第151話 メイドの実力
参加者であるメイドたちが広場に集まり、ついに『M-1』が始まろうとしている。
人数はエミリアたちを合わせて20チームほどといったところか。
オレたちも良い場所で応援できるように、ちょうど会場の真後ろにある客席の最前列を確保する。
「おいおい、そんな細腕で『M-1』に参加するつもりかぁ?」
「そ、そうです! 何がおかしいんですか!」
かすかに声が聞こえてくるが、どうやら既に盤外戦術が始まっているようだ。
エミリアたちは横に並んだ屈強なメイドに挑発されている。
「ちっ、弱そうな奴がメイドを名乗ると品位が落ちちまうぜ! お前みたいな奴は帰って食事の準備がお似合いだ!」
食事はメイドの仕事ではなかったのか? 知らなかったな。
「皆さまお待たせしました、これから開会式を始めさせていただきます! まずはメイド専門ギルド『メイドリル』のギルドマスター、バトラー氏の挨拶です」
司会が声を張り上げると、皆が前に注目する。バトラーと呼ばれた立派な髭の男が一段高い壇上へと上がる。
「本日は集まっていただきありがとうございます。さて、皆さんはメイドの本質とは何だと考えますか?」
まさかの問い掛けスタイル。こういうのは時間が長引くから辞めていただきたいな。
案の定答える声は上がらず、しばらく沈黙が流れる。やがて諦めたのか、男は次の言葉を紡ぎ始めた。
「……私はこう考えます。メイドとはすなわち、『キュート&エグゼキュート』! 可愛いだけでなく、任務を執行する実力が無ければならないのです!」
男の言葉に、屈強なメイドたちが『うおおおお』と野太い声を上げる。そんなに盛り上がるようなことを言っていたか?
……だが、よく観察すると、男の胸に百合の紋章がついていることに気付いた。そして、ゴリラのようなメイドたちにも同じ紋章がついている。
さては、『M-1』などと言いながら、自分たちのギルドの実力を示そうと考えているのではないか?
どうやらこのイベントの裏には、イケない大人の思惑が働いていそうだな。
「フリード、メイド専門ギルドって何?」
オレが思案していると、ロゼリカが袖を引っ張り質問してくる。
「メイド専門ギルド『メイドリル』……。それはメイドを傭兵のように派遣する軍事ギルドじゃよ。わしも若いころお世話になったのう」
「うわっ、おじさん誰?」
なぜか近くにいた爺さんがオレの代わりにロゼリカに答える。可哀想に、びっくりしているじゃないか。
「それにしてもお嬢ちゃん、可愛いのう。メイド服が良く似合いそうじゃ」
「ひっ!」
「……おい、汚い面でうちの子に話かけるな、殺すぞ」
「ふっ、だらだらと長く生き過ぎたこの命、今更奪われることが惜しいはずもあるまいて」
くそ、この爺さん、"覚悟"ができてやがる。こいつは厄介だな。
「……以上、バトラー氏の挨拶でした。ではこれより5分後、試合開始です!」
おっと、変な奴の相手をしている間に話が終わってしまったようだ。
試合開始とか言っているが、結局何をするのか聞きそびれてしまったな。
「デット、さっきの挨拶は結局何て言ってた?」
「2対2でトーナメント形式で試合をするらしい。敵を掃除し、料理してやるのがメイドの仕事だとか……」
やれやれ、それっぽいことを言って誤魔化そうとしているな。
どうしようかと思案していると、開会式を終えて2人のメイドがこちらの方へ戻ってきた。
*
「うぅ、どうしましょう御主人様……!」
「うーん、思わぬ方向へ向かってしまったが、棄権するか?」
雑魚ども相手にしてやられるのは不愉快だが、今回戦うのはオレではない。無理強いはするべきでは無いだろう。
「ヴァレリー様、私は構いませんよ。どちらかと言えば料理より戦闘の方が得意分野ですので」
「私は、その……」
「……いや、やっぱり止めておこう。楽しい場で傷つく姿なんて見たくはないからな」
