第136話 危篤
ギルド内での終戦記念と歓迎会を兼ねたパーティーの翌日、ルイーズは王都内の実家へ向かっていた。
(……それにしても昨日の食事は最高でしたわね。蜂蜜ベースのソースを魚にかけると聞いた時は驚きましたけれど、甘くてまろやかでとても美味しかったですわ。流石はエミリアさんですわ!)
ルイーズはご機嫌で、昨夜のパーティーのことを思い出している。
エミリアの料理の腕前だけでなく、戦争中に子供3人だけで留守番をしていた時の食事が壊滅的だったことも美味しく感じさせる一因だったのであろう。
(あら、鍵が開いていますわ。締め忘れていたのかしら?)
玄関にたどり着いたルイーズは、入り口の鍵が開いていることに気が付いた。少し違和感を覚えつつも、扉を開け静かに中へと入っていく。
「おや、ルイーズ。元気だったかい?」
「おっ、お父様! どうして!?」
中にはルイーズの父親、エリオットが立っていた。彼も帰宅したばかりのようで、外套を椅子に掛けようとしているところであった。
いつもは冬にしか帰ってこない父親の姿に、ルイーズは驚きつつも嬉しそうな表情で駆け寄る。エリオットは静かに彼女を抱きしめた。
「どうやら元気みたいだね、安心したよ。1人だけだから、心配していたけど……」
「もう立派なレディですもの、当然ですわ! ……その、時々フリード様に助けてもらう事も、あることにはありますけど……」
「はは、そうか。時間があったら彼のとこにもお礼を言いに行かなくちゃね」
娘の変わらぬ元気そうな姿に、エリオットは笑みをこぼす。
「それで、帰ってきたのは仕事の用事ですの?」
「いや、ちょっと手紙が届いてね。もう聞いているかい? 今、現国王様が危篤ってことを。不謹慎だけど、亡くなってしまってからだと葬儀に間に合わないからね」
「……初めて聞きましたわ」
「まあ、あまり大々的に言うべきことでもないからね。そういう訳で、しばらくは王都にいることになりそうだよ」
「そうですの……。でも、一緒に過ごせる時間が増えて嬉しいですわ!」
父の言う通りやや不謹慎だと感じながらも、ルイーズは家族と過ごせることに喜びを感じずにはいられなかった。
*
「……という事がありましたの」
「そうか。良かったな、大好きな父親と過ごす時間ができて」
「わっ、私が言いたいのはそっちではありませんわ!」
「わかってるさ、国王の件を教えてくれたんだろう?」
オレはルイーズから、父親に聞いたという情報に耳を傾けていた。
ついからかってしまったので、いつものように顔を真っ赤にしている。まったく可愛らしいことだな。
それにしても、国王が危篤とはな……。前から体調が悪いと言いつつも、なかなか死なないことで有名だったが。
わざわざ貴族様が仕事を中断して帰ってきたのだから、今回ばかりは本当に死ぬのかもしれないな。
「お兄様、国王様ってどんな人なんですか?」
「いや、オレも直接会ったことはないな。最近は式典や王族会議など重要なイベントも王子がやっているみたいだしな」
ステラがオレに質問を投げかけてくるが、正直全く面識がない。いかに天才と言えども、王族とは住む世界が違うという事だな。
逆に王子の顔は何回か見ている。確か魔法裁判の時にも一番高い所に座っていたな。
「王子様! どんな人なんでしょうか……」
「意外と普通の男だぞ。一人称が"余"だからそこで初めて王子と気付くレベルだ」
「……それは鈍感すぎると思いますわ」
王子様と聞いて目を輝かせるステラに現実を教えてやる。ルイーズからツッコミが入るが、オレは気にしない。
「国王様が亡くなったらどうなるのでしょうか……」
「オレたち一般人には大きな影響はないだろうな。城の混乱を見て軽犯罪が増える可能性はあるが」
「……そうですよね、後継者もいることですし」
オレの為にコーヒーを淹れてくれたエミリアも会話に参加し、不安を口にしている。
