第137話 密会
秘密の打ち合わせが予定されている当日、オレは指定場所である小さな食堂を訪れていた。
下調べ情報によると、落ち着いた雰囲気のこの食堂は個室が用意されていて、密会には最適なようだ。
「ほう、今日のお勧めは川海老のスープか」
「御主人様、お昼ご飯を食べてまだ1時間ですよ……」
入り口の看板に目を通していると、メイドから窘められてしまった。今日はエミリアも一緒に話を聞く予定だ。
オレが変なことを言わないか心配して着いてきたのだが、それが考えすぎだと証明してやるとしよう。
しかしながら、『こいつ海老臭いな……』と思われてしまったら依頼主から信用を失ってしまうだろう。エミリアの言う通り今日の所は我慢して、打ち合わせに集中するとしよう。
「10分ほど早いがもう来ているかもしれない、入ってしまおうか」
中に入り店員に声をかけると、奥の席へと案内された。どうやらこの店は予約制らしく、2人で着席し肝心の相手を待つことにする。
周囲の様子を見ると、席は個室のようになっており入り口を引き戸のように閉じることができる。中の様子を見せないだけでなく、ひそひそ話もシャットアウトできそうだな。
「まだ来ていない様だし、飲み物でも頼むか。オレは赤ワインにしよう」
「ちょっ、アルコールは止めときましょうよ」
「ふっ、エミリアよ、これは相手を試すためだ。酒を飲むような奴の話は聞けないのであれば、それまでの相手だったという事だ」
「な、なるほど……って言うと思っているんですか? 完全に飲みたいだけじゃないですか!」
くそ、バレてしまったか。
まったく最近のエミリアは反抗期だな。昔は何を言っても『さすが御主人様!』って感じだったのに。
「……そんな感じじゃなかったです」
「人の思考を読むな。仕方ない、水で我慢するか」
待ち時間はあと数分だ、我慢して待つとしよう。
*
味の無い水をちびちびと飲んでいると、人の気配を感じ、そのすぐ後に扉が強く開け放たれた。
「あっ」
扉を開けた人物はオレを見て小さく呟くと、そのまま個室に侵入し扉を元通りに閉じる。
その人物は仮面に深くフードを被るという、完全に怪しいスタイルだ。正体を隠しておきたいという事なのだろう。
……それにしても、この天才を見て『あっ』とはなんだ、まったく。『あっ♡』ならまだ許せるものを。
「……初めまして、フリード・ヴァレリー様。このような姿でお話させていただくご無礼をお許しください」
声は完全に女の声だ。正体を隠すためか、仮面のせいか、ぼそぼそと小さく喋っている。
「別に構わない、早速詳しい話をお願いしていいか」
「はい、ですがその前にあなたのことを試させていただきたい」
「試す?」
「はい。……手の平を上に向けて、こちらに差し出していただけますか?」
どうやら無礼ついでにこの天才を試そうという事らしい。こちらはアルコールを我慢して時間を作っているのだ、どこまでも付き合ってやるとしよう。
素直に右手を上に向け、テーブルの上に置くように差し出す。
「これでいいか? もしかしてナイフでも突き立てるつもりか?」
「そっ、そんなことは致しません」
彼女はオレの手の平に、自身の手の平を重ねる。その指は柔らかく、間違いなく女のものだろう。
「これでどうすればいいんだ?」
「ではそのまま質問に答えてください。……ヘンリック王子は国を継ぐにふさわしい存在だと思いますか?」
何だその質問は。王子は1人しかいないし長男なのだから当たり前のことだろう。
「まあ、ふさわしいと思うが」
「……ありがとうございます。では本題に入らせていただきます」
特に行動の意図も質問の意図も説明せずに話を進めるつもりらしい。彼女が手を引いたので、オレも手を楽な位置に戻す。
「依頼の内容は1つです。……第1ギルド『王家の盾』ギルドマスター、セシリア様を暗殺してください。手段は問いません」
