第146話 聖地へ
セシリアとの話を終えて、2日後。
ついに満を持して、国王が亡くなったらしい。よくぞここまで焦らしてくれたものだ。
「という訳で、僕たちは国王の葬儀に参加してくるよ」
「ああ、留守番はオレ(の妹たち)に任せておけ」
エリオットは貴族として、葬儀に参列するようだ。ちなみに一般人であるオレには何のお知らせもない。
「御主人様、お仕事の件はどうなさいますか?」
「オレは王都から聖地まで棺を持っていくときに護衛として同行するつもりだ。派手に動く気は無いし、オレ1人で構わない」
「そうですか。ではその時まで、ガレキの片付けですね!」
「いや、少し準備をしたいからな。葬儀が終わってから棺を聖地に運ぶまでは帰ってこないつもりだ。悪いがしばらくは現場監督を頼む」
この2日間、ただ酒を飲んで過ごしていたわけでは無い。敵が来るルート、作戦、その他ありとあらゆることを脳内シミュレーションで検討済みだ。
他の国では通用したかもしれないが、このオレのいるハレミアで泥棒など不可能だという事を教えてやろう。
「よし、護衛中は酒が飲めないだろうし、今のうちに体のアルコール濃度を高めておくか」
「言っておきますけど、普通は0%ですからね?」
小言を言うエミリアを無視して、早速飲酒開始だ。
*
その夜、日付が変わりかけた頃。
もう葬儀は終わったようだが、オレは下見を兼ねて王の安置されているところへ向かっていた。
棺の置かれている教会へと近付くと、不意に声をかけられる。
「おい、何でお前がここにいるニャ!」
「なんだ、シャオフーか。もういい時間だぞ、早く帰って寝なさい」
「棺にいたずらする奴がいないか護衛してるところなのに、馬鹿を言うニャ!」
どうやらわざわざ第1ギルド様が護衛の任務をしているらしい。セシリアもかなり警戒しているという事だな。
「そうか、それはご苦労様だな。ちょっと教会に入っていいか?」
「何を聞いていたニャ! はっきり言って、この国で一番怪しい男はお前だニャ!」
……これは大きく出たな。清廉潔白を是としているこのオレに向かって、国一番などとほざくか。
「じゃあお前が監視しておけばいい、そのために居るんだろう?」
「あっ、こら! 勝手に……」
ニャンニャン煩い女は放っておいて、中へと侵入する。国の中でも最大級の教会の入り口を開けると、中は薄暗く良く見えない。
「暗いぞ、明かりを頼む」
「やれやれ、困った奴だニャ。ほい、この蝋燭を使うニャ」
蝋燭を受け取り中へと進んでおくと、一番奥の方に山のように花が飾られ、その中心に棺が置かれていた。
王家の紋章に、ちりばめられた装飾品。この中で国王がぐっすりに違いない。
「……もう気が済んだニャ? 早く帰ってくれニャ」
「いや、朝まで眺めるつもりだ。ちなみに、誰か怪しい奴の気配はなかったか?」
「目の前にいる男ぐらいだニャ。はっきり言って、この私の鼻、耳、目を潜り抜けられる奴なんていないニャ!」
シャオフーはエッヘンと胸を張る。
自信満々だが、絶対など無いのが魔法だ。そんなことでは出し抜かれるぞ。
裏世界の者たちの、更に裏をかいてこそが天才。オレはオレで、自分の作戦に集中しよう。
「……それで、まだ帰らないニャ? そろそろ交代の時間だから、ちょっと見張っておいてくれニャ」
「ふん、いいだろう」
オレが居座っているのをいいことに、留守番を任されてしまった。
だが、それはこちらにとっても好都合だな。いないうちにこっそり準備をさせて貰おう。
「ああそうだ、シャオフー。セシリアに手紙があるんだった、渡しておいてくれるか?」
「手紙? 自分で渡せばいいニャ」
「これがないとセシリアが困るはずだ、渡してくれ。ただし、開けるのは『旅立ちの儀』が終わった後で、と伝えてくれ」
「……しょうがない奴だニャ!」
仕方なさそうな表情のシャオフーに手紙を押し付ける。
