第132話 聖女
やっと突撃隊長を倒すことができた。予定は狂ったが、ここから反転し、聖女に会いに向かうとしよう。
「ああ……僕の秘密兵器が……」
「悲しんでいる時間はない。隊長を倒したとはいえ、残りの奴がどう動くかわからないぞ」
爆発を警戒してか突っ込んできたのは隊長だけだったようだが、他の敵兵は無傷だ。城壁を破壊されてしまった以上、次に攻撃されたら耐えられるかが怪しいな。
距離があるおかげで、まだ隊長がやられたことには気づいていないはずだがそのうち必ず相手も動くだろう。
「フラウ、すぐに修理して出発だ。他の奴は早く撤退の準備を頼む」
「そこで気絶している変態はどうするのですか?」
「……男の情けだ、包帯でも置いておこう」
適当に包帯を転がした後、地面にめり込んでしまった秘密兵器を引きずり上げる。立派な鉄の羽が衝撃でひしゃげてしまったようだ。
このぐらいであればオレの『錬金術』ですぐに修復できそうだな。1時間もかからずに飛び立つことができるだろう。
*
「よし、修復完了だよ!」
どうやら元通りになったようで、フラウの元気のいい声が響く。他の馬車も出発準備ができたようだな。
「……! やばいぜ、敵兵に動きあり! こちらに向かってきてるぜフゥーッ!」
魔法で敵の動きを感知したらしく、ヒューバートが合図を出す。とっとと出発するとしよう。
狭い秘密兵器に、フラウとサレナが乗り込む。オレも乗り込もうとしたところで、エミリアが声をかけてきた。
「御主人様、お気をつけて……!」
「ああ、全員で必ず無事に帰ってくる。デット、他の者を頼んだぞ」
「任せてくれ。気をつけろよ、フリード」
「よし、発射するよ! 4、3、2、1……ファイア!」
どこか中途半端なタイミングでカウントダウンが始まり、発射の合図とともに爆音が鳴り響いた。
「うわあああ、首がもげるぅ!」
「ぐぅ、凄い衝撃だ……!」
3人並んで首が後ろに反り返りそうになりつつ、地面を置き去りにして鉄の鳥が羽ばたき始めた。一気に地面が遠くなっていく。
「うわぁ、本当に飛んでるよ!」
「凄い、もうさっきの場所が見えなくなりそうだ!」
やや勢いが落ち着き始めたところで、下に広がる世界を見てフラウが声をあげている。
まあ、無理もない。跳んだことはあっても飛んだことは無いのだからな。
眼下には敵陣が見えているが、遠すぎて表情は見えない。こちらには気付いていないと思うが、気付かれても追いつけるはずもない。
その敵陣もすぐに見えなくなり、目の前には異国の地が広がっている。
「フリードさん、ここからどうすればいい?」
「少しずつ燃料を追加して、飛び続けよう。昔、本で読んだが、ウイスク王都は赤いレンガの城壁に囲まれた城塞都市らしい。それらしいのを見つけたらまた合図する」
眼下には点在する街や村が見えているが、赤い城壁はまだ見えてこない。国境から馬車で4、5日らしいので、もう少し先なのだろう。
『錬金術』で羽の角度を少しずつ操り、体勢を整える。なかなか大変だが、少しずつ慣れてきたな。
「機長、燃料がもう1/3を切りました!」
「何だと!? くそっ、このままでは目的地までたどり着かないではないか!」
「……お前たち、何を言っているんだ?」
まずいぞ、シチュエーションプレイで深刻さを誤魔化してみるが、ピンチなのは変わりがない。敵を出し抜いたとはいえ、知らない国の真ん中に墜落するなど避けたい事態だ。
だが、やはりオレは運がいいようだ。地平線の奥から、目的地が見えてきた。予想以上に大きい赤壁の城塞都市、ウイスクの王都で間違いないな。
「目的地発見! フラウ、最後の燃料投入をっ!」
「イエッサー!」
羽の角度を変え、高度を少しずつ下げていく。このままうまく風に乗ればギリギリ燃料が持ちそうだ。
次第に街の様子が詳しく見えるようになってきた。街の中心には一番大きな城が見えるが、あそこに聖女もいるのだろうか?
