第140話 氷
羽を探しているときに現れた、翼を持つ少女。これはもう神からのギフトと言ってもいいな。
「ちょっと失礼」
「え? なに?」
オレは低空飛行をするハルピアの側によると、ゆっくりはためかせている翼を片手で押さえ、もう片方の手で一枚の羽根をブチッと抜き取る。
「痛っっったー!!! 突然何するの、馬鹿なの!?」
ハルピアは予想以上に大声を上げ痛みを訴える。
「わ、悪い、そんなに痛いとは思わなかった」
「羽を抜かれたら痛いに決まってるよ! っていうか普通は一声かけるよね!?」
ガキの頃に親父の羽を毟って遊んでいたことがあったが、もしかしたら痛かったのかもしれない。今度実家に帰ったら謝罪しないとな。
「もう、髪の毛を抜かれるぐらいの痛みなんだから気を付けてよ……。それで、何でこんなことしたの?」
「済まない、私が羽を欲しがったせいで……」
デットも責任を感じたのか、謝罪をしつつ経緯を説明する。オレのせいで謝らせてしまって、情けない限りだ。
「羽? ふーん、しょうがないな〜。フリードさんには恩もあることだし、少し分けてあげるよ」
「ほ、本当か?」
ハルピアはデットを上から下までじろじろ見た後、何故か羽をくれることに決めたようだ。
「いいのか、痛いんじゃないのか?」
「自分で抜く分には痛くないから」
……そうだったのか、素直にお願いすればよかったな。
「じゃあ、羽を出すから少し離れてね。いくよ〜、フェザーストーム!」
彼女はそう言うと、翼を小刻みに震わせ始める。すると、白い羽が巻き上がり、周囲にはらはらと舞い散った。
まるで天使が降臨したかのように幻想的な光景だ。
オレは鉄の籠を生み出すと、その羽を回収していく。ふわふわなせいもあって、こんもりと山のように集まってしまった。
「どうだデット、この羽の質は?」
「ああ、素晴らしい。ちょっと柔らかいが分厚くてサイズもある」
「ふふ、それに暖かいから、服を作るにもちょうどいいよ〜」
「服?」
「うん。だって、そんな格好して寒いからあったかい服が欲しいんでしょ? ダメだよ、服を買えるぐらいのお給料ぐらいあげないと」
どうやらハルピアは勘違いしているようだ。服が無くて可哀想だから羽をくれる気になったらしい。
オレは破格の給料をあげているし、デットのこの半裸な格好は趣味だ。いわれなき批判は止めてもらいたい。
「……羽が余ったらダウンでも作った方が良いか?」
デットは山盛りの羽を見て、ポツリと一言漏らすのであった。
*
「よし、紆余曲折はあったが無事羽もゲットしたし、帰るとしようか」
「ちょっと、フリードさん! 荷物ぐらい持ってくれてもいいよね?」
帰ろうとしたところで、ハルピアに呼び止められる。
どうやら羽を奮発しすぎたようで、飛行能力を失ってしまったようだ。低空飛行を止めて、地に足をつけている。
「……お礼じゃなかったのか?」
「羽はお礼だけど、荷物持ちは勝手に羽を抜いた罰だよ!」
……やれやれ、仕方ないな。悪いのはオレだし言う事を聞くとするか。彼女のおかげで用事も早く済んだことだしな。
手提げバッグを受け取ると、デットも一緒に彼女のギルドへ向かうことにした。
彼女の所属するギルド『ハンサムボディ』は王都の上流地区にある。ここからだと歩いて10分と言ったところか。
「へ〜、その変な格好、好きでやってるんだ?」
「いや、好きでというか、その……」
「デットの魔法は見られると発動するタイプだ。気持ちを汲んでやって欲しい」
「そっか、じゃあしょうがないね」
さっきオレを庇った返礼として、オレもデットを擁護してやろう。事情も知らずに痴女扱いされては可哀想だ。
雑談をしながら歩いていると、すぐに目的地へと着いた。ハルピアは玄関を開け中に入っていこうとする。
「折角だし入っていきなよ、飲み物ぐらいだすよ〜。うちのマスターも一度しっかりお礼をしたいって言ってたし!」
「うーむ、どうするかな……」
オレの胃袋はエミリア専ではあるものの、ご近所付き合いは大事だ。
デットと顔を見合わせお互い頷くと、後を追って中に入ることにした。
「うおっ、寒いな……! 薪を節約しているのか?」
中に入ると、外気温より冷えた室内に驚いてしまう。外の方が太陽の光を浴びることができるとはいえ、なぜこんなにも温度差があるのか。
「おかしいな、本当に寒いね〜。マスター? どこにいるの〜?」
