第130話 特攻部隊
「おお、無事帰ったかバシア! 心配したぞ」
「……ええ、当然でしょ」
ウイスク陣営にて、夜中に帰還したバシアの姿を見つけ、特攻部隊の隊長テオドルフが声をかけている。
「どうした、浮かない顔だな?」
「何だか急につまらなくなったわ。こんなことしても進展は無いし。……私たちの部隊は明日セルジュークの所に戻ることにする」
「な!? おい、急にどうした? お前らしくないぞ!」
テオドルフが話しかけるが、彼女は鬱陶しそうに首を振って自分のテントへと戻っていった。
「何じゃ、様子がおかしかったのう」
「ああ、あいつらしくもない。いつもなら戦場では少女とは思えないほどの鬼人っぷりで暴れるというのに」
バシアの不可解な態度に、様子を見ていたフィッチも首を傾げる。
「……じゃが、彼女のいう事も一理ある。楽勝だと思えたこの戦、わしらの予想通りとは言い難い結果じゃ。作戦を練り直すのもおかしくないのう」
「おいおい、爺さんまで何言ってやがる! いいさ、次はオレが出る。あんな悪趣味な城、オレの『危険な肉体美』で爆散してやるぜ。準備ができ次第、特攻部隊の意味を教えてやる」
テオドルフは体の前で拳をぶつけると、戦闘準備を始めだした。
一方、テントに戻ったバシアは、服の内側にしまい込んだ石ころを取り出すと、小さな机の上に転がす。その石は指先ほどの大きさだったが、テント全体を明るくするほどに白く輝いている。
「……ほーんと、便利な魔法ね。戦う事しかできない私と大違い」
彼女はしばらく石を見つめていたが、やがて簡易ベッドの中に潜り込んだ。
*
「ふんふんふ〜ん♪」
「フラウ、ご機嫌だな」
「あっ、フリードさんおはよう!」
バシアを逃がしてから一週間。あれから、打って変わって敵からの攻撃は止まっている。
一応は探知系の3人に警戒して貰ってはいたが、やや緊張感も薄れてきたところだ。
オレはというと、フラウと協力してとある兵器を作成していた。
「どうだ、進捗は?」
「ふふーん、だいぶ出来上がってきたよ! 本当は試運転して、おかしい所がないか確認したいところだけどね」
「いや、上出来だ。最悪、片道さえ持たせられれば問題ないからな」
「フリード・ヴァレリー! 何をやっている?」
フラウがハンマーで秘密兵器を叩いている様子を見ていると、不意にサレナから声をかけられた。
「こいつが敵陣へ侵入するための秘密兵器だ。フラウブラスターを推進力にすることで、この鉄の塊が大空を飛ぶ」
オレはサレナに秘密兵器を説明してやる。目の前にある鉄の塊は羽を広げた鳥のような恰好をしており、尾の部分にはフラウブラスターが後ろ向きに取り付けられている。
「こんなものがか……? 鉄の羽で飛べるわけないだろう」
「ふっ、学が浅いな。鉄は空を飛ぶのだよ」
オレの言葉に黒髪美少女はむっとした表情を見せる。
「不思議なことに、前進させると斜めの固い羽に上向きの力が発生する。誰が発見したのかは知らないが、学問とは素晴らしいと思わないか?」
「……興味ない。止めはしないから勝手にするといい」
どうやらこいつもオレのことが分かってきたようだ。天才は止められない、それがこの世の心理という事だな。
「……御主人様、私は聖女の暗殺は反対です。こんな派手な方法で行ったらバレバレですよ」
「安心しろ、暗殺はもう止めた。聖女がクソ野郎なら片道切符で殺してくればいいかと思ったが、バシアの口ぶりではそうではなかった。なので、方針を改めて誘拐することにした」
「ゆ、誘拐って……」
オレの発言に一瞬安堵の表情を見せたが、誘拐という単語に再び顔が険しくなる。