「殺……むぐっ!」
予想だにしない依頼に大声を上げかけたエミリアの口を塞ぐ。声こそ出さなかったが、オレも驚きを隠せない。
「……理由は?」
「それは言えません。期限は1週間以内、成功報酬として10億ベルを用意しています」
「ふん、失敗したらどうするんだ?」
「何も致しません。今後は会わず、他言は禁止です。成功時のみ、報酬の引き渡しの為にこちらから接触します」
彼女はこれ以上しゃべるつもりは無いようだ。席を立つと、すっとその場を後にした。
「ご、御主人様、暗殺だなんて……。しかも、セシリア様を……!」
「このことは他のメンバーには内緒にしておこう。何もしないとは言っているが、とんでもない依頼をしてくる奴だ、何があってもおかしくない」
「は、はい」
不安の残る、いや、不安しかない依頼。頬杖をつき、どうしたものかと考える。
「……とりあえずワインを飲みながら考えてもいいか?」
「ダメです! 夕食まで我慢してください!」
やれやれ、ならば席を占領し続けるのも店に迷惑だな。エミリアを伴い、オレもホームへ帰ることにした。
*
その夜。
オレは食後に自室で考え事をしていた。内容はもちろん、昼に聞いたばかりの依頼内容についてだ。
天才であるオレは既に結論にたどり着いているが、まだわからないことも多い。
「……御主人様、ちょっといいですか?」
「エミリアか、いいぞ」
ノックの音とともにエミリアの声が聞こえる。食事の準備中も上の空だったし、恐らく同じことで悩んでいるのだろう。
中に招き入れ、小さな椅子に座るよう促す。オレは座る場所が無くなったので、ベッドの淵へ腰掛けた。
「……まだ生首がいるんですね」
「ああ、ちゃんと元気だぞ」
生首は机の上に鎮座しており、近くに座るエミリアを睨みつけている。きっと美女の登場に嫉妬しているに違いない。
……どうでもいいな、本題に入ろう。
「御主人様、何かわかりましたか?」
「当然だ。まず今日あった怪しい女、あいつは王城にいる奴だ」
「しょっ、正体が分かったのですか!?」
オレの言葉にエミリアが体を乗り出す。やれやれ、ここでそんなに興奮しては身が持たないぞ。
「あいつは以前会ったことがある。オレが裁判掛けられて奉仕活動を命じられた時、報告の際に同席した女だ。触れた相手の嘘を見抜く、『嘘発見器』という魔法の持ち主だ」
「なっ!? つまり、王城の手の者という事ですか!」
同じ女と2回肌を触れあえばわかって当然だ。最初にびっくりしたような声を上げたのも、オレのことを覚えていたからだ。
彼女は知った顔が来るとは思わなかったのだろう。Cランク以上の実力者で犯罪を犯したことのある男など、オレぐらいのものだからな。
「そう言う事だな。そうなると最初の質問の意図も見えてくる。彼女はきっと、オレが王家に逆らう者かどうかを調べようと思ったに違いない」
「でも、それっておかしくないですか? セシリア様も王家の者ですよね? 何といっても王子様の実妹ですし」
「世の中、兄妹仲が良い家庭ばかりではないという事だろうな」
「……!」
エミリアはついに驚きを通り越して言葉を失っているが、それも当然だろう。
オレのたどり着いた答え、それはセシリアの死を願うものの正体は、実兄であり王子ヘンリックだと言っているのだからな。
「ご、御主人様……」
「安心しろ、別にセシリアが好きなわけでもないが暗殺など趣味じゃない。安易な行動をつもりは無いさ」
謎を解かずに行動に移るのはオレの柄ではない。何故セシリアの死を願うのか? まずはそれを調査してやるとしよう。
今の情報では、誰が正しいのかもわからない。王子が正しいのか、セシリアが正しいのか。
もしセシリアの死が正しい答えだとしたら、オレは……。
いや、まだ答えを出すべきではないな。お休みの言葉を言い残し部屋を去るエミリアを見送ると、ベッドに体を投げ出した。