そのまま教会を後にするシャオフーの後ろ姿を見送ると、作戦に移すことにした。
*
「……では、兄上。護衛は我々第1ギルドの者だけで行わせていただきます」
「ああ、信頼しているぞ」
翌朝、雲一つない晴れやかな王都の空の下で、セシリアとヘンリック王子が打ち合わせをしていた。
今日は王の棺を聖地へと運ぶ日であり、それの段取りをしていることが見て取れる。
約半日かけて馬車で目的地まで向かい、封印を一時的に解き墓地に収めるまでが『旅立ちの儀』の流れであり、王族と腹心の部下、そして一部の貴族だけが参加するのが恒例である。
普通であれば護衛も付けずに秘密裏に行うのが通例であったが、今回はセシリアの申し出により第1ギルドが追従することになっていた。
「では、シャオフー。怪しげな者がいないか、しっかり探知をお願いします」
「お任せくださいニャ! 探知部隊の実力をお見せしたいと思いますニャ!」
セシリアの言葉に、ビシッと敬礼で答える。
全ての準備が整ったことを確認すると、王子に合図をする。
ついに、『旅立ちの儀』が静かに、しかし緊張感を持ちながら始まった。
先頭に王子の乗る馬車、その後ろに棺を乗せた馬車、最後に重臣の乗る馬車が続き、その両サイドを馬に乗った第1ギルドのメンバーが守るという陣形で、ゆっくりと目的地へと進んでいく。
「シャオフー隊長」
「シェレミー、昨日は朝まで護衛ご苦労様ニャ。眠くはないかニャ?」
「勿体なきお言葉です! ですが、問題ありません! 夜は静かで、意識を保つのが大変なほどでした!」
シャオフーの言葉に、うさ耳を揺らしながらシェレミーが答える。
「静か……? 昨日、変な男がまとわりついてこなかったニャ?」
「変な男、ですか? いえ、交代で教会に付いた時は誰もおらずに静かでしたが……」
「くっ、あの男! 朝まで眺めると言っておきながら、すぐ帰ったニャ!?」
シャオフーは怒りの表情を露わにする。だが、深呼吸して気持ちを落ち着かせると、自分に言い聞かせるように小さく呟いた。
「いけない、まずは任務に集中だニャ。……シェレミー、何か気になることがあればすぐに報告するニャ!」
「はい、隊長!」
シェレミーは元気よく答えると、自分の持ち場である最後尾へと向かっていく。
「はあ、それにしても花の匂いがきつすぎるニャ。亡骸の臭いを誤魔化すためとはいえ、ちょっと花を減らしてくれないと私の魔法が半減だニャ〜」
シャオフーは、馬車の中にある棺と大量の花を思い出しながら、眉をひそめていた。
*
道路をゆっくりと進む馬車は、ついに何の障害もなく、聖地の目前へと迫っていた。
聖地と呼ばれるその場所は、神殿を思わせる白い柱で囲まれた建物が1つだけぽつんと建っており、その周囲を半球状の透明な壁が覆っていた。
その透明な壁はまるで水のように波打っており、聖地と言われるのを納得させるような幻想的な空間を作り出している。
「ここまでは静かですね。私の考え過ぎだったのでしょうか……」
セシリアはこれまで何も起きなかったことを訝しげに思案するが、それでも静かに馬を進める。
透明な壁の前で一度全体を停止させると、棺の入った馬車を先頭へと移動させる。
「……では、封印を解くぞ」
いつの間にか馬車から降りていた王子が、透明な壁へと手を触れる。すると、触れたところから波紋が広がり、やがてそこに人が数人通れるほどの穴ができあがる。
ここからは棺も人の手によって運ばれるため、腹心の部下が数人がかりで棺を支え、王子の後へと付く。
「シャオフー、私も中へ同行します。貴女はここで怪しいものが近づかないかを見張っていてください」
「了解ニャ!」
「……誰が来ても必ず止めてください。捕らえることが難しいと判断したら、討ち取ることも厭わないでください」
「……! 必ず、期待に応えます」
シャオフーは静かに敬礼すると、セシリアの後ろ姿を直立不動で見送った。