第126話 空砲
「くそ、大丈夫か、エミリア!」
「痛……」
オレは、エミリアの足に食らいついた蛇を無理やり引きはがすと、蜘蛛を捕まえるために生み出していた籠の中にそいつをぶち込む。
この蛇も敵の魔法だろう、傷は大したこと無いが未知の毒が含まれている可能性がある。
「……じっとしていろ」
「え? きゃあっ、ちょっと、御主人様!」
オレはエミリアを無理やりひっくり返すと、靴下を脱がす。蛇が噛み付いていた場所を確認すると、ふくらはぎに2つの小さな傷が並んでいた。
その傷に口をつけ、血を吸いだす。血が止まるまで、何度も繰り返し吸いだしてやる。
「ごっ、御主人様ぁ! もういい、もういいですって!」
「馬鹿を言うな、どんな毒があるかもわからない。やれることはやっておくべきだ」
じたばたと暴れるエミリアを力づくで押さえつけ、何度も同じことを繰り返していると、いつの間にか傷が塞がっていることに気付いた。
「ん? 傷が塞がってきたな?」
「……私の『天使の滴』は体液なら何でも治療効果があるんです。血液も……」
エミリアはハアハアと息を荒げながら説明する。
なんと、今になって知った新事実。唾液だけじゃなかったのか、この魔法は。
「悪いな、そうとは知らず血を吸い過ぎてしまった」
「いえ……。でも、ありがとうございます。私の為にこんなに必死に……」
「ふっ、いつもエミリアには舐めて貰っているからな。たまにはオレが口をつけてもいいだろう」
「ちょっと、フリードさん。僕たちもいるんだから変な会話をしないでよ」
どうやら今度こそ事態は収束したようだ。大した犠牲は無くて、とりあえずは良かったな。
「フリード、とりあえず城壁内は確認が終わった。もう蜘蛛もいない」
丁度デットも巡回を終え、ローズと戻ってきた。
「うわあ、エルデットさん! そ、その足で僕に近づかないでよ!」
「え……? そ、そうか、済まない……」
デットの靴は蜘蛛の体液でべっちゃりと黒く汚れていた。
もしかして全部足で踏みつぶしたのか? やばい女だ。
フラウに拒否された痴女は、俯いて温泉へ向かっていった。
「む? エミリア殿、怪我をしたのか?」
「ああ、敵の魔法と思われる蛇に噛まれた。応急処置は済んだがな」
「そうか、だが一応私の魔法で解毒草を生み出そう。念には念を入れておいた方が良い」
ローズはそう言うと種を成長させ、葉っぱの生い茂った植物を生み出す。さらにその葉っぱを数枚ちぎると口に含み、咀嚼を始めた。
「……ローズ、何をする気だ?」
「直接傷にこの葉っぱの成分をなじませるのだ。葉っぱのままよりこちらの方が成分が染み込みやすい」
……まさか、その口に含んだものをエミリアの足に塗るつもりか?
