第135話 お買い物
オレたちが帰国してから約1週間後、正式に終戦が発表された。
それと同時に、アルトちゃんの処遇も決定した。王城からやってきた使者が1時間ぐらい処遇の内容を読み上げていたが、要約すると『無罪☆』という事らしい。
これでようやく、長かった争い全てに決着がついたことになるだろう。
*
オレはアルトちゃんを連れて、ギルド管理局へ向かっていた。無罪放免のアルトちゃんを早速ギルドメンバーとして登録するためだ。
「良かったな、無罪で」
「ええ。しかしながら、これからヴァレリー様のメイドとして働かなくてはいけませんから実質有罪ですね」
「むしろご褒美じゃないのか?」
「はは、御冗談を」
相変わらずの会話を続けながらギル管の扉を開ける。窓口が1つ減ってしまったので、行列に並ばざるを得ない。
「同僚も悲しんでいたぞ、一言何か言ったらどうだ?」
「ろくに客の相手もできない私がいなくなって、寧ろせいせいしていると思いますよ」
……やれやれ、卑屈なことだな。
並んでいた人々は意外とスムーズに進み、すぐにオレたちの番になった。
顔を上げた受付嬢アネットちゃんは、オレとアルトちゃんの顔を見てハッとした表情を見せる。
「おはよう、アネットちゃん。新しいギルドメンバーを登録したいのだが……」
「……やっぱり、アルトは受付嬢を辞めちゃうんですね」
なかなか賢い受付嬢は、一瞬で事情を察したようだ。
「悪いな、本人がどうしても責任を取りたいらしい。代わりにオレのギルドに鎖で繋いでおくから安心してくれ」
「ふふ、何ですか、それ〜?」
オレは受付嬢と会話をしているが、アルトちゃんはそれに参加してこない。一歩引いたところで静かに笑みを浮かべているだけだ。
アルトちゃんの手を掴むと、無理やり引っ張り彼女と対面させる。逃げ出さないようにがっつりと肩をホールドして身動きを取らせない。
「あっ、アルト……」
「……ヴァレリー様、これは何の真似ですか?」
「ほら、何か言ったらどうだ? いや、言いなさい」
強引な行動に出てみたものの、アルトちゃんは話を始めない。少し沈黙が流れた後、アネットちゃんが先に口を開いた。
「アルト、良かったね。ホントに心配してたんだから〜。いなくなるのは寂しいけど、頑張ってね?」
「……アネットさん、本当に申し訳ございません」
「ふふ、ホントだよ、引継ぎも碌にしてないのに〜!」
やっと申し訳なさそうな言葉を口にしたアルトちゃんを、笑いながら受け止める。
全く、こういうのはアルトちゃんより彼女の方が上手だな。
*
ちょっとした雑談も終わり、後ろに客も増えてきたので、そろそろ用事を済ませて帰るとしよう。
メンバーの登録を終えて去ろうとすると、最後にアネットちゃんが話しかけてきた。
「ヴァレリーさん、アルトのことよろしくお願いします〜。優しくしてあげてくださいね」
「ああ、わかっている。オレは誰にでも優しいからな」
「誰にでも、じゃなくて、アルトに優しく、です!」
「……? わかった」
良く違いが分からないが、とにかく了承の返事をしてその場を後にすることにした。
来た時と同じようにアルトちゃんと2人並んで帰宅する。
「……いい子だったな。お前のこともちゃんと心配してくれているし」
「ええ、私とは大違いですね」
「またそんな卑屈なことを……。戦争も終わって、罪も消えた。上を向いて歩いて行こうではないか」
オレはアルトちゃんの背中をバシバシと叩きながら元気づける。さっき優しくしてあげるよう頼まれたばかりだしな。
親と約束した「女の子を泣かすな!」という言葉はいつの間にか反故にしてしまったが、新しい約束はちゃんと守らないとな。
「ヴァレリー様、痛いです」
「はっはっは」
アルトちゃんは鬱陶しそうな表情を見せるが、控えめな人間にはこちらからぐいぐいといかないとな。
