第144話 和解
やれやれ、家を犠牲にしてフレデリックを追い払ったと思ったら、今度は親玉が現れたようだ。
「これはどういうことですか? ……なんて言っている場合ではないが。お前のとこの部下のせいでオレたちは一瞬で家なき子だ」
「ぐっ、セシリア様……! この男は、セシリア様を暗殺しようと企んでいます」
息も絶え絶えだというのに、フレデリックが告げ口する。セシリアは無言でオレとフレデリックに視線をくれている。
セシリアはやがて、無言のままこちらへと近づいてきた。まさかオレとやるつもりか?
「お兄様、私が……!」
割とぼろぼろのオレを庇うためか、ステラが間に入り、手を広げて立ちふさがる。何とも頼りない盾だ。
「貴方、妹を盾にして恥ずかしくないのですか?」
「……オレが頼んだわけじゃないが」
何もしていないのに評価が下がってしまった。何だこの状況は。
ステラを抱き上げると、隅の方に置いておく。真面目にセシリアと対峙することにしよう。
……こうやって対峙するのは2回目だな。念のため、服の下に銀を生み出しておくことにしよう。
突然切りかかってくることはないと思うが、常識に囚われてはいけないからな。
「……少し話をしませんか?」
「話?」
何の話だろうか、謝罪の言い間違いか?
まあ、この状況で戦いたくもない。提案に乗るとしようか。
*
オレたちは話をするために、第1ギルドのギルドホームへとやってきていた。
ちなみに、フレデリックはシェレミーが病院へ連れて行った。これで静かになるな。
「くっ、何故私がメイドの真似事をしなきゃいけないニャ!」
「メイドさんを馬鹿にするな。生きていくうえで必要不可欠な人材だというのに」
「それはお前だけニャ!」
一応オレたちは客人なので、飲み物の提供を受ける。なかなかいい紅茶葉を使っているようだ。
「ありがとうございます、シャオフーさん。とってもいい香りです!」
「ニャ〜、自分で淹れることは少ないから褒められると照れるニャ〜!」
相変わらずステラの真っ直ぐな称賛にはデレデレだな。これからも用事があるときは妹を連れてきた方が良いな。
「それで、話というのは?」
「まず、暗殺というのは何のことか教えていただけますか?」
「……話を聞いただけだ。お前は命を狙われている、人気者は辛いな?」
オレも狙われた気がするが、それは人気者の証。別に悲しむ必要はないのだ。
「……噂は聞いていましたが、まさか真実だとは」
「一応聞いておくが、王位に興味はないのか?」
「ありません。私の使命は国を支え、守ることですから」
見た感じあんまり興味なさそうだし、当然と言えば当然か。
「……国を守りたいなら、自分が王になった方が良いんじゃないの?」
「ふっ。ロゼリカ、どうやらまだまだ子供のようだな」
「なっ!? 我を馬鹿にするな!」
横で小声でつぶやくロゼリカに苦笑すると、脇腹に『ダーク★フィスト』を叩きこまれる。
「大体、間違ったことは言っていないではないか!」
「ふん、どうせ『強いし美人だし人気もあるし真面目だしドジっ娘だし王族じゃん!』という単純な考えなのだろう?」
「そ、そこまでは思ってないけど……。でも、それの何が悪いの?」
「個人能力で選ぶとあとから苦労するぞ? 1代だけならまだしも、今後強いけど性格最悪な奴が生まれてくる可能性もある」
「それはそうだけど……」
「悪い前例や特別扱いを作らない、これが国として大事だ。王は能力では無くルールで選び、足りないところはシステムで補う、それが国家として目指すべき姿だと思うがな」
ロゼリカはまだいまいちわかっていない様だったが、とりあえずは静かにすることにしたようだ。
「おい、セシリア様の前でこそこそ話すなんて失礼だニャ!」
「構いません。……教育熱心なのですね」
「頭が良いに越したことはないからな。それで、もう聞きたいことは終わりか?」
