第117話 痴女メイド
「じゃーん! 見て見てフリード! またお金を稼いできた!」
仕事もなくホームでステラの勉強を見てやっていると、ロゼリカが嬉しそうに声をかけてきた。
机の上に小さな袋を置く。ジャラっとした金属音から中身が想像できる。
「……流石だな、ロゼリカ。偉いぞ、もう立派な大人だ」
オレが褒めると、更に嬉しそうな表情をする。
うちのギルドは本当にいい子ばかりだよな。お蔭でお金が浮いて、オレも毎日酒が飲める。
「お兄様、次はこっちを教えてください!」
「おっと、悪いな。どれどれ……」
ステラが割り込んできたので、今度はそっちを見てやる。やれやれ、体が1つじゃ足りないな。
数学の問題を、解き方だけ教えてやる。天才とは自分で考える力を持つ者のことだ、当然ステラにもそういう教育をしている。
「フリードさん、今時間ある? 材料が無くなっちゃったから鉄板が欲しいんだけど……」
「フリード様、私の銀のブローチが壊れてしまいましたわ。ちょっと直して頂けません?」
ああ、もう。仕事が無くてもこんなに忙しいとは。戦争に行っている場合ではないな。
*
「フリード、大変そうだな」
「ああ、今日はいつにも増して呼び止められている。……デットやエミリアは手がかからないから助かっているぞ」
一旦休憩して、エミリアの入れてくれたコーヒーで一服していると、デットが話しかけてきた。
オレの対面に座り、テーブルに肘をつく。
「私ももう少し力になってやりたいが、あの子たちは皆フリードの事ばっかりだからな」
……まあ、痴女には声をかけ辛いだろうからな。
冗談はさておき、確かにあまりデットは絡まれていないな。何か困りごとがあれば大抵はオレが呼び出されるし、そうでないときはエミリアが対応することが多い。
一応我がギルドの最年長はデットなんだがな。半裸だけど、最年長だ。
「ときにデット君、最後にロゼリカやフラウと話したのはいつだね?」
「何だその口調……。1週間前、ロゼリカにお前の場所を聞かれたな」
「……フラウとは?」
「2週間ほど前、お前の場所を聞かれた」
……行き先表示板かよ。ほとんど人間扱いされてないぞ。
これは由々しき事態だ。デットと他のメンバーは、言うなれば友達の友達状態。オレという存在を介して繋がっているだけのほっそい関係性という事か。
見た目がアレなだけで、デットは優しいし仕事もできる気配り上手なクールビューティーだ。ここは1つ、仲良くなれるように作戦を考えるとするか。
*
「な、なぜ私がそんなことをしなければならないんだ!?」
「気持ちはわかる。だがこれは業務命令なのでな」
「だからと言って、め、メイド服を着るなんて……! 目立って仕方がないじゃないか!」
オレはデットに命令を下す。その命令とは、一日メイド長だ。
エミリアとオレは急な仕事で、一日ホームを留守にするという設定だ。
家事は残され、オレは不在。おろおろする子供たちの前に、お姉さんメイドの登場、という訳だ。
痴女の意外な一面に、子供たちはデットのことを見直すであろう。
「しっかり頼んだぞ。決行は明日だ」
「くっ……! わかった、努力しよう……」
「済みません、エルデット様……」
大人3人の密談は終わりだ。明日を楽しみにするとしよう。
*
「おはようございます! ……あれ、お兄様は?」
「エミリアさんもいませんわね」
翌朝。子供たちは早速違和感を覚えたようだ。キッチンで食事の準備をしているエミリアもいなければ、朝からワインを飲んでいるオレの姿もない。
そのオレとエミリアはというと、庭の方からこっそり窓を覗いている。今日はしっかり監視させてもらうぞ。
「見て、フリードさんの書置きがあるよ。なになに、急な仕事が入ったから一日だけ留守にする、だって。エミリアさんも一緒みたい」
「じゃあ、食事もないってこと?」
子供たちは困惑しているようだ。大黒柱が2本もなくなった状態なのだから仕方ないが。
「安心しろ、お、お前たち……! 今日は私が家事をやるよう頼まれた」
「エルデットさん……!? なに、その恰好!」
ここで満を持してデットの登場だ。
……だが、何故かメイド服がエミリアの来ている奴と違うぞ。
落ち着いたロングスカートタイプではなく、セパレートタイプというのか、上下が分離しておりヘソが丸出しになっている。
そでの部分もしっかりカットされており、脇もしっかり見えるようになっている。
この服を一晩で準備するとは、恐ろしい女だ……!
