第149話 時にはドレスを
オレは、第1ギルドのギルドホームを訪ねていた。
無事完成した新・ギルドホームのお礼として、ケーキとお酒を持ってきている。こういう地道な行動が人々の支持を得るのだ。
玄関の呼び鈴を鳴らすとゆっくりとした足音が聞こえ、少しだけ扉が開かれた。
「おやおや、副ギルドマスターのフレデリック様ではございませんか」
「……」
無言でばたりと扉が閉ざされてしまった。
全く無礼な奴だ、こっちは殺し合ったことを既に水に流しているというのに。
仕方ないので手の平に金属を生み出し、鍵の形を作る。これぞ錬金術奥義・合鍵だ。
「失礼するぞ」
「貴様、勝手に侵入するな!」
「そう言うな、もはやオレたちは普通の仲ではないだろう?」
「普通以下の仲だ、早く消え失せろ!」
「……何の騒ぎですか?」
玄関で色気のない言い合いをしているとき、一輪の花が現れた。
「おっと、セシリア。今日はお礼に来たんだ」
「……こちらで話をしましょうか」
手に持ったお土産を少し持ち上げてみせると、無事に侵入成功した。
これが大人の対応というものだな。フレデリックも見習いたまえ。
「酒は好きか? これは天才直選の美酒、ビストリア産の白ワインだ」
「……酒の好きな者たちと分けるようにしましょう」
遠回しに『私はいりません』と言われた気がするが、とりあえず渡しておく。
「ついでにこっちのチーズケーキも。王都で1日5個の超限定品だ、王族でも簡単には手に入らないぞ」
「っ! ……有難くいただきましょう」
どうやらこっちは気に入って貰えたようだ。
ステラやロゼリカも絶賛の一品だし、きっと口に合うだろう。ちなみにオレは食べたことがない。
「それで、本題は何ですか?」
「ん? いや、本当に今日はお礼だけだ。ディークたちにもよろしく言っておいてくれ」
「……貴方は変な人ですね」
「まあ、天才だからな」
適度に褒められたところで、引っ越しの準備もあるし帰ることにするか。
「……少々お待ちください。私も渡しておきたいものがあります」
セシリアはオレを呼び止めると、少し離席しすぐに封筒を持ってきた。
「これは、王位就任を記念するパーティーの招待状です」
「オレたちが行ってもいいのか?」
「戦争の最大の貢献者を拒む者はいないでしょう」
本来なら新国王に媚びを売りたい貴族連中や有名ギルドがわんさか押し寄せるパーティーだ。
いい勉強になるかもしれないし、ステラたちも連れて参加してみるか。
セシリアにお礼を言うと、第1ギルドを後にすることにした。
*
その後、オレたちはその日1日かけて引っ越しを完了させた。
意外と重労働で疲れたので食事はほどほどにし、今は食後のコーヒーを味わっているところだ。
「ふう、やっと引っ越しも終わったな」
「はい。でも、珍しいですね。御主人様なら『新築祝いパーリィーだぁっ!』って言うと思ってましたけど」
……オレはそんなにアホっぽかったか?
