第120話 戦争準備
「ヴァレリー様、申し訳ありませんがしばらく眠っていただきますよ」
アルトちゃんは毒の塗られた木のナイフを構え、じりじりと近づいてくる。
「悪いがオレが負けるはずがない。観念したら全て話してもらうぞ、さもなくば錬金術奥義・くすぐり拷問が火を噴くことになる」
「楽しみですね……!」
ナイフを構え、ばっとオレに飛びついてくる。流石に魔法で大怪我させるわけにはいかないので、ナイフを叩き落として無力化を狙う。
「……! 驚いたな、ナイフを使うのが上手だ」
「お褒め頂き光栄ですよ」
アルトちゃんのナイフ捌きは、素人ではなさそうだ。ブンブンと振り回すのではなく、隙を狙うように鋭く的確に刃を振るう。
その刃がオレの胸部に向かってくるが、オレは咄嗟に腕を出して庇う。
「……貰いましたよ。このナイフに毒が塗られていることをお忘れですか?」
「ああ、触れたらまずいことはわかっている」
「……!?」
アルトちゃんが異常に気付き手を引こうとするが、ナイフごと手を金めっきで固め抜け出せない様にしている。
手を引き抜こうとぐいぐい引っ張るが、女の子の力では抜け出すことなど不可能だ。
「……参りました。鉄の鎖を生み出すだけの魔法ではなかったのですね」
「奥の手は隠すものだ」
どうやらアルトちゃんは調査不足だったようだな。ナイフを完全にめっきした後解放してやる。
毒の部分ごと覆われて、もはやオレを倒すことは不可能だな。
「やはり私には暗殺者としての才能は無いみたいですね」
「暗殺者? どういうことだ?」
路地裏だが、しっかり話をするためにオレは構わず床に腰を下ろす。アルトちゃんも観念し、壁に背中をつけて話し始めた。
「私はウイスク出身です。私の実家、マネスティア家はウイスクの名門で、暗殺業を生業としています」
「……!」
何という事だ。オレがギルド管理局に行き始めた時にはもういたはずだから、少なくとも2年以上前からハレミアにいたという事か。
「安心してください。私は落ちこぼれだったので、家を追い出されたんです。見たでしょう、私のナイフ捌きを」
「筋は悪くないと思ったが」
「私で無ければヴァレリー様は死んでいましたよ」
それは不可能だな、と言いたいところだが、先を促す。
「落ちこぼれの私の次の使命は、スパイでした。1人1つしかない魔法は、知られるだけで不利になりますから。私はハレミアの魔法使いの情報を集め、ウイスクに流していました」
アルトちゃんは手の平を上に向けると、そこに1枚の紙が現れた。
オレの顔と情報が描かれており、まるで手配書のようだ。
「私の『念写』で、ハレミアの主要な魔法使いは全て情報が筒抜けです。……もちろん、全て知っているわけではありませんが」
「……それは危険だな」
魔法がバレバレという事は、奇策も待ち伏せも通用しないという事だ。しかも情報が洩れていることはオレたちしか知らない。
「今までは、戦争にならなければ問題ないと思っていました。ですが、戦争が始まれば、私の行動のせいでこの国の人々は大敗北を喫するでしょう」
「……ウイスクは本当にここに攻めてくるのか? 理由が見当たらない」
「理由は私にもわかりません。ですが、攻めてくるのは間違いありません」
オレは腕組みをして考える。この圧倒的不利な状況、どうすべきか……。
否、答えは決まっている。どうにかして勝つ方法を考えないとな。
「アルトちゃん、もう少し詳しく教えてくれ」
とにかく、知っていることを全て教えてもらおう。ウイスクの奴らが知らないこと、それはオレがいるという事だ。
オレが何とかする、天才だからな。
*
「……ありがとう、アルトちゃん。大分情報が集まった」
「いえ、これは私の保身です。許されない罪を誰かに話して、救われた気になりたいだけですから」