なぜオレがエミリアの足を介してローズと間接キスしなければならないのか。オレにそんな特殊性癖は無いぞ。
「いや、オレがやろう。エミリアはオレのメイドだからな」
「む? そうか、ならば任せるとしよう」
ローズをどかすと、オレが代わりに解毒剤を塗ってやることにする。
やれやれ、被害の割には疲れた気がするな。
*
激闘の一夜が明け、朝日が黄金の城を輝かせている中、オレは城壁に上り敵陣の様子を見ていた。
夜の間は第1ギルドが交代で監視してくれていたようだが、結局あれ以降攻撃は無かったようだ。
「フリードさん! 指示された通り、一応僕の兵器は準備が終わったよ!」
「そうか、お疲れ様だな。あんな雑魚どもにやられる一方は気に食わないからな、いつでも攻撃できるようにしておこう」
「うん。……折角だし、僕の兵器を説明させてよ! 大分凄いよ、進化した僕のフラウランチャーMkⅧは!」
ほう、2までしか知らなかったがいつの間にか8までできていたのか。技術の進歩とは素晴らしいな。
嬉しそうに先導するフラウの後ろについて行き、城壁に並べられた砲台たちの傍に行く。
「今回は手持ち式じゃなくて固定砲台だから、出力は比べ物にならないよ! 反動や重さを気にしなくてもよくなったから、出力は何とMkⅦから38%も向上して……」
「そこは興味ないな」
「ガーン!」
鼻息荒く説明してくるが、前の奴を知らないので判断に困る。
「欲しいのは数字ではなく事実だ。ここからあいつらの陣地まで届くのか?」
「ふふん、当然だよ! 砲撃命令が出れば、目に物を見せてあげられる!」
「なるほど……。狼煙さえ上がれば反撃は可能という事だな」
それさえわかれば十分だ。聖女暗殺にはあの敵陣を超える必要がある。壊滅させるのが理想だが、最悪は味方の砲撃に紛れての敵陣突破も考える必要があるだろう。
「ん? こっちの砲台は何だ? 他の奴と形状が違うようだが」
「ふふん、流石フリードさん、お目が高い。こいつは僕の新作兵器、名付けてフラウブラスターさ!」
まったく、次から次へと新兵器を作り出してくれるな。一応こいつの性能も聞いておこうか。
「それで、こいつは何が違うんだ」
「実は、他のと違ってこいつは空気を弾として発射するんだ!」
「へえ、空気を……」
オレが感心していると気を良くしたのか、再び鼻息荒く説明を続けてくる。
「なんたって空気だから、目に見えないとこが凄いんだ! 燃料さえあれば弾が無くても発射できるしね! ……特性上、真っ直ぐにしか飛ばないけど、空を飛ぶような魔法使いがいたら役に立つと思うんだ」
「そうか、なかなか面白いな。じゃあ一発ぶっ放してみるか」
「えっ! い、良いの!?」
「ああ、敵に向けて撃たなければセーフだろう」
個人的にどんなものか見ておきたかったので許可を出すと、嬉しそうに燃料の準備をし始めた。
砲身を真上に向け、燃料を供給する。
「よし、準備OKだよ! 爆音が響くから、耳を押さえておいた方が良いかも」
「いつでもいいぞ」
「3、2、1……ファイア!」
「……!? うおおおおっ!」
フラウがグイっと紐を引くと、その瞬間、爆音とともに衝撃波が発生した。
大砲の近くにいたフラウが吹っ飛ばされて、オレに激突する。オレも危うく城壁から落下しそうになったが、『錬金術』で体を城壁に縛り付け、何とか耐える。
「……想像以上の威力だな」
「あはは……ちょっと燃料を入れすぎちゃった」
「フリード・ヴァレリー! なんだ今の爆音は!」
「御主人様、大丈夫ですかっ!?」
当然さっきの音が聞こえたのだろう、第1ギルドの連中とエミリアたちも城壁を昇ってきた。
「ちょっと兵器の威力を確認していたところだ。安心しろ、敵陣への攻撃ではない」
「兵器……?」
砲台を見ると、発射の反動で城壁に半分ほど沈み込んでしまっていた。空を見上げると、頭上の雲に丸い穴が開いている。どうやらあそこまで風が到達したようだ。
「……勝手なことをしてくれるな、フリード・ヴァレリー!」
「すまない、部下の粗相はオレの責任だ。フラウに変わって謝ろう」
「ええ、僕のせいなの!?」
素直に謝罪すると、やれやれと言った表情で第1ギルドは元の場所へ帰っていった。
だが、この兵器は使えそうだ。反動で分厚い黄金をめり込ませるほどの威力、並大抵の魔法を凌駕している。
「くっくっく、楽しくなってきたな?」
「……御主人様、また変なことを考えていませんか?」
「変なことは考えていないさ、くっくっく……!」
オレの聖女暗殺作戦もだいぶ具体策が練られてきている。あとは隙を見て、敵陣を突破するだけだ。
「さて、今夜は敵はどう出るかな……?」
あと2日、いや、1日耐えれば、この戦局はオレの手で姿を変えるだろう。
まずは今日も敵を警戒するとしよう。