「……! おい、フリード・ヴァレリー! あの立派なステンドグラスが見えるか? もしかしてあれが教会ではないか?」
「ああ、見えている。流石はコロナ教の総本山という事か」
城ほど大きくはないものの、その横にも立派な白い建物が見えた。女神をかたどったステンドグラス、あれが教会に違いない。
そこを目掛けて羽を微調整する。だんだんと近づいてきており、もうあと数分で到着と言ったところだ。
「ところでフリードさん。これってどうやって着陸するの……?」
「……そこは検討不足だったな」
「おっおい、フリード・ヴァレリー! ま、まさか何も考えていないのか!」
「ふっ、墜落も広義の着陸と言えるだろう」
「う、うわぁぁぁぁっ! お姉ちゃん助けてぇっ!」
困ったことにこの鉄の鳥は考える時間をくれない様だ。もう既に協会は目前に迫ってきている。
勢いそのままに立派なステンドグラスを突き破り、破片とともに教会の中に突撃した。
*
「ううう、恐怖で漏らすところだったよぉ……!」
「くそっ! フリード・ヴァレリー、国に帰ったら覚えておくがいい!」
「無事だったからいいではないか。さあ、聖女様を探すとしよう」
オレたちは無事、教会の中で不時着することができた。ステンドグラスを破った瞬間、オレは鉄のスプリングを生み出し窓枠にひっかけたのだ。スプリングは伸びながらうまく勢いを殺し、不時着することに成功した。
だが、まだ油断はできない。ド派手な侵入のせいで、間違いなく気付かれているだろう。
「何ですか、さっきの轟音は!」
「おっと、早速第一住民を発見したぞ」
教会の奥の方から、修道女の格好をした女性が登場した。その女の様子を見ると、上質そうな修道服に身を包み、なんだか豪華な杖を持っている。
これはもしや、当たりを引いてしまったのでは?
「……失礼、お嬢さん。もしや聖女と呼ばれてたりしないか?」
「え……? 確かにそう呼ばれることもありますが……」
怪訝そうな表情ながらも、素直に返事する。この女、なかなかの温室育ちのようだ。
「オレはハレミアからの使者、フリード・ヴァレリー。突然の訪問で驚かせて済まない。ここに来た理由は1つ、戦争の終結だ」
「ハレミアの……! よくものこのこ顔を出せましたね、竜の復活を目論む邪教徒たちめ!」
「竜の復活……?」
正体を聞いたところで、突如聖女が表情を変える。竜の復活とはどういうことだ。
「とぼけても無駄です! 各国に封印された竜の体を集め、再び竜を復活させようとしているのでしょう!」
「なっ!?」
竜の体、それには覚えがある。ここにいるフラウの故郷、フーリオールで怪しいローブの男が奪っていったものだ。
だが、それは今は関係ないはずだ。我々はその男とは無関係なのだからな。とにかくもう少し話を聞くとしよう。
「それが戦争の目的か?」
「ええ、メルギスにある"竜の爪"は私たちが回収しました。ですが、王族はハレミアに逃げています。これは貴方たちがメルギスと結託して竜を復活させようとしている証拠でしょう!」
「……話が飛躍しすぎではないか?」
何だ、この女は。脳内ファンシーガールか? くだらない陰謀論で戦争の引き金を引いたとでもいうのか?
バシアの反応からそれなりの人格者だと思ったが、とんだ期待外れだ。
「ちょっと待て! 竜の復活、だと……? 誰がそのことを言った!?」
オレの横にいたサレナが、驚いたような声を上げる。
おいおい、なんだその狼狽ぶりは。まさかオレが知らないだけで、本当に竜を復活させようとしてるんじゃないだろうな?
「おい、サレナ。どういうことだ? この天才に隠し事をすると碌なことにならんぞ?」
「茶々を入れるな! 竜を復活させようとする者、それは我々第1ギルドが追っている者だ!」
「……!」
まさかの異国で新事実。フーリオールで竜の体を盗んだ怪しい男、もしや竜の復活が目的と言いたいのか。
さらにはそいつを第1ギルドは追跡しているというのか。
……少々話がかみ合っていない気がするが、どうやらオレの予想のしていない事態に転がりそうだな。