しっかり考えたが、優先すべきは個人的なプライドではない。ここで判断を誤ってはいけないな。
「……いえ、御主人様! 参加しましょう! 私はただのメイドではなく、最強ギルドに仕えるメイドですから!」
「いいのか、エミリア?」
「はい、絶対優勝して見せます!」
エミリアはぐっとこぶしを握り、強い意志を示す。こんなに真っ直ぐ見つめられては反対もし辛いな。
「わかった。だが、もし危なくなったら乱入してオレが相手をぶちのめすからな」
「いや、穏便に済ませましょうよ……」
参加するつもりなら準備をしておくべきだな。オレは鉄を生み出し、いくつか武器を生み出す。
鉄のフライパン、銀のフォークにナイフ、見るもおぞましい武器の数々だ。
「よし、この兵器たちで奴らを刈り取ってきてくれ」
「流石ですヴァレリー様、ちょうどフォークが欲しいと思っていたところでした」
「フライパンでどう戦うんですか……?」
「そろそろ開始の時間でーす! 参加者は集合してください!」
いよいよ試合が始まりそうだ。オレは2人を見送る。
*
「ぐわああっ! 強すぎる……!」
「おや、もう立ち上がれませんか?」
「くっ、許してくれ、もうフライパンだけはやめてくれぇぇぇ!」
心配していた大会は、すんなりと終わってしまった。
オレたちのペアは、主にアルトちゃんが圧倒的な強さで敵をボコボコにし、無傷で優勝という偉業を成し遂げたのだ。
「戦意喪失により、決勝戦の勝者はエミリア・アルトペア! 優勝です!」
「呆気ないですね、まだフォークも余っていたのですが」
「アルトさん、流石です!」
会場は騒然としている。オレも驚きだ、心配して損したな。
所詮見せかけの筋肉では、アルトちゃんの相手は務まらなかったな。
これでくだらない野望は砕かれた。やはりイケない大人たちを咎めるのは我々イケてる若者の仕事だという事だな。
「馬鹿な、Eランクギルドの我々『メイドリル』が、こんなにわかメイド共に……!」
「……ん?」
横の方を見ると、最初に挨拶した男が歯噛みしていた。
かなり悔しがっているが、Eランクは最低ランクではないのか?
「かくなる上は、舞台に仕込んだ爆薬で奴らもろとも爆破してくれる!」
「なっ! そうはさせるか!」
おいおい、とんでもないことを言い出したぞ。オレは一瞬でそいつの近くによると、手に持っていたマッチを蹴り飛ばす。
「何ッ! 貴様、何者だ!」
「オレはあいつらのギルドマスターだ。逆恨みで爆破するなど、迷惑極まりないな?」
「あいつらの? 丁度いい、責任取ってもらうぞ!」
男は気持ち悪いことを言いながら突っ込んできたが、顔面を殴りつけて止めると一瞬で崩れ落ちた。
頬を押さえながらうずくまり、ぶつぶつとつぶやいている。
「畜生、お前たちさえいなければ、我々の名が王都中に轟いていたのに……!」
「……小さい男だな。そんなことをしても、所詮は偽物。お前には見えないのか、彼女たちの本物の輝きが」
「本物……?」
オレは、舞台に上がっている2人を指差す。エミリアが嬉しそうに笑いかけており、それにアルトちゃんが照れ臭そうに微笑んでいる。
まさしく『キュート&エグゼキュート』を体現していると言えるな。
「……我々が間違っていた。やり直そう、再び、最底辺から一歩ずつ……!」
どうやらわかってくれたようだな。まあEランクは既に最底辺だが。
だが、こうしてオレたちも目立つことができたし、結果オーライだな。
*
翌日。
『M-1』も終わり、オレたちは再び家財道具を買うために街へ繰り出していた。
「もう、本当に大変でしたよ……。今日こそはちゃんと家具を買いましょうね!」
「ああ、わかっているさ。おや、また何かビラを配っているな」
また足元に飛んできたビラを拾い上げる。
「何々、料理人ナンバー1を決める、『R-1』開催のお知らせ、だと……! エミリア!」
「も、もう絶対出ませんから!」