「よし、じゃあ朝食の準備をするぞ」
「う、うん……」
子供たちは席についておとなしく待っている。表情は心配というより、むしろ警戒の方が近いな。
移動してキッチンが見える位置に行くと、デットが作ろうとしているのはベーコンエッグのようだ。
「熱っ、熱っ!」
……おへそ丸出しのせいで、油跳ねで熱がっている。キッチンではちゃんとエプロンをしましょう。
だが、肝心の手際はなかなかのもので、軽やかにフライパンを操り食事の準備をこなす。
「加熱時間も良いですし、塩と胡椒の配分も完璧です……!」
エミリアが評論家のようなことを言い出した。毎日食事の準備をしている彼女が言うのだ、腕前は間違いないようだな。
……見てたら何だかオレも腹が減ってきてしまった。
「……! 美味しいです!」
「本当だ、とても美味しいよ!」
さっきまで警戒していた子供たちも、一口味わった瞬間、活気を取り戻した。
まずは第一関門突破と言ったところか。オレはデットに、サムズアップを送る。デットの魔法ならオレのサインに気付いているだろう。
*
「うーん、うーん……」
朝食の後、今日は学園が休みなのでステラが勉強をしている。いつもだったらわからないことがあればすぐオレに聞いてくるが、今日はそうはいかない。
「どうした、わからないところがあるのか?」
「あっ、デットさん。ちょっとここが……」
見かねたデットが声をかけている。ステラは素直に質問するが、デットで答えられるのだろうか?
……いや、馬鹿にしているわけでは無いぞ。
「これは見方を変えるんだ。こっちから、こう……」
「わ、本当だ、簡単に解けました!」
どうやら無事解決したようだ。意外や意外、ただの痴女ではないようだな。
「へえ、エルデットも学園に通ってたの?」
「いや、父親が私に勉強を教えてくれたんだ。厳しかったけど役に立つことばかりだし、今では感謝してる」
「私にもわかります、その気持ち!」
何だか和やかな雰囲気になっている。良いぞ、実に良い。
「おっと、そろそろ昼食の準備を始めないとな」
「エルデットさん、お昼は僕たちに任せてよ!」
「私も大人ですもの、昼食ぐらいお安い御用ですわ!」
立ち上がりかけたデットを制して、フラウとルイーズが声をかける。どうやら2人も刺激されて、自分から行動してくれる気になったようだ。
2人でキッチンに立ち、昼食の準備を始めている。
「……なんだ、オレが居なくても全然問題ないではないか」
なんだか嬉しいような、寂しいような。そんなおセンチメンタルな気持ちになってしまう。
「皆、御主人様のおかげで立派に成長してるってことですよ!」
「そうだな、これで戦争に行っても大丈夫そうだ」
「……御主人様、やっぱり決意は揺らがないんですね」
エミリアがまた心配そうな顔をする。だが、目の前で楽しそうに過ごすメンバーを見たら、オレも頑張らないとという気持ちが強まったのだから仕方がない。
再び窓に目をやると、昼食を待つデットとステラ、ロゼリカが楽しそうに談笑を始めていた。
もう作戦は成功と言ってもいいな。
「よし、エミリア、もう離れようか。建前は仕事で不在なのだから、少しぐらいお金を稼いでアリバイを作っておこう」
「……そうですね」
最後にもう一度、デットにサムズアップを送る。デットも背中越しにサインを返してくれた。