第128話 捕獲
「ふんっ、こんな網なんて私には通用しないわよ」
たった1人の侵入者は、フラウの放ったネット弾をすり抜け、不敵に笑いかけてきた。
どうやらこいつも物理攻撃が通用しない魔法使いらしいな。
「……どや顔の所を悪いが、お前の魔法は既にバレている。『三位一体』、オレには通用しないぞ」
「……! へえ、どうやら優れた探知系がいるみたいね、うらやましいわ」
魔法の正体がバレていることに一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに元に戻る。
この落ち着き方は、魔法がバレても防がれるとは思っていない様だ。
ちなみにオレは魔法の名前しか知らないので、今のはただのはったりである。
「このバシア・マネスティア、魔法が分かったところで勝てると思わないことね!」
「マネスティア……?」
最近どこかで聞いた覚えがあるが、それを思い出す前にバシアが仕掛けてきた。
足音無くオレに一瞬で近寄ると、オレの首を目掛けて手刀による突きを繰り出す。
「くっ!」
皮膚の表面に鉄を生み出しつつ、体をよじって回避する。だが、手刀はオレの頬を掠め、薄く作り出した鉄ごと肌を切り裂いた。
「あはっ、何よその表情? 私の『三位一体』が、ただ自分の姿を気体や固体に変えるだけの魔法と思ったのかしら?」
おっと、思わぬところでネタバレが来たな。はったりを言っておく価値はあったようだ。
彼女の魔法は自分の体を気体、液体、固体に変化させられる、と言ったところか。
それで『三位一体』か。うーむ、なかなかのネーミングセンスだな。
「ふん、固さはなかなかのものらしいな」
「固さだけじゃないわ。魔法にマネスティア家の暗殺技術が合わさった攻防一体の人間兵器。それが私、バシア・マネスティアよ!」
「……暗殺者のくせにぺらぺらと喋るんだな」
「うるさいっ!」
彼女はオレに接近したまま、攻撃を繰り出している。こうしてみると以前アルトちゃんに襲われたときを思い出すが、繰り出す攻撃はあの時よりも鋭く正確だ。
さらには時折姿を消し、死角から腕だけを実体化させ突きを繰り出す。どうやら部分的に変化をさせることもできるようだな。
「あははっ! どうしたの、逃げているばっかりじゃない!」
「御主人様!」
避けるのが精いっぱいだが全ては避け切れず、体に切り傷が増えていく。
そしてついにオレは城の壁に追い詰められてしまった。
「もう逃げ場はないわね! 城壁ごと串刺しにしてあげる!」
「ふっ、この天才がただ逃げ続けているだけだと思ったか?」
「……?」
こいつが全身武器なら、オレはこの城が武器だ。背中の壁に手を触れる。
その瞬間、彼女を襲うように全周囲から黄金の鎖が飛び出した。
オレの目的はあくまで捕縛だ。実体化した彼女の全身を絡めとるように鎖を操る。
……だが、体に触れようかという瞬間に、彼女は"気体"の姿に身を変え掻き消えてしまった。
「ああ、惜しい!」
遠くから誰かの声が飛ぶ。オレは壁から離れ、再び動きやすい位置に移動する。
バシアはさっき消えた場所の近くに再び姿を現すと、こちらを見て見下すような笑みを浮かべる。
「ふん、そんな攻撃無駄ね。私の魔法は一瞬で発動する、貴方では勝てないわ」
「馬鹿を言うな、今のは距離を取るための技だ。そして底の浅いお前の魔法ももう見切った、次で終わりにしてやろう」
「……は?」
オレの挑発に笑みが消える。どうやら大分お冠のようだ。
さて、ここからは危険な領域だな。エミリアたちとオレたち2人を分断するように黄金の壁を生み出す。
完全に空間が分離され、バシアと2人きりになる。
