第118話 デートの誘い
オレはアリバイ工作の為、エミリアとともにギルド管理局へと来ていた。
「ん? 今日はアルトちゃんがいないな」
「本当ですね、窓口に誰もいません」
窓口に客がいないのはいつものことだが、どうやらちょっと席を外しているわけでは無く、休みのようだ。
いつも座っている場所を覗くと、今日はシャッターが閉じられている。
まあ、敏腕受付嬢も鉄人という訳ではないし、病気とかで休んでもおかしくはないが。
「御主人様、どうしますか?」
「仕方ない、他の窓口で依頼を受けよう」
依頼書の張り出された掲示板を眺め、手っ取り早くお金が稼げそうなやつを探す。
貴族の犬の散歩、報酬1万ベル。まあこれでいいか。
他の窓口は悲しいことに数人の客が並んでいる。仕方なく依頼書を持って、無駄な時間を待つことにする。
「次の方どうぞ〜。あれ、ヴァレリーさん?」
「久しぶりだな、アネットちゃん」
アルトちゃんがいる時は専らそっちの窓口を利用するが、稀に他を利用することもあるので他の受付嬢とも顔見知りではある。
ほんわかした人当たりの良さそうなアネットちゃんに挨拶をする。受付嬢は笑顔と物腰の柔らかさが大事だよな、やっぱり。
「依頼書の受付を頼む。……ところでアルトちゃんは休みか? 病気だったらお見舞いぐらい行くが」
「それが聞いてくださいよ、ヴァレリーさん! 昨日急に、仕事を辞めちゃったんですよ!」
「なっ!? 本当か……?」
驚いた、あまりにも突然すぎる。この前何か言おうとして、結局口を噤んだのはこの為だったのか?
「こっちはもうてんてこ舞いですよ! アルトってば、書類の整理は凄かったんですから! それが突然いなくなっちゃって……!」
書類の整理が凄い受付嬢というのも変な話だが、とにかく目の前の彼女も大変なようだ。
もう少し詳細を聞きたかったが、オレの後ろに並んだ奴らが無言の圧力をかけてくるので、とりあえず手続きだけをして離れることにした。
「御主人様、驚いていたみたいですけど何かあったんですか?」
「ああ、アルトちゃんが急に仕事を止めたらしい」
「へえ、何かあったんでしょうか? おうちの事情とか?」
オレの言葉にエミリアも心臓が止まるくらい驚くかと思ったが、反応はそんなに良くなかった。
……よく考えれば、エミリアは依頼を受けないしな、顔見知り程度だろう。
まあ、悩んでも仕方ない。まずは畜生どもの散歩を済ませて、あとでじっくり考察するとしよう。
*
「ふう、まさか30匹も散歩させられる羽目になるとはな」
オレは金貨1枚を親指で弾きながら、帰路についている途中だ。
まったく、貴族ってのは数が多ければいいと思っているから手に負えないな。
ペットはオレみたいに1つで良いのだ、しっかり愛情を注いでやれるからな。生首だけどな。
ギルドホームにたどり着くと、玄関を開ける。音に反応したのか、ステラがダカダカと足音を立てながら走ってきた。
「お兄様、お帰りなさいませ! お仕事はどうでしたか?」
「ああ、ただいま。当然、完璧にこなした」
金貨を1枚見せつけると、お小遣いとしてステラに渡す。
喜ぶステラの頭を撫で、ホームへと入っていく。一足先に帰らせていたエミリアは、夕食の準備を始めている最中のようだ。
「おかえり、フリード」
「おお、デット。留守を任せて悪かったな、問題は無かったか?」
「いや、それが……」
デットは既にメイド服を脱ぎ、いつもの痴女スタイルに戻っていた。建前上、様子は見ていないことになっているので、問いかけてみる。
「もう、最悪だったよ! お昼に焦げ焦げのパスタを出されたし!」
「ちょっと、それはばらさないでよ! 僕のイメージが崩れちゃう!」
デットの代わりにロゼリカが鼻息荒く話しかけてきた。どうやらオレたちが去った後、事件があったようだ。
どんなイメージを築いているつもりか知らないが、別に料理上手な印象は無いぞ。
「……仕方ないじゃん、火なんて焼き入れの時ぐらいしか使わないんだから。塩と砂糖を間違えるよりましだよ〜」
「なっ! フラウ、それは言わない約束ですわ!」
どうやらルイーズもお約束のボケをかましたようだ。顔を真っ赤にしてフラウに詰め寄っている。
そういえばこの前のステラとロゼリカの食事も碌なものじゃなかったな。
残念なことに、うちの子供たちの料理テクは壊滅的のようだな。
「今日、私はフリードの苦労が分かったよ」
「ふっ、そうだろう? いつもいつも手をかけさせてくれる、まあそれが楽しいわけだがな」
騒ぎ立てる子たちの喧騒をよそに、デットと話をする。大人2人の愚痴大会が始まろうとしたとき、デットの後ろからステラがタックルしてきた。
「ぐっ、ステラ……!」
「お兄様! デットさんのお話、面白いんですよ! 今日はずっと狩りのことを教えてもらっていました!」
ステラはデットの肩越しにオレに話しかけてくる。どうやら苦労だけでなく、進展もあったようだな。
ニコニコとするステラとやれやれと言った表情のデットの間に、遠慮は見えない。
「へえ、良かったな」
「はい! いろいろなものを狩りたくなりました!」
……怖いな。
「皆さん、そろそろ食事ができますよ! テーブルの上を片付けてください」
「はーい」
エミリアの声を聞き、ステラの勉強道具などを片付けていく。
どうやら今日も美味しく食事を楽しめそうだな。
*
「御主人様、玄関にこれが……」
「何だこれは?」
「帰ってきたときは無かったはずですけど、いつの間にか扉の隙間に挟まってました」
食事の後、3本目のワインを開けていたオレの元に、エミリアが封筒を持ってきた。
玄関の戸締りチェックをしているときに気付いたのだろう。
それを受け取ると、封筒に書かれた文字を読む。宛先はオレのようだが、差出人は書いていない。
だが、この文字は見覚えがある。癖のまったくない綺麗な字、これはアルトちゃんだな。
ぺりぺりと封を開け、早速中身を確認することにする。
「……!」
「御主人様、中身は何と?」
無言で目を通すと、明日会いたいという旨と、時間、場所が指定されていた。
まるで打ち合わせの予定を立てるかのような簡素な手紙だ。アルトちゃんらしいと言えばらしいな。
別に変なことが書いているわけでもなかったので、エミリアにもそれを見せる。
「明日の昼からアルトちゃんに会えそうだな。いろいろ聞いてみることにしよう」
「ご、御主人様! これってもしかして、で、デート……!?」
「……なんでそうなる。果たし状の方がまだ可能性が高いだろう」
エミリアは手紙を見て震えているが、勘違いも甚だしいな。
本当にデートなら今までにもチャンスはあったはずだからな。普通に考えれば、別れの挨拶と言ったところか。
「お兄様、デートって何ですかっ!?」
「ステラ、子供はもう寝なさい」
エミリアが騒ぐせいで、ステラまで参戦してきてしまった。まったく、面倒くさいぞ。
……だが、わざわざ手紙で呼び出すなんて、何があったのだろうか。
別れの挨拶なら、皆の前で行っても問題ないはずだが。落ち着いたタイプだがシャイなわけでは無いしな、むしろズケズケ皮肉を言うタイプだ。
まあ、その辺も含めて明日聞けばいいな。
耳元で騒ぐステラとエミリアを放置して、3本目のワインをグラスに注ぐことにした。