とにかく、正式にメンバーが増えたのだ。これは終戦記念も兼ねて、パーティーが必要だな。
*
「おっ買い物〜、おっ買い物〜、おっ兄様とお買い物〜!」
ホームに帰ると、今度はパーティーの準備の為に街に繰り出していた。
今度はステラとロゼリカを一緒に連れている。久しぶりの外出のせいか、ステラは上機嫌で謎ソングまで歌っている。
「それで、今から何を買うの?」
「エミリアは何でも買って良いって言ってたからな。何か食べたいものはあるか?」
最近は小言が増えてきたエミリアも、今日ばかりはパーティーという事で何でもありという許可をもらった。
予算は決まっているが、十分好きなものが買えるだけのお金はある。
オレが戦争に行っている間、この2人にルイーズを加えた3人の食事は最悪だったようだ。戦争に行っていたオレたちよりも体重が減っていたのだから、その悲惨さが窺い知れる。
こんなところにも戦争の悪影響が出たという事だな。やっぱり戦争は糞である。
オレの言葉に2人は顔を輝かせ、食べたいものを口にする。
「私、甘いものが食べたいです!」
「私はお魚がいいかな……」
「甘いお魚か、また無理難題を」
「……一緒とは言ってないし」
パッとは思いつかない問いかけに対し、オレはとりあえず間を取ってお酒を買う事に決め、そのお店の方角へ足を進める。
「ねえフリード、見て。飾りつけをしてる家があるよ」
「おお、そういえば今年もそろそろお祭りの時期だな」
「お祭り……?」
ロゼリカが指差す先を見て、オレは去年のことをふと思い出す。あの時は王都に来たばかりの妹に教えてやった気がするな。
ロゼリカはその後にうちのギルドに来たので、祭りのことは知らないようだ。
「あれは収穫祭の準備です! 去年初めての体験でしたけど、人がいっぱいでとっても賑やかな祭りでした!」
「へえ、楽しそう……!」
オレの代わりにステラが説明し、キャッキャと2人で笑いあっている。
今年の祭りは約3週間後だ。考えてみると去年も戦争の後だったな。辛い出来事のすぐ後に楽しいイベントがあるのはタイミングがいいのか悪いのか……。
だが、今年は去年よりも活気がない気がするな。戦勝という嬉しい知らせがあったのだから、裸で川に飛び込んだり戦勝セールをしたりしてもいいはずだが。
街はどちらかというといつもより静かだ。ピリピリとした雰囲気が流れているようにさえ感じる。
……まあ、考えても仕方ない。オレが気にするべきなのはまずはパーティーであり、お酒なのだ。街がたとえ死んでいようとオレには関係ない。
「よし、まずはお酒を買うぞ! その後余ったお金で魚と甘いものを買うとしよう」
「はーい!」
ステラの元気のいい返事を聞き、「お酒優先なんだ」というロゼリカの冷たい視線を浴びながらショッピングを続けることにした。
*
「……ユリアン、いるか」
「はっ、ここに」
竜を奉る怪しい神殿。その中でアーカインとユリアンが会話をしている。
「ピエーリオはどうなった」
「やはり、死んだのは間違いないようです。ウイスク内で秘密裏に死体が処理されているのを突き止めました」
「そうか……。惜しい男をなくしたが、奴の働きは十分であった。残すところは後2つ……」
「ハレミアの"竜の心臓"とビストリアの"竜の尾"……必ずや手に入れて参りましょう」
アーカインの言葉に、ユリアンが恭しく言葉を重ねる。
「ハレミアの状況はどうだ」
「……現国王が危篤で、長くても後1、2週間の命のようです。死体は必ず聖地と呼ばれるところに埋葬され、その時だけ必ず結界が解かれます。忌々しい結界魔法が解除されたとき、聖地から"竜の心臓"を奪って見せましょう」
「そうか、無事、成し遂げて見せよ。我々も動けるものは、もはや貴様しか残っておらぬ」
「……畏まりました」
ユリアンは黒いローブを深く被り直すと、影に溶け込みその場から消え去った。