まあ、何があっても結局普通の国民にはどうすることもできないな。オレは不安の代わりにコーヒーを口にする。
「お兄様! 私、王子様に会ってみたいです!」
「……どんな奴を想像しているか知らないが、王子はもう30歳だぞ」
「え……? 王子様なのにですか?」
「仕方ないだろう、なかなか上の奴が死なないのだから」
「御主人様、会話が不謹慎すぎます……」
どうやら女の子というのは王子様に憧れるものらしいが、残念ながらわりとおっさんなのだ。現国王は60代のはずなので、年齢から考えると寧ろ若い方と言ってもいい。
ちなみに王子の妹、すなわちセシリアちゃんは25歳だ。そろそろドジっ娘と表現するのもきつくなってくる年齢だな。
オレの言葉にステラはショックを受けているが、現実を知って人は大人になるのだ。強くなれ、ステラ。
*
「ふう、今日はこんなところだな」
オレはギル管にて受けた依頼をこなしていた。戦争が終わったばかりなのに体を休める暇もないが、子供たちにひもじい思いをさせたくないので仕方がない。
気絶した詐欺師を鎖で引きずり、報告の為に再びギル管へと戻っていく。
「お疲れ様です、ヴァレリーさん〜。『老人たちを狙う甘い罠、詐欺師界の異端児、裏社会に潜む悪魔』ロシオの捕縛報酬、85万ベルになります〜」
今回は幸運にもそこそこ大物を捕まえることに成功した。二つ名の豪華さが大物っぷりを物語っているな。
いつもよりずっしりと重い袋を受け取り、帰宅することにする。エミリアに正直に言うと全て貯金されてしまうので、報酬を70万ベルと偽って浮いたお金でこっそりお酒を買うとしよう。
「あっヴァレリーさん、ちょっと待ってください!」
帰ろうとしたところで、受付嬢に呼び止められる。
「何か用事か?」
「ちょっとお話したいことが……」
「おうおうアネットちゃんよぉ! さっきからこっちは並んでんだぜぇ、まずはオレたちの相手をしてくんな!」
「あうっ、す、済みません〜」
オレに用事があるのは間違いないようだが、クソみたいに態度の悪い客が並んでいたため足止めをされている。
こういうところは人当たりの良さが裏目に出ているな、客のいなかったアルトちゃんとは大違いだ。
まあ、あとは帰って夕食を食べるだけなので特に予定もない、客が全員去るのを待つとしよう。
近くにある休憩用のスペースでボーっと待っていると、営業時間の終了間際にやっとアネットちゃんが現れた。
「お待たせしてしまって済みません〜」
「別に構わないが、何の用事だったんだ?」
「え〜とですね、Cランク以上の実力あるギルドに声をかけるよう言われてて……」
アネットちゃんはそう言いながら、依頼書らしき書類をオレに向けて机の上に置く。誰が依頼者かは伏せられているようだ。
中身に目を走らせていると、どうやらまずは直接会って話をしたいという事らしく、時間と場所が指定されている。
「これは、差出人は秘密という事か?」
「そうです、ごめんなさい〜」
アネットちゃんは申し訳なさそうに答えるが、この反応で大体どんな奴が依頼者かはわかってしまう。
オレの予想だと、恐らく貴族、それも大分偉い奴からの依頼だ。
貴族には、表ざたになると困ることもあるだろう。ギル管を通しているので流石に犯罪行為の依頼ではないと思うが、秘密の依頼自体は珍しいものではないと聞く。
Cランク以上の条件を付けることで足切りをしつつ、信用できる奴を受付嬢に選ばせているのだろう。
つまりオレに声をかけたのは正しい選択だと言えるな、オレ以上に信用できる男はそういない。
「それで、どうですか……?」
「面白そうだし、一度会ってみよう」
「本当ですか!? 嬉しいです〜!」
秘密の依頼と聞いて、テンションの上がらない男などいるであろうか。オレは二つ返事で引き受けると、依頼書を受け取りその場を後にした。
面会の予定は、明後日だな。