オレはウイスクの情報をできるだけ聞きこんだ。残念ながら相手の魔法の情報はほとんどなかったが、いつ攻めてくるのか、相手はどれだけの情報を持っているのか……それだけでも十分だ。
「安心しろ、実際に救われる。オレがこの戦争を勝利に導くからな。勝てばアルトちゃんの罪は情報漏洩だけだ」
「この国ではスパイ行為は死罪ですよ」
……そうだったかな。
「ヴァレリー様、最後にこの情報を」
「何だ、この紙は?」
アルトちゃんは再び魔法で紙を生み出す。そこには男の顔と、そいつの情報が書かれているようだ。
「その男はウイスクの魔軍大将、セルジューク。『雷公』の魔法を持つ、大陸最強と言われる魔法使いです。……15年前の姿ですから、もう少し老けていると思いますが」
つまり、こいつがオレの"天敵"という訳か。雷は金属じゃ防げないからな。
金髪を逆立て、鋭い目をした男。しっかり頭に留めておこう。
「わかった、警戒するとしよう」
「いえ、最後に貴方に話ができてよかったです」
「最後に一つ聞かせてくれ。何故オレに話してくれたんだ。黙っておけば誰もアルトちゃんの罪に気付かなかったのに」
「……ヴァレリー様のせいです。貴方が太陽の様に私を照らすせいで、暗がりに住んでいた私が照らし出されてしまいました。私のような無価値な人間は、影の底でひっそりと過ごして、誰にも気づかれずそのまま死ぬべきだったのに」
「そうか、悪かったな」
相変わらずアルトちゃんの表情は何を考えているか読めないが、嘘はついていないだろう。
本当の気持ちが知れたのなら、それでいい。
「貴方に出会えて、私の人生は楽しかったですよ。真っ暗闇だった私の人生も、明かりに晒され多少は色づいて見えましたよ」
「……その言い方だと人生が終わりそうだな?」
「ええ、罪は償うべきですから」
……それはダメだ。彼女の言う通りだとすると、死罪になってしまう。
父親に押し付けられた行動で罪を犯し、最後に死を選ばされる。そんなことが許されるのか。
「アルトちゃんの道はそっちではないな。オレに従え、本当の道を教えてやろう」
「……! ちょ、ちょっと、ヴァレリー様!?」
オレはアルトちゃんの肩を抱く。受付の窓口越しでは出来なかった行動だ。
珍しく困惑した表情を見せてくれる。
「安心しろ。罪を合法的に消滅させる方法を思いついた」
「……そんなことできるわけがありません」
「不可能などない、この天才にとってはな。だがそれにはまず、戦争に勝たなくてはな」
「……そっちの方法は思いついてないわけですか」
アルトちゃんは呆れた顔を見せる。まあ戦争の方こそ何とかなる、勝てばいいだけなのだから。
オレは肩を抱きながら、ギルドホームに連行することにした。
*
「ウイスクが攻めてくる……!? 本当ですか、御主人様!」
「ああ、ここにいるアルトちゃんが証人だ」
オレはアルトちゃんとともにギルドホームへ戻ってきた。
女の子をお持ち帰りしたことでエミリアが鼻息荒く突っかかってきたが、手短に事情を話した。
「それで、どうするんですか。戦争なんて私たちでは手に負えませんよ」
「それは事実だな。だから力を借りる」
「……誰に?」
「まあ、上から声をかけていった方がいいだろう。第1ギルドは既に出兵しているから期待できないが、第2、第3ギルドに話をしよう」
ローズに話をすれば、間違いなく力になってくれるはずだ。第2位ギルドは面識はないが、国難に力を貸してくれるかもしれない。
少数戦ならオレだけでもなんとかなるかもしれないが、戦争ならとにかく人数が多いに越したことはない。色々当たっておこう。
「わかりました。それで、攻め込んでくるのはいつ頃なんですか?」
「1週間後らしい」
「ぜ、全然時間がないじゃないですかっ!」
エミリアは頭を抱えているが、戦争は待ってくれないから仕方ないな。
悲しむ時間も勿体ないので、オレはワインを開けながら作戦を考えることにした。