「貴方の言う通り、王位は兄が継ぐべきだと私も思います。ですので、この無駄な争いを止めるのが私の願いです」
「そうか、じゃあ犯人に会いに行くか?」
「え……?」
争う気がないのなら、直接会っても問題ないだろう。以前は逃げられてしまったが、今度こそ尋問させてもらうとしよう。
困惑した表情を浮かべるセシリアを誘い、王城へと向かうことにした。
*
あまりぞろぞろと人を連れていてもしょうがない。とりあえず他のギルドメンバーはそのまま第1ギルドに置いて、オレとセシリアだけで王城へ入っていく。
「お邪魔するぞ」
「なっ、貴方……! それに、セシリア様!?」
机で仕事をしていたリセリルは、オレの後ろにいるセシリアの姿を見て驚きの声を上げる。
「何の用事で来たか、言わなくてもわかるだろう? この前の……」
「暗殺の依頼をして済みませんでした! 私は命令されただけなんです、どうかお命だけはっ!」
オレが全てを言う前に、床に這いつくばって土下座をし始めた。そんな保身キャラだったのか、お前。
「私だって、セシリア様の暗殺だなんて、反対だったんです……! でも私、公務員だし? 依頼者は大臣だし? 従うしかないじゃないですか! えーん、えーん!」
何という身代わりの速さ。別にオレ自身が怒っていたわけじゃないが、何というか熱が冷めていくのを感じる。
「大臣……それは本当ですか?」
「はい、エルド大臣に命令されたんです! 私は嫌だったのに、王子様の為だって言われて……!」
あっさりと真犯人までたどり着いてしまったな。これも王女様の威光という事か。
犯人が分かればこの部屋には用はないな。大臣の所へ向かうとしよう。
処遇は追って連絡しますという言葉にショックを受けているリセリルを置いて、今度は王城の上の階へ向かうことにした。
*
オレたちは今度は2階へと上がっていた。流石のオレもここに来るのは初めてだな。
「大臣はどの辺に居るんだ?」
「……いました、あそこで歩いている者です」
なんだかうまい具合に進んでいくな。早速止めを刺すとしよう。
後ろから近づくと、セシリアが声をかける。
「エルド大臣」
「っ!? こ、これは、セシリア様……!」
小さな声で話しかけたというのに、意味ありげな反応が返ってくる。もう誤魔化す気ないだろ。
「なな、何の用ですかな?」
「下で話を聞かせてもらいました。私の暗殺を目論んでいるという話は本当ですか?」
「な、どこでそれを!」
セシリアがあまりにもストレートに話をし、ストレートな反応が返ってくる。ここには正直者しかいないのか?
「……これは何の騒ぎだ?」
「ヘンリック王子! お助け下さいませ、セシリア様が王位を狙って私めの命を……!」
今度は王子の登場だ。大臣はしめたといった表情で王子に縋りつく。
とはいえ、オレは王子のことも大臣との関係もわからない。話が変な方向に行かなければいいが……。
「セシリアが、王位を……?」
「はい! 自分の実力を鼻にかけ、王子の立場を脅かそうとしているのです!」
「兄上、私は……!」
大臣の進言に、王子が眉を顰める。セシリアも戸惑いながら、潔白を口にする。
「王子、どうか正しい判断を!」
「余のセシリアが……」
「……え?」
「余のセシリアが、王位を狙うはずがあるかぁぁぁっ!」
王子は突然大声を張り上げると、大臣の顔を全力で殴りつけた。大臣はもろに直撃を受け、声も上げずにばたりと倒れこんだ。
「兄上!」
「セシリア、余はお前の真面目さを知っている。常に国のことを考えているお前が、私利私欲で動くはずがない」
「ありがとうございます、兄上……!」
やれやれ、結局無事に済んだようだな。話が動き出したら、一気に解決まで進んでしまったようだ。
心配していた王子との関係も、他人が口を出す必要はなかったようだ。
唯一の問題点は、オレがいる必要は全くなかったという事ぐらいか。