきのことは水に流してあげるよ! 家族がいちいちいがみ合うのはおかしいもんね」
「……同感だな」
どうやら許しは頂けたようだ。ドレスも確認できたし一件落着だな。
さてと、最後に一番心配なのはステラだな。フラウの側にいないという事は、勉強用のスペースか?
その場を離れそちらの方に行ってみよう。
「ステラ、いるか……!? どうした、ステラ!」
「あっ、お兄様っ!」
勉強スペースを覗くと、ステラが顔を真っ赤にして机と向き合っていた。どうやら泣いていたようで、目が潤んでいる。
「どうした、何があった? 第1ギルドにいじめられたか?」
「違います……! ドレスを作りたいのに、私、不器用で……」
オレは机の上をよく見る。裁縫道具が散らばっており作業途中だったことが伺えるが、切り刻まれた布地は皺だらけになっており既にくたびれている。
「……なんだ、そんな事か。仕方ない奴だな、オレが手伝ってやろう」
「お兄様、お裁縫もできるのですか?」
「ふっ、オレを誰だと思っている? オレが生まれた時、天才という言葉の使い道が見つかったと言われている」
「流石です、お兄様!」
オレも椅子を引っ張り出して机の側で腰掛けると、布地を手に取る。薄桃色の布地はまだ修正が効きそうだ。
とはいっても、あまり時間がない。これは明日も付きっきりになりそうだな。
「お兄様、いつも助けてくれてありがとうございます!」
「家族が助け合うのは当然だ」
「はい、お兄様。……大好きです」
「……余りくっつくな、針を扱っているから危ないぞ」
「えへへ、ごめんなさい」
やれやれ、やはり妹というのは手がかかる。
腕に重みを感じながら、チクチクと布に糸を通し続けた。
*
大陸のどこかにある、竜を祀った神殿にて。
「……アリス、いるか?」
「あっ、おじいちゃん! 体調は大丈夫?」
「もはや体を気遣っている状況ではない。ユリアンが連絡を寄こさない、何かあったとみて間違いない」
「ユリアンおじさんが? 死んじゃったの?」
もはや2人だけになってしまった神殿内で、老人とその場に似つかわない少女が会話をしている。
「……もう時間がない、竜を復活させる」
「竜を? やった、ついに始まるんだね!」
老人の言葉に少女は嬉しそうに微笑む。年相応の反応ではあるが、禍々しい神殿の雰囲気にはそぐわないため、浮いた様になってしまっている。
「竜の体は全部揃っていないが、どれほどの時間がかかりそうだ?」
「うーん、私の『死体性愛』でもこんなにデカいのを亡者化させるのは初めてだからわかんない。体の核になる心臓が無いと、数か月はかかるかも……」
「猶予は無い、今すぐ儀式を始めよ」
「うん! 楽しみだね、ついにこの醜い世界が、亡者のはびこるユートピアに変わるんだ!」
少女は鼻歌を歌いながらスキップをするように、竜の体が保管されている場所へと向かっていく。
「くっくっく、順調とは行かないかったが、ついに我が野望が成就する時が来たのだ……!」
アーカインは心臓を押さえ時折眉間にしわを寄せながらも、笑みを絶やすことは無かった。