第127話 暗殺部隊
「ちょっと、どういう事? ウイスクが誇る暗殺部隊が、何の情報も得られずに戻ってくるなんて恥ずかしくないの!?」
「申し訳ありません、バシア様……!」
ウイスク側、黄金の城に見下ろされる形で設営された陣地内で、少女が部下を叱責していた。
2人の魔法使いは、頭を下げ彼女の声に耳を傾けている。
「……その辺にするがいい、バシア。テントの外まで声が響いておるぞ」
「はっ、フィッチは黙っていて。御自慢の『流星群』も通用していなかったじゃない」
「腐ってもハレミア兵、という事じゃろう。我々も作戦を見直すべきじゃ。報告書にない魔法使いの存在がある、最悪、セルジュークに報告して……」
「何言ってんの!? 3部隊の隊長がこちらに力を注いでおきながら、勝てませんでしたって報告するわけ!? ありえないわ、私は次の手に移る」
「バシア、自分の立場を考えよ。一時の恥ですべてを失うぞ」
「もう老人の説教は結構。このバシア・マネスティアが家名をかけて、自ら攻め込むわ」
フィッチをテントから追い出すと、自分自身が攻め込むことに決め、準備を始めだした。
「ふん、私の『三位一体』、どう防ぐのかしら?」
*
戦場に来てから、1週間がたった。
定期的に攻撃は来るものの、結局最初の『流星群』より大規模な攻撃は来ていない。
蜘蛛や蛇は攻めてきているが、戸締りをしっかりして寝ているので何の問題もない。
「おい、フリード・ヴァレリー! お早う」
「グッドモーニンッ! イエァ!」
「……ああ、お早う」
顔を洗っていると第1ギルドのサレナとヒューバートに挨拶された。
……前から思っていたが、いつまでフルネームで呼び続けるつもりなんだろうか。
「それで、挨拶の為だけにオレの個室に無断で侵入したのか?」
「我々の探知が終わったから報告をしようと思ってな。敵兵328名、全員の魔法が判明した」
「……!」
これは驚いたな。たまに城壁に上って敵陣を眺めているだけの存在だと思っていたが、まさか敵兵の数と魔法までチェックしてあったとは。
「この情報は本当にあっているのか? 適当に想像で書いたんじゃないだろうな?」
「このオレを馬鹿にすんじゃねえぞファッキン! オレの『生命探知波』は生き物にだけ反射する特殊な音波を出す! 数え間違えさえなければ、正しいはずだイェイ!」
なるほど、ヒューマンエラーを考慮しなければ正しい数が分かるらしいな。という事は300人以上数えたわけか、変態だな。
「私の『衛星掃査線』はこの球に触れた対象の魔法がなにかを調べることのできる魔法。私の魔法に間違いはない」
「へぇ」
「ヴァレリー様、私がすべての魔法を『念写』しておきました。このリストを」
アルトちゃんが後ろから現れ、紙の束を渡してくる。
流石は第1ギルドという事か。情報戦はオレたちの圧倒的勝利ではないか。
あとは敵の情報を見て、攻略法を考えるだけという事だな。
「……だが、魔法の名前だけじゃわからないのが多いな」
「その通りだ、私の魔法で判明するのは名前まで。だが、敵の将兵クラスがどの魔法かはわかっている、警戒すべきはこの3人だろう」
サレナはリストにある3つの名前を指でトントンと叩く。『流星群』、『三位一体』、『危険な肉体美』という名称が記載されている。
……『流星群』以外、想像がつかないな。
「……それで? オレにどうしろと?」
「対策を練ってくれ。『フリード殿に任せれば大丈夫でしょう』とセシリア様も仰っていた」
くそ、あのドジっ娘。ふざけているな。せめて何人か戦える奴も派遣しろと言ってやりたい。
「分かった、この天才に任せておけ」
だが、この情報があればオレの目標……敵陣突破からの聖女暗殺の方法も考え付きそうだ。
早速目を通し始めるとしよう。
*
「うーむ……」
「御主人様、進捗はどうですか?」
オレが大広間でリストを片手に唸っていると、エミリアが話しかけてきた。
