第124話 トイレ
『強化ガラス』、一体どんな魔法なのか。想像すらできないそれが、今姿を現そうとしている。
ディークは手を前にかざすと、その手の平からドロドロと透明な物体が生み出され、それが平らな板のように変化した。
完全に透明で、その板越しにディークの姿が見える。
「何だこれは!? 透明で、それでいてしっかりとした形を保っているぞ!」
「御主人様、どう見てもガラスに思えますが……」
「よくわかったね、メイドさん。でもただのガラスじゃない、これはありとあらゆる攻撃から身を守る堅牢な盾なんだ」
ディークはそう言うと、殴って来いと言った感じでガラスをコンコンと叩く。
だがオレは穏健派なので無視をすることにした。別にガラスに興味ないしな。
次は隣のおどおどした少女ティーナの魔法を確認しておきたいところだ。
「あの、私は光り輝く石を生み出せます……。『金剛輝石』って、言います」
彼女は空間を作るように両手を合わせると、その中に白く輝く石が現れた。とても眩く、もし夜になったとしても日中の様に辺りを照らしてくれそうなほどの光量だ。
「小さいですが、永遠に輝き続けます……。大した魔法じゃなくてお恥ずかしいです……」
「いや、これは実に素晴らしいな! これさえあれば松明も蝋燭も不要だ」
オレが手放しで称賛の言葉を口にすると、おどおどした表情が少し明るくなった。
「つまり、この魔法で住環境を良くしようという事だな?」
「ちょっと違う、僕たちの魔法でこの城を補強するんだ。外の様子が見えないと敵の攻撃に備えるのが難しいと思う」
「ディークの言う通りだ。我々は敵の攻撃に耐え付けなければならない、迅速な行動を頼むぞ、フリード・ヴァレリー!」
「結局、引きこもり作戦という事だな。……わかった、行動に移るとしよう」
何をするにも、まずは敵の攻撃に対する準備が必要だ。
太陽は真上、ちょうどお昼ごろだ。明かりが確保できたとはいえ、夜になる前にフリードキャッスルをできるだけ強固にしておきたいところだな。
*
「御主人様、大変ですっ!」
「おお、エミリア、ちょうどいい所に。今トイレを作っているのだが、金と銀、どちらで作った方がいいと思う?」
夕方になったころ、一通りガラスも明かりも設置を終えたので、今は内装にこだわっているところだ。
生活の基本は衣食住とよく言うが、住とはすなわちトイレの事。ここで手を抜いてしまっては天才を名乗れないな。
「衛生面を考えると銀が良いかもしれないが、純金製というのも悪くないと思わないか? 女性の意見も聞いておきたい」
「そんなことどうでもいいですよ! いいから早く来てください!」
……やれやれ、世の中にトイレの材質を決めることより優先すべきことがそうあるとは思えないが。
ひとまず先にエミリアの用事を終わらせてやるとしよう。
「御主人様、あれを見てください!」
エミリアの後を追って城壁を上ると、指し示す先に視線をやる。
そこには、馬と兵士が集まり陣の設営をしている様子が見えた。顔は見えないが、人であることが分かるほどの距離だ。
「早速ウイスクの連中が来たようだな」
「どうします、御主人様?」
「そうだな、あいさつ代わりにナパーム弾でもぶち込むか」
「それは止めときましょうよ……」
今は夕方で視界が悪くなってきたタイミングだ。相手は行軍後の疲れの中、陣の設営中。通常なら攻めるには好都合と言える。
フラウもぶち込みたくてうずうずしているだろうし、開戦の合図をするのも悪くない気がするが。
「聞こえたぞ、フリード・ヴァレリー。勝手な行動はしないで貰おうか、私たちの使命は国境を守りきることだ」
「……それはオレの使命ではないがな」
「御主人様!」