やっと、2人きりになれたね……。などと言ってさらに挑発をしようとしたが、今すぐにでも飛び掛かってきそうなのでやめておこう。
「はっ、味方に死ぬ姿を見せたくなかったのかしら?」
「……死ぬのはそっちだな。吹き飛べ、錬金術奥義・粉塵爆発!」
やはり必殺技を口に出すのは気持ちがいい。オレは地面をバンと叩くと、黄金の表面だけを操り細かい粉塵を撒きあがらせる。
同時に自分の周囲に鉄を生み出し、防御壁を作る。自分が吹っ飛んではダサいからな。
「なっ、何する気よ……!?」
オレは言葉を無視して、防御壁の外で金属同士を叩きつけ合う。数回ぶつかり合ったところで、周囲を爆発音が襲った。
*
「うわああああぁぁっ!」
「御主人様ぁっ!」
完全密閉した防御壁越しに、くぐもった様にギルドメンバーの声が響く。
沈静化したのを見計らって壁を解除すると、あたりに変な匂いが漂っている。
「ゴホッゴホッ……。はっ、今のが貴方の必殺技? 効かないわね」
「驚いたな、恐ろしいほどの固さだ」
声がする方に目を凝らすと、仁王立ちで佇むバシアの姿が見えた。遠目に見ても髪ががちがちに固まっているので、全身を可能な限り硬くしたようだ。
「だが、やっと隙を見せたな。捕縛!」
「なっ!? し、しまった!」
地面で立ったまま固まるなど、捕まえてくれというようなものだ。
バシアは声を上げた時には、既に体の半分は金属にコーティングされてしまっていた。
そのまま全身を覆おうとしたが、一瞬遅かったようで、バシアの頭が霧のように消えてしまった。
しかし、消えたと言っても瞬間移動するわけでは無いはずだ。念のため、錬金術奥義・金の玉でさっきまで居た空間ごと密閉させておく。薄いと簡単に破られてしまうだろう、できるだけ分厚くしておくか。
しばらく沈黙が流れたが、オレの金の玉の上でバシアの頭が実体化し始めた。
……くそ、捕まえるのに失敗したか。
「おのれ、よくも私をこんな姿に……! 許さない、絶対に許さない!」
「ん?」
バシアは悔しそうな顔をしながら、何故か生首だけでこちらへ向かってきた。だが途中で動きが止まり、代わりに金の玉の中から壁を叩く音が聞こえる。
「……くっくっく。そうか、体はそっちの玉の中か」
「ぐっ……。絶対、殺してやるわ!」
どうやら作戦は半分成功したようだ。いや、尋問することを考えるとむしろ大成功か。
オレは、暗殺者の体だけを捕獲することができたようだ。
*
「こいつが暗殺部隊の隊長、バシア・マネスティアか。若いのに大した実力だな」
「くそ、私を見下ろすな!」
オレたちに囲まれるような形でバシアは金の玉に捕縛されており、顔だけが宙に浮いた状態でこちらを睨みつけている。
どうやら気体になっても離れられる距離には制限があるようで、頭を玉の上でゆらゆらさせている。
「そう怒るな、ぶどうでも食うか? 皮ごと食べられるぞ」
「ぺっ!」
オレはそう言いながら、ローズが生み出した果物を口元に持っていく。しかし悲しいかな、手の甲に唾を吐かれてしまった。
「……そうつんけんした態度をとるな。別に殺す気はない、ちょっと情報が欲しいだけだ」
「ふん、マネスティア家の誇りにかけて、何もしゃべらない!」
全く、ステラと歳も変わらないだろうに大したプライドだ。正直、お互い恨みは無いはずなのだから戦争終結の為に力を貸して欲しいのだが。
「……バシア・マネスティアと言いましたね。御父上は元気ですか?」
「誰よあんた。他人に何も教える気はないわ」
「他人ではありませんよ、私もマネスティア家の人間ですから」
「……え?」
アルトちゃんが近づき、バシアに話しかける。戦闘の途中で気付いてはいたが、やはりマネスティア家というのはアルトちゃんの実家だったようだ。
……ここはひとまずアルトちゃんに任せてみるか。