第119話 初めての
「……ここが待ち合わせ場所だな」
アルトちゃんからの手紙を受け取った翌日、オレは待ち受け場所であるカフェに来ていた。
時刻は昼下がり、3時より少し前。待ち合わせ時間まであと10分ほどはあるだろうか。コーヒーでも頼んで待つとしよう。
「ヴァレリー様」
「おお、アルトちゃん、おはよう。待ってたぞ」
「……もうおはようという時間ではありませんが」
頼んだコーヒーよりも早くアルトちゃんが到着した。オレが手招きすると、対面に座る。
アルトちゃんの分のコーヒーも頼み、早速話をすることにした。
「昨日は驚いたぞ。ギル管に行ったら仕事を辞めたと聞かされたからな。星の数ほどいる常連客が悲しむぞ」
「ご安心ください、私が担当するお客様はヴァレリー様だけですから」
「ふん、オレは常人の100人分の能力はあるからな。すなわちオレの悲しみは一般客100人分の悲しみに匹敵するという事だ」
「……何を言っているかよく理解できません」
「つまりオレを悲しませて、どう責任を取るつもりだ、という事だ。わざわざ手紙をくれたんだから、説明してくれるんだろう?」
「責任は取りませんが、説明はするつもりですよ」
丁度、アルトちゃんの分のコーヒーも運ばれてきた。一呼吸置くようにそれに口をつけると、オレの目を真っ直ぐに見て話しを始めた。
「私が仕事を辞めた理由は、死ぬ勇気がないからですよ。受付嬢になったのも同じ理由です」
「……? 省略しすぎて何もわからないが」
説明すると言いながら説明になっていない。とにかく先を促す。
「今、ハレミアとウイスクは緊張状態にあります。戦争は避けられないでしょう」
「ああ、主戦場はメルギスになりそうだがな」
今、メルギスはウイスクに占領されている。亡命してきた王侯貴族の要請を受けて、第1ギルドがメルギス奪還の軍を編成しているところのはずだ。
普通に考えれば、メルギス周辺で戦闘になるのは間違いない。頑張れ第1ギルド。
「私はウイスクが勝利すると思っています。優秀な魔法使いを正規軍として組織している軍事国家ウイスクと、ギルドという体制をとって各魔法使いが各個人の意思で行動するハレミアでは差があります」
「それはそうだろうな」
各国で当然システムは違う訳だが、ハレミアは割と個人主義、自由主義なので、上位ギルドでも国のいう事を何でも聞くわけでは無い。現に第1ギルド以外は、金目的の奴しか戦争に参加しないはずだ。そいつらも命までかけて戦うかは怪しいな。
「仮に負けてもここまで死の危険が及ぶことは無いと思う。さっきの話と繋がらないが」
結局は敗戦しても、冷たい話をすればメルギスしか困らない。
メルギスへの介入も王侯貴族に恩を売っておきたいという政治的な判断なのだから、損害に見合った利がないと思えば手を引く、それがハレミアの立場のはずだが。
「……攻め込む立場だと思っているのが、ハレミアだけだとしたらどうしますか?」
「どういうことだ? ウイスクがハレミアに責めてくるという事か?」
「……」
オレの問いかけにアルトちゃんは黙ってしまった。
ウイスクが攻め込んでくるなど、それこそ相手にとって利の無い話だ。
いくらハレミアが個人主義でも、攻め込まれたら流石に一致団結して戦うだろう。そこまでして得たいものなど、ハレミアには無いはずだが。
お互いが直接戦争をする意味がない。それがハレミアとウイスクの立場のはずだ。
……いや、そもそもウイスクがメルギスに攻め込んだこと自体、不可解なのだ。もう一度不可解なことが起きるのではないか、アルトちゃんはそう思っている。
いや、思っている、のレベルではない。既に仕事まで辞めたのだから、何故だか確信を持っている。
「アルトちゃん、その根拠は……」
「……人が増えてきました。難しい話ができる雰囲気ではありませんね」
オレたちが座るテラス席の周辺に、他の客が入ってきている。戦争など頭の片隅にもなさそうな他の客のおしゃべりは確かに邪魔だな。
一旦カフェを出て、別の場所で話をすることにした。
*
なんとなく人が少ない方が話しやすいだろう。そう思いながら歩いていると、自然に路地裏の方に足が向く。
太陽の光が直接当たらないような道を歩きながら、話の続きをする。
「ヴァレリー様、死ぬのは怖くありませんか?」
「ん? 怖いに決まっているだろう、死という言葉を聞くだけでいつも漏らしそうになっている」
「……そうですか。では、何故危険な仕事をするのですか」
何だか話がそれいている気もするが、もしかしたらアルトちゃんの知っている情報につながるかもしれない。
ここは素直に答えるとしよう。
「ふっ、簡単なことだな、死ぬとは思っていないだけだ」
「……傲慢な考え方ですね、理解できませんよ」
……何故だか貶されてしまった。まあ、傲慢だと思われても仕方ない、オレが未来を知っていることなど誰も知らないからな。
まあ、『未来視』がどれほどの信頼性があるかは不明だが。それでも、誰かに認められるだけで自信が持てるのは間違いない。
「オレは自分に自信を持っている。自信を持って行動すれば、周りの人が認めてくれる。他人が認めてくれたという事実がまた自信につながるのだ。これがオレの天才論だ」
「……凄いですね、よくわからない理論なのに納得しそうになりますよ」
アルトちゃんはふっと鼻で笑うが、すぐに真顔になる。
「私とヴァレリー様は正反対ですね。私は誰にも認められたことはありません」
「……自虐なんて似合わないな」
「自虐ではありません、事実です。私にはヴァレリー様は眩し過ぎますよ」
「少なくともオレは認めているぞ。仕事は早いし、対応はスマートだ。さすが敏腕受付嬢だと、いつも感心していた」
「……はは、いつか適当に言った受付嬢が天職だという言葉、真実になりそうですね」
アルトちゃんは珍しく、嘲笑気味だが声を出して笑うと、ふっと遠い目をする。
その目に何が移っているのか、オレにはわからないな。
「……ヴァレリー様、大切な人を連れて、すぐに王都から逃げてください。もうすぐハレミアは戦場になります」
「何を根拠に戦争になると確信を持っているかは知らないが、逃げるなどありえないな」
別に飛びぬけて愛国心があるわけでは無いが、他の者を放っておいて逃げるなどありえない。
オレは未来を約束された天才なのだからな。天才に逃げは似合わない。
「貴方も優秀な方ならわかるでしょう、はっきり言って勝ち目はありませんよ。魔法とは相性です。そしてウイスクには貴方の"天敵"がいます」
「何故、ウイスクの魔法使いの情報を知っている?」
ウイスクの情報があるという事は、そこに彼女を悩ませる何かがあるに違いない。
彼女は何を知って、何に怯えているのか。それを聞きださないとこの話は進みそうにないな。
「……何も聞かずに、私の言葉を信じて逃げてください。私は口下手なんですよ」
「答えはノーだな」
「……わかりました」
アルトちゃんはそう言うと、懐をガサゴソとまさぐる。何かを取り出すと、それを握りオレに向かってきた。
「……! 危なっ!」
「貴方の魔法はわかっています。この木製のナイフには、毒が塗られています。触れるだけで1週間は動けません」
「……なんでこうなるのか」
まったく、折角のデートだと思ったら、本当に果たし状になりそうだ。
適当なことは言うものではないな。
どうしようかと思案しながら、ナイフを持つアルトちゃんと対峙することにした。