近くで話を聞いていたらしいサレナが、オレの言葉に突っかかってくる。
身内にまで怒られてしまったので、両手を上げて何もしないことをアピールしておこう。
「まずは私とヒューバートで敵を探る。それまで勝手な行動は慎んでもらいたい」
「ああ、分かった」
どうやら今はオレの出番はなさそうだ、本業のトイレ職人の仕事に戻るとしよう。
城門を降り、再び建設予定地に向かっていると、フラウとすれ違った。
「あっ、フリードさん! もうトイレは完成した? 僕もうそろそろ限界だよ〜」
「フラウ、乙女のくせにはしたないぞ。まだできてないが代わりにこれをやろう」
オレはそう言うと鉄の器を生み出し、足元に転がす。
「……なにこれ? 壺?」
「尿瓶だ。こいつで用を足せ」
「ちょっと、これこそ乙女らしくないじゃん!」
フラウは顔を真っ赤にして怒り出す。オレとしては今できる最大限の配慮をしたつもりだったのだが。
「……文句はエミリアに言ってくれ」
「なんで私なんですか!」
メイドの言葉を、とりあえず右から左へ聞き流す。
やれやれ、敵兵ごときで時間を食ってしまったな。早く使命を終わらせてしまおう。
*
「よし、完成だ! どうだデット、美し過ぎて便器に顔が映るぞ! まだ未使用だから舐めても問題ないが、どうする?」
「……何の確認だ、それは」
当たりは暗くなってしまったが、何とか本日中に完成させることができた。
これも『金剛輝石』のおかげだな。この明るさ、いくつかホームにも持ち帰りたいぐらいだ。
「それで、フリード。これからどう動くんだ? お前のことだからもう作戦は思いついているんだろう?」
「ふっ、オレのことをよくわかっているな。だが安心しろ、まずは敵の様子を見る」
「……正直、敵に先手を取られたら辛くないか? 頼みの第1ギルドも戦闘系ではないようだったが」
「大丈夫だ、耐えるだけならオレとデットで何とかなる」
デットは疑うような目でこっちを見るが、オレは確信を持っている。
現代魔法戦争は、2つの基本戦術がある。
一つは、先手必勝。殺られる前に殺る、というシンプルなものだ。
攻められたら脆いというのが大多数の魔法使いの為、先手を取るのが有利なのは間違いない。
もう一つの戦術として、暗殺戦術がある。これは100人を殺す魔法よりも、敵地に潜入してその魔法使い1人を殺した方が良いじゃん! ……という理論に基づくものだ。
オレが狙うのは、暗殺戦術に対するカウンターだ。こっそり潜入されても、デットがいれば問題ない。この痴女を視界に映しただけで存在がバレてしまうからな。
敵は、城を作れるほどの実力者がいることに気付いているはずだ。たとえ魔法で城を攻撃しても、当然オレは防ぎきる自信がある。そうなれば確実にオレを暗殺しようとするだろう。
先手は防がれ、暗殺は失敗。戦意喪失、敗走……。今、未来が、このオレにも見えた。
「もう既に敵はオレの手の内で転がるだけの存在だ。オレを信じろ」
「……いまいち信用できないな」
「まあ見ているがいい。それよりも、気を付けるべきは相手の探知部隊だ。人数差がある以上、切れるカードはこちらの方が少ない。魔法が1つバレただけでも敗北が近づくぞ」
「ああ、私も魔法で怪しいものを探知したら、すぐに知らせよう」
やはりこの痴女は頼りになるな。人の事ばかり気にしていないで、オレも警戒しないとな。
ひとまず自分の中で作戦の再確認も終わったので、今日はゆっくり夕食を待つとしよう。
「御主人様、エルデット様! 夕食の準備ができましたよ!」
「おお、やっとか。今日の食事は何だろうな? 肉と酒があれば言う事なしだが」
「……呑気なものだな」
オレがエミリアの方へ歩き出すと、デットも一つため息をついて、同じように歩き出した。