ハルピアも首をかしげながら奥へ入っていく。だが、大広間のようなところに入った瞬間、悲鳴を上げた。
「きゃあぁ、マスター!?」
「どうした! うお、寒い!」
声を聞いて中に入ると、氷漬けになった部屋の真ん中で人が倒れているのを見つけた。見覚えのある顔、ここのギルドマスターで間違いない。
寒くなってきたとはいえ季節はまだ秋だ、氷が発生することなどありえない。これは魔法による攻撃を受けたに違いないな。
「うっ……」
「マスター、大丈夫!?」
どうやら死んではいないが、意識がはっきりしていないようだ。凍傷になっている可能性が高い、まずは体を温めるべきだな。
仕方ない、ここは錬金術奥義・ちょっとだけ粉塵爆発で……。
「フリード、暖炉に火をつけた。こっちにその人を」
「……流石はデットだ」
オレは彼を暖炉の前に連れ、体を温めることにした。
*
部屋が温まり始めてからしばらく経った。凍り付いていた部屋が少しずつ柔らかくなり始め、彼の手も温もりが戻ってきた。
だが、意識は戻らず気絶したままだ。
「大丈夫、マスター……」
「やはり病院に連れて行った方が良いな。オレの知り合いに相談しよう」
友人であり王都最高の医者であるブランディーニは守銭奴だが腕は確かだ。この程度の凍傷なら確実に治療できる。
ハルピアはこのまま彼に付き添わせ、デットは一旦帰すことにする。オレはこのまま医者を呼びにいくとしよう。
*
その頃、第1ギルドホームにて。
どこかへ出かけていたシャオフーが帰ってきたようで、玄関を開け一直線にセシリアの執務室へ向かって歩いている。
「あっフレデリック様! お疲れ様ですニャ!」
「……シャオフーか」
彼女は廊下でフレデリックを見かけ、ビシッと敬礼のポーズで挨拶をする。
「仕事の帰りか?」
「はいですニャ! 今からセシリア様へ報告へ向かうところですニャ!」
軽い言葉を一言交わすと、お互いすれ違うようにその場を後にする。だが、シャオフーは足を止めフレデリックの背中に声をかけた。
「フレデリック様、どこかで魔法を使いましたニャ? 剣に氷が残ってるニャ!」
「しっかり後処理をしたつもりだったのだが。……なんてことはない、少し街で暴漢と争っただけだ」
「へ〜、馬鹿な奴もいるものですニャ! フレデリック様に喧嘩を売るなんて」
「……そうだな」
フレデリックはそう言うと、振り返らずに再び歩き出す。
シャオフーも気になった事を聞いただけで長話するつもりもなく、セシリアの執務室に向かって歩き出した。
「コンコン、セシリア様、失礼しますニャ!」
「……ふふっ、何故口でノック音を言うのですか?」
「あっ、笑ってくれたニャ!」
冗談っぽく執務室を開けて入室するシャオフーを見て、珍しくセシリアが笑みを浮かべる。その反応を見て、シャオフーも嬉しそうな表情を見せる。
「セシリア様はもっと笑った方が良いニャ! きりっとした表情も良いと思いますけどっ!」
「努力はしているのですが。……それで、首尾はどうでしたか?」
「はっ、報告いたします!」
任務の結果を聞かれ、頭を仕事モードに切り替え応答する。先ほどのようにビシッと敬礼をして、言葉を紡ぎ始めた。
「国内隅々まで調査しましたが、怪しい建物はありませんでしたニャ! 竜の体のような匂いの目立つものを見逃す事はありません、恐らく国内ではないかと!」
「そうですか……。竜の体を集めるものは、大陸の中心に位置するハレミアに拠点を構えていると思ったのですが」
彼女たちは竜の体を集める者の正体を探っていたようだが、結果は出なかったようだ。
セシリアはため息をつくと、考え事をするように目を閉じる。
「セシリア様、無礼を承知で進言しますが、まずは国王……御父上様の事を考えた方が良いと思いますニャ!」
「……そうですね、ありがとうございます」
セシリアはそう答えるが、頭の中は自分を顧みず、国のことを考えているのだろうという事がシャオフーにも見て取れた。
「同盟国にも依頼して、竜の体を探してもらえるよう頼むことにしましょう」
「……人の話を聞いてないニャ。いや、わかりましたニャ! また何か命令がありましたら、お呼びくださいませ!」
最後に再び敬礼すると、シャオフーは執務室を後にした。
「ふう、もう少し頑張らないといけませんね」
彼女はそう言うと席につき、早速同盟国へ連絡を取るための準備をし始めたのだった。