第13話 道は続く
「御主人様、お怪我はありませんか!?」
地面に座り込むオレのそばへエミリアが駆け寄ってくる。
「ああ、大丈夫だ」
ルイーズも馬車から降り、様子を見に来る。
「あっ!? 御主人様、おでこから血が!」
額に触れ指を見ると、確かに血がついている。モヒカン共にダメージを受けた記憶はないので、おそらく馬車が傾いた時についた傷だろう。
突然、エミリアがオレの頭を両手で掴む。
「うおっ!?」
エミリアが顔を近づけ、オレの額にキスをする。
「これで大丈夫です!」
……エミリアは時々、オレを驚かせてくれるな。ルイーズはその様子を顔を真っ赤にして眺めていた。
*
オレたちは馬車のそばに戻ってきたが、状況はあまり芳しくない。馬車は車軸がぽっきりと折れていた。
「まずは馬車を修理するか」
「……どうしますの?」
オレは鉄を生み出し形状を変えていく。リンク機構とねじによる昇降機、ジャッキだ。
ねじ加工さえも余裕でできる。この天才錬金術師にかかればな。
「御主人様の能力、本当に万能ですね……」
ギリギリと持ち上げられる馬車を見てエミリアがつぶやく。オレは更に鉄を生み出し、今度は車軸と車輪を作り出す。
作った車輪を手で回してみると、軽快に回り始めた。
「応急処置レベルだが、これで何とか持ちそうだ。しかし、御者は逃げてしまったな……」
「では、私が代わりにやりましょうか?」
「エミリアが? 経験あるのか?」
「いえ、でも馬車の中に説明書がありました!」
ヒラヒラと羊皮紙の束を見せてくる。……最近は動物もマニュアルで操れるらしい。
「まぁ、待ってるわけにもいかないし、それで行くか」
オレは一度、空を見上げる。太陽は予想より傾いている。時間を無駄にしすぎたようだ。
「だいぶ予定より遅れてしまったし、どこか途中で一晩過ごすとしよう。このままでは着く前に真っ暗闇だ」
「ちょっと、お父様が待っていますのよ!」
「エミリアは馬車は初心者だし、夜の運転は危険だ。疲労もたまっているし休憩すべきだな」
「休憩なんていりませんわ!」
ルイーズはそれでも突っかかってくる。……やれやれ、どう説得すべきか。
ぐぅ〜。
「あうっ」
突如大きな音が聞こえ、ルイーズがばっとお腹を押さえる。
「……くくっ、どうやら口ではそう言っても体は正直みたいだなぁ?」
「うぅぅ……」
ルイーズは顔を真っ赤にしながら唸っている。
「御主人様、なんだか言い方がいやらしいです……」
「決まりだな。どこか休めるところを探しながら進もう」
*
オレとルイーズが馬車に乗り込むのを確認すると、エミリアは御者席に飛び乗る。
「では、出発します! ……こほん、ハイヨー!」
その掛け声、マニュアルに書いてあるのか?
馬車は少しずつ進みだし、やがて安定した走りを見せる。どうやら、即席の車輪も問題ないようだ。
オレは腕を枕にし、絨毯の上で寝そべる。ルイーズは定位置のベッドの上だ。
「……先ほどは助けていただいて、その、感謝いたしますわ」
ボーっとしていると、ルイーズが話しかけてきた。
「ん? ……ああ、護衛の為にいるのだから当然だ」
「いえ、それもですけれど、馬車の中でも……」
どうやら下敷きにしたことを言っているらしい。
「いいさ、別に。それも護衛の一環だ。まあ、どうしてもお礼がしたいっていうなら、せっかくだし膝枕でもしてもらおうかな」
「――な、何を言っていますの、この変態!」
「はっはっは」
オレの戯れに、顔を真っ赤にして反応する。
「……もし、帰りもしっかり守ってくれるなら」
「ん?」
「その願い、叶えて差し上げても宜しくてよ……」
ルイーズは小さな声でつぶやく。
「ふっ、そうか。じゃあ気合を入れなくてはな」
*
「どうだ、調子は?」
「御主人様!? どうやってここに!?」
オレは生み出した鎖を利用し、馬車の外壁伝いに御者席へ来ていた。
「天才には造作もないことだ。」
エミリアに席を詰めてもらい、横に座る。
「ルイーズ様は?」
「眠っている。やっぱり疲れが溜まってたみたいだな」
「そうですか。それにしても、災難でしたね。まさか盗賊に襲われるなんて……」
「……静かに聞け、エミリア。あの盗賊は偶々現れたわけじゃない。間違いなくオレたちが来るのを知っていて、待ち伏せしていた。いや、オレたちというか、ルイーズ目当てだ」
「貴族狙いの盗賊ということですか?」
「違う、ルイーズ個人の命を狙っている誰かが盗賊を雇ったという事だ」
「な・・・!?」
声を上げかけたエミリアを、手で制する。
「やつらはルイーズが乗っていることを知っていた。父親の所に向かうのは突発的な出来事なのにだ。どう考えてもおかしいだろう」
「それは……」
「そしてオレは犯人の目星もつけている」
「えっ!? いったい、誰が……?」
「手紙を見て始まった旅だ、父親が一番怪しいに決まっている」
「!!!」
エミリアはオレの言葉に絶句する。
「絶対にルイーズには言うなよ。着いたらオレが直接確かめる」
「もし、その予想が本当だったら……?」
「さあな。その時に考えるとしよう」
護衛の仕事はまだ終わっていない。オレは傾く太陽を眺めながら、その事実を強く再認識した。