第139話 翼をください
ステラのショッピングにしっかり付き合った後ホームへ戻ると、ルイーズの父エリオットが待ち構えていた。
ルイーズも横に並んでいる。
「やあ、フリード君。久しぶりだね」
「ああ、お久しぶりだな。ルイーズから聞いている、国王の葬儀の為に帰ってきたとか」
立ち話も何なので、テーブルに案内し話をすることにした。
「いつもルイーズを助けてくれてありがとう、君には本当に感謝しているよ」
「いや、それはこっちのセリフだ。最近は自分で仕事をしてくれるようになって、オレも助けられているよ」
「へえ、本当かい……! そんなに成長しているなんて嬉しいよ」
「ちょっと、お父様! フリード様も……! 私のことは結構ですわ!」
お互いにルイーズについて話すと、当の本人は恥ずかしそうにしている。
だが、成長しているのはリップサービスではなく事実だ。まだ子供っぽい所が見えるとはいえ、自立し始めているというのが垣間見える。
「……それで、いつまでこっちにいるつもりなんだ? 侯爵家ともあれば国王の容体についてもオレたちよりかは詳しいだろう?」
「いや、僕も直接お目通りは叶わなかったよ。だけど、もう1週間持てば良い方だというのは聞いているよ」
やはり噂通り、国王はもうわずかの命のようだな。
王族の葬儀は、偉い奴らが集合し、棺の前で言葉を紡ぐ『別れの儀』と、棺を王都の外にある聖地に運び、歴代国王とともに並べて眠らせる『旅立ちの儀』に分かれている。
両方とも一般人は立ち入り禁止だが、貴族は参加する必要があるだろうな。
更にはその後、新国王の就任を祝う『戴冠の儀』も控えている。今度は新しい国王に仕えなければいけないから貴族たちは大変だな。
「そうか……。今からでも王子に媚びを売っておかないといけないな」
「はは、そうだね! ……ふう」
オレの冗談に苦笑するが、その後にため息をつく。何か考え事でもあるのだろうか。
「どうした、心配事か?」
「……実は今、貴族たちで意見が分かれているんだ。国を継ぐのは王子ではなく、実力のあるセシリア様の方が相応しいのではないかってね」
「いや、相応しくないだろう」
あのドジっ娘はまずいだろう。何といっても、人間国宝とも言えるこのオレを殺しかけたのだからな。
「君もそう思うかい? でも、やっぱりセシリア様は人気があるからね。こう言っては何だけど、王子は普通の方だから」
「……臣下たる貴族の言葉とは思えないな」
「はははっ、今のは他の人には内緒だよ!」
オレのツッコミに、エリオットは今度は大笑いで答えた。
*
オレはエリオットがお土産に置いて行ったワインを飲みながら、今後について考えていた。
王子とセシリアの確執が暗殺依頼につながっていることは間違いないだろう。
だが、正直放っておいても良い気はしている。セシリアの相手ができるのはオレぐらいだろうが、オレは政争に興味がない。
勝手に王子がそのまま跡を継いで、おしまいだな。
誰が暗殺依頼をしたのか? 王子自らか、それとも側近か? そんなこと、別に興味がないのだ。
「フリード、今暇か?」
「む、デットか。見ての通り、飲酒で忙しいが」
「そうか、じゃあ少し聞きたいことがある」
テーブルで酒を飲んでいたオレの下にデットが近づいてくる。
デットはオレの返事を聞いて暇だと判断したようで、対面に座り話しかけてきた。
「ちょっと必要なものがあるんだが、どこに売っているかわからなくてな……。明日、付き合ってくれないか?」
「珍しいな、デットが頼み事とは。別に構わないが、朝一にギルド管理局だけ寄らせてくれ」
「わかった、よろしく頼む」
ちょっとだけ確認したいことはあるが、仕事ではないので明日はデットに付き合ってやるとしよう。
*
「じゃあここで待っている」
「ああ、すぐに用事を済ませてこよう」
翌朝、ギル管の入り口にデットを待たせて、オレは受付へと向かった。
アネットちゃんは今日も変わらず受付をしており、オレの姿を見ると挨拶をしてくる。
「おはようございます〜。この前の秘密の依頼、どうでしたか〜?」
「ああ、一応話だけは聞いた。……ちなみに、オレの他にもその依頼を受けた奴はいるのか?」
「え? え〜と、10ギルドぐらいは話しました。複数に依頼したいとの事だったので」
アネットちゃんはそう言うと、1枚の紙をくれた。依頼をしたギルドのリストのようで、Cランクギルドの名前が並んでいる。いくつか知っている名前もあるな。
……この感じだと、セシリアを殺せるような奴はいないだろうな。
どうやらアネットちゃんも依頼の内容は知らなかったようで、まともなギルドの名前ばかりだ。武闘派のギルドだったら最悪小競り合いぐらいは発生していたかもしれないが、その心配もなさそうだ。
「ありがとう、参考になった」
「いえいえ〜。……そういえば昨日、別の方も同じようなことを聞いてきましたよ〜」
「別の奴?」
どうやらオレ以外にも他のギルドの動向を気にしている奴が居るようだな。
「はい、第1ギルドの副ギルドマスター、フレデリック様ですよ〜。仕事に興味ありそうでしたけど、もう人が多いのでお断りしました」
「……! そうか」
第1ギルドのマスターを暗殺しようとしていることが当事者に伝わると、たとえ未遂であっても感じが悪いな。まあ、流石に副ギルドマスターに暗殺の依頼はしないと思うが。
ともかく、オレの聞きたいことは聞いたので、デットに付き合ってやるとしよう。
「もう用事は済んだのか?」
「ああ、ちょっと質問しただけだからな」
デットと並んで、店が並んでいる通りへ向かうことにする。
もう秋だというのに相変わらずの格好だな。せめておへそぐらい隠したらいいと思うのだが。
「そう言えば、何を買うか聞いていなかったな。なんとなく店の多そうな方に向かっているが」
「ああ、別に変なものじゃない。羽が欲しいんだ」
……空でも飛びたいのか? そんなメルヘンチックな女だったか?
「何か勘違いしてそうだが、私が欲しいのは矢につけるための羽だ。あれがないとちゃんと飛ばないからな」
「なんだ、武器用か。ちょっと安心した」
「……何故安心するんだ」
よかった、こいつは現実的な女のままであった。最近影が薄いからおかしくなったのかと思ってしまったぞ。
「それにしても、羽か……。どこで買えるかわからないな、ペットショップでも行くか?」
「おい、ペットの羽を引きちぎるつもりか!?」
普段容赦なく獲物を射殺する狩人のくせに、ペットには手が出せないらしい。
当然王都にろくな鳥が飛んでいるはずないので、どこかで買うしかないのだが、他に羽が売っているようなところなど思いつかない。
「枕や布団に使っているようなのはどうだ?」
「いや、あれは小さすぎる。希望は猛禽類みたいな立派な奴が良いが、それでなくてもある程度の大きさは必要だ」
一つ思いついてはみたものの、オレの提案は却下されてしまう。一応こだわりはあるようだ。
「あれ? お久しぶり〜」
「ん? ……ああ、ハルピアか」
結局答えの見つからないまま店の立ち並ぶ通りまで来たが、そこで珍しい顔を見かけた。
以前仕事で一緒になった少女ハルピアは買い物帰りのようで、手提げ袋を提げてパタパタと空中浮遊している。
……そして、彼女の背中には飛行するための羽が見えている。
「デット、欲しいものが見つかったぞ」
「え? え? え? 何の話?」
「おい、フリード、まさか……」
ふっ、やはりオレは運がいいようだな。