最近は敵の奇襲に備えるため、寝るときや作業の時以外は出来る限り建物の1階、全員が目の届く範囲にいるのをルールとしている。当然オレを手伝ってやろうという者はいなかったのだが、ついにエミリアがオレを気にかけてくれた。
「魔法の名前だけだと全然判断がつかん。『流星群』より破壊力のありそうな魔法は無いように思えるのだがな」
小休憩の為、背伸びしながら答える。大したことのない魔法に見えても実は恐ろしいという事は往々にして有り得ることだ。
なので、もう一つ確証が欲しい。そしてその確証を得る方法も思いついている。
「注目ぅぅぅぅっ!」
「きゃあっ! 御主人様、何ですか急に大声をあげて!」
「フリード・ヴァレリー、急に発狂するな!」
オレの突然の大声に、周囲の注目が集まる。
十分に注目が集まったところで作戦を話すことにしよう。
「リストを眺めて5時間、オレの結論はこうだ。情報が足りん」
「……それ、大声で報告することか?」
「皆まで聞き給え。なので敵兵を捕らえて、拷問……もとい、尋問でさらに情報を得るべきだと思う」
「10対300以上でどうやって捕らえるつもりですか? こちらが捕まる側でしょう」
「大丈夫だ、10対1になるからな」
「……?」
遠距離攻撃で埒が明かなければ、確実に直接攻撃を仕掛けてくるはずだ。
そうなればこちらのもの、勝利は間違いなしだ。
一番恐ろしいのは全軍突撃だが、相手はまだこちらの数も把握していないはず。絶対にまずは情報を得るための行動をしてくるだろう。
「とにかく、そのうち現れる侵入者に備えて罠を張る」
「……具体的には?」
「探知系の3人は交互に魔法で見張りを頼みたい。もし敵を探知したら、オレが牢屋を作り、捕らえる」
説明しながらも、鉄を生み出し実際に牢屋を作って見せる。潜入する魔法なら実際に戦闘力は無いはず、タイマンで勝てるだろうという予想だ。
「大丈夫なんですか……?」
「大丈夫だ、オレが負ければ全滅だからな」
「ふざけているのか、フリード・ヴァレリー!」
「ふっ、オレの作戦に反対できるのか?」
戦闘系の魔法使いを派遣しなかったのが仇となったな。
もはや第1ギルドはオレという船に乗るしかないのだ。勝算はオレ次第という事だからな。
国境防衛戦第2幕、今度もオレの活躍を見せてやるとしよう。
*
「……なによ、ハレミアの奴ら。城壁に誰も見張りを置いていないじゃない。探知魔法に自信があるってわけ?」
その夜中。城壁の上から少女の声が聞こえる。だが、月明かりが辺りを照らしているはずなのに、その姿はどこにも見当たらない。
「まあいいわ。"気体"のまま潜入してどんな探知能力かを見極めてあげるわ。目に見えないこの姿、探すことができるかしら?」
少女は呟くと、見えない姿のまま城壁内の建物へ向かっていく。明かりで照らされているが中に人は視認できない。
彼女は建物の前で、一旦魔法を解きその姿を現した。
「……何も反応が無くて不気味ね。さあ、ここまで入り込んだら次はどう出るかしら?」
静かな建物に違和感を感じつつ、扉の入り口を開ける。
だが、扉を開けた瞬間その少女を包み込むように、ネット弾が彼女を襲った。
「……!」
「ふふーん、久々の登場、フラウランチャーMK2はどう?」
「流石だ、何もせずとも勝利してしまったようだな」
網に絡めとられた少女を見下ろすように、フラウとフリードが立っている。
「なるほど、報告書になかった顔ね。私に気付いて待ち伏せする手際の良さ、私の部下たちが防がれるはずだわ」
「驚くのはまだ早いな。すぐにお前たちを撃破して、ウイスクまで攻めあがってやる」
「へえ、ハレミア国民は傲慢だというのは本当みたいね。でもまずは、私に勝てなきゃ話にならないわ!」
そう言うとバシアは、するりとすり抜けるようにして網を通る。
「……! フリードさん、網を抜け出しちゃったよ!?」
「どうやら一筋縄ではいかないようだな。フラウ、下がっていろ。やはりオレの出番のようだ」
フリードの言葉に、フラウは素直に下がっていく。
黄金の城内で戦いが始まろうとしていた。