「聖女はどうやら本当に信頼されているようだからな。少なくとも、戦争の目的を言わなくても命を懸けさせる程度にはな。だからこそそいつが戦争終結の鍵になるはずだし、オレ自身戦争の理由を知りたい」
作戦はいたってシンプル。聖女を捕まえて尋問しつつ、そいつを人質にしてハレミアに連れて帰る。楽勝だな。
「という訳で、この鉄の鳥でウイスク王都までひとっ飛びだ。FF作戦と名付けておこうか」
「……わかった。だが、私も行かせてもらおう。第1ギルドとして、監督責任があるからな」
どうやらサレナも着いてくるようだ。あまり重いと飛距離が短くなる可能性はあるが、探知系の魔法使いも連れていきたいという気持ちもある。
「いいだろう。……フラウ、悪いがお前も一緒に着いてきて貰うぞ」
「任せて! 僕の魔法がゴミじゃないってことを教えてあげるよ!」
フラウは嫌がるかと思ったが、意外にも乗り気のようだ。オレもしっかり守ってやらないとな。
「出発はいつぐらいになりそうなんですか?」
「この感じだと、明日か明後日と言ったところだな」
聖女暗殺作戦改め、FF作戦は着々と準備が進められている。ハレミアを代表する天才として、ここからカウンターパンチを食らわせてやるとしよう。
*
翌朝。オレは寝床の中でゆっくりと目を覚ました。まだ太陽は昇り切っておらず、やや薄暗い。
……二度寝するか。そう思い、はだけかけた布団を引っ張って瞼を閉じた時、メイドの声が響く。
「御主人様、大変です!」
「なんだ、どうし――」
何があったかを聞く前に、城壁の方から爆発音が響いた。また敵の攻撃か?
錬金術奥義・スプリング起床で飛び起きると、10秒で着替えて部屋を出る。
「くそ、二度寝中に攻撃するのはレギュレーション違反だろうが」
「冗談言ってないで、早くしてください!」
エミリアとともに建物を出ると、城壁に大きな穴が開いており、その奥に敵兵の姿が見える。
……ついに一番危惧していた行動に出たようだな。
オレたちはたったの10人しかいない、突撃を受けたら壊滅は必至であった。それをしてこなかったのは、オレの城と探知系の3人のおかげで、兵力を誤魔化せていたからに過ぎない。
バシアが情報を漏らしたのか、焦れて強硬手段に出たのかは定かではないが、一気に不味い状況へ傾いてしまったな。
「フリード・ヴァレリー! 奴が最後の将、『危険な肉体美』のテオドルフだ!」
サレナが声を上げる。つまりはこの男が最後の脅威であり、こいつさえ止めればこの局面は乗り切れるという事か。
「……なんだ、ほとんど兵士がいないじゃねえか。こんなことなら最初から突撃しておくんだったぜ!」
「ふん、見せかけの兵数など不要。ここに一騎当千の天才がいるのだからな」
オレは言葉を発し時間を稼ぎながらも、男の様子を見る。
さっきの爆発音とやや黒く縁取りされた城壁の穴。よく見ると男の服も袖の部分が焼け焦げているようだ。
爆発に関する能力で間違いないが、それがどんな魔法なのか。ここを見極めることが勝敗を決する。
「フリードさん、どうしよう……!」
「フラウ、秘密兵器の出発準備を頼む。作戦通り他の者は撤退だ!」
「う、うん!」
オレはフラウと他の者に指示を出す。
オレが敵地に攻め込むことを決めた時に、この陣地は捨てる想定をしていた。オレ抜きだと、時間稼ぎはできても戦う事は出来ないからな。
もう既に撤退の為の馬車の準備はできている。急かされる形にはなったが、FF作戦開始だ。
「この特攻隊長テオドルフ、油断はしない。オレたち相手に耐えたその力、見せてもらうぜ」
「油断しなければ勝てるというものではないぞ?」
……ここが正念場だ、しっかり使命をこなすとしよう。