「心配しなくても、もうすぐパーティーが開催されるからな。ほら」
オレはそう言うとセシリアから貰った手紙を机の上に広げる。
「パーティーに誘われるなんて珍しいですね」
「フレデリックをボコボコにしたのが功を奏したようだな」
「それは無いと思いますけど……」
いつも身内ばかりだし、たまにはこういうパーティーもいいだろう。食事代も浮くしな。
「でも、それなら服装も考えなきゃですね! 流石にメイド服でパーティーはちょっと……」
「た、確かに……! せっかくの晴れ舞台、貴族どもの度肝を抜いてやらないとな」
意気揚々と参加した結果、田舎者と罵られるのだけは避けたいところだ。
オレはもう一度手紙の日程を確認する。日付は丁度一週間後の週末だ。
「……ステラたちに言っておくか」
オレはそう思い立つと、地下室へと足を運ぶことにした。
爆心地である地下はボロボロだったため、折角なので大改装して子供たちの共有スペースにしてみた。
フラウの工作機械スペース、ロゼリカのお裁縫スペース、ステラの勉強兼読書用スペースだ。
オレの存在を察知してか、思い思いのことをしていた3人が一斉にこちらを向く。
「はいはい皆さんこちらにご注目。この手紙はパーティーの招待状だ」
「パーティー!?」
早速ステラが駆け寄ってきて、フラウとロゼリカもゆっくりと近寄ってくる。
「ただのパーティーじゃないぞ、貴族も集まる立派なパーティーだ。一応確認だが、ドレスとかは持ってるか?」
「無いです!」
「結構。あと一週間ある、各自ドレスを準備すること、以上!」
普段年齢からすると破格のお小遣いをあげているので、そちらから捻出できるだろう。
「どんなドレスでもいい?」
「まあ、いい奴に越したことはないと思うが。祝いのパーティーだし、明るい色がいいかもな」
「じゃあ、自分で作ってもいいの?」
「わっ! 自作のドレス、想像するだけで素敵です!」
「オリジナルか〜。僕、鎧は作ったことはあるけどドレスは初めてだな」
まだ良いとも言っていないが勝手に盛り上がっている。
まあ、なんだかんだ皆手先は器用だし、悪くないかもな。
「自作、大いに良し! 各々で自由に自分の魅力を高めたまえ」
正直服のことはわからないので、適当なことを言って切り上げるとしよう。
「あっ、フリード。そういえば服、直しておいたよ」
「おお、早いな! ありがとうロゼリカ」
オレはロゼリカから服を受け取ると、その場で広げてみる。ちゃんと破れていたところは修繕されており、近くで見ても直した後が分からないレベルだ。
だが……。
「ロゼリカちゃんさあ、何だいこの羽は。お兄さんの服、こんな天使の羽みたいなの付いてたかなあ?」
オレの服には、白い羽があしらわれていた。純白の羽はやや薄暗い地下室の中で眩しく見えるほどだ。
「そっちの方がかっこいいと思って……」
「真の漢に偽物の羽など不要だ、直してください」
服を返すとややしょんぼりしている。本当に格好いいと思っていたのだろうか。
ともかく言いたいことは言い終えたので、再び地上へと戻る。
もうそれなりの時間だし、部屋に戻ってゆっくりするとしよう。
「ん……もう寝るのか?」
「ああ、お休みデット……とはいかないな!」
「何1人でノリツッコミしているんだ……?」
オレは2階の自室に戻ろうとしたところで、もう1人心配すべき人間がいることに気付いてしまった。
この目の前の痴女、ギルドホームだからと言ってふざけた格好しやがって。
「ちなみにデットはドレスを持っているか? ダメージ加工とかされてない奴な」
「……馬鹿にするな。めったに着ないが、ドレスぐらいちゃんと持っている」
「本当か……?」
怪しいな。こと服に関しては、この女は信用できない。
「ちょっと待っていろ、そこまで言うなら着て見せよう」
デットはそう言うと自分の部屋に入っていく。一応この目で確認しておくか。
数分後、デットが部屋から登場した。
「どうだ、少し露出は控えめだと思うが」
「なるほど、意外と普通だな……」
意外や意外、登場したデットの姿はかなりまともな部類だ。黒を基調としたそれはちゃんと足先まで隠れるロングドレスだ。
腋、ヘソ、太ももの三種の神器を隠すなんて、らしくない。だが、一安心と言えば一安心だ。
「……ジロジロ見過ぎだ。いや、別にもっと見てくれていいが……」
「良く分かった。疑って悪かったな」
「もういいのか?」
デットはやや残念そうに、踵を返して再び自室へ戻っていく。
「なっ! おい、なんだその背中は!」
「くっ、見られている……!」
……油断していた。ドレスの背中側はがばっと大きく空いており、背中どころか尻まで見えそうだ。
このオレを罠にはめるなど、やはりこの女、底知れないな。
デットの肌を眺めながら、オレはそう思うのであった。