第115話 動く日常
オレは第1ギルドが所有する厩舎で、馬のお世話をしていた。
「よし、床もきれいになったぞ。どうだ、快適か?」
床の掃き掃除も終わり、馬の体をペチペチと叩いてみる。馬はこっちに見向きもせず、牧草をもしゃもしゃと咀嚼している。
なぜオレがこんなことをしているかというと、先日のシャオフーとのダンスの一件が関係している。
先日けしかけられたダンスバトルは、ルイーズが足をくじいてしまいダンスができなかったため、当然オレたちの不戦勝となった。
だが、シャオフーたちが納得しなかったため、妥協案としてオレが馬の世話をすることになったのである。
大人の対応として、負けを認めて罰ゲームを受けてやることにしたという訳だな。
「お手! おかわり! ……よし、いい子だ。人参をお食べ」
「……何をやっているんだ」
掃除も終わったので人参をエサに馬にお手を教えていると、後ろから声をかけられた。振り向くと、第1ギルドのうさ耳少女、シェレミーが立っている。
「見ればわかるだろう、馬に芸を仕込んでいるんだ」
「勝手に人の馬に仕込むな!」
「朝からそう怒るな。人参でも食うか? うさぎだから好きだろう?」
「完全に馬鹿にしてるだろ!」
オレはシェレミーに新しい人参を差し出すが、拒否されてしまった。仕方なくそれも馬に食わせる。
「それで、何の用だ? 忙しいから邪魔するなら帰ってもらえるか?」
「……ここは私たちの厩舎だぞ。今から王都を出るから馬を出してくれ」
うさぎなんだから走っていけばいいのに。そう思いつつも、柵を外し馬を引っ張り出してやる。
「それにしても今日は忙しそうだな。朝から何人も馬でどこかに出かけていったぞ」
「我々は第1ギルドだからな、忙しくて当然だ」
まだ朝は9時ごろだというのに、ひっきりなしに第1ギルドの奴らが馬を借りていったので、今日は10頭ほどいる馬のほとんどは出払っている。
お互い顔も名前も知らないので、第1ギルドのほとんどの奴らはオレを新しい馬の世話係だと思っているだろう。
「へえ、何の仕事だ? 人参をやるから教えてくれ」
「いらないし教えない」
「そう言うな、教えるまで馬には乗せないぞ」
「何でそっちの方が偉そうなんだ! ……今からメルギスで情報収集だ、それ以上は言えない」
時間に追われているのだろう、それだけ言うとオレから手綱を奪い、馬で飛び出していった。
メルギスと聞くと、妖精島を奪い去ろうとした奴らのことが頭に浮かぶ。
……他国に用事とは、何だろうな?
考えても現時点では答えも出なさそうなので、馬の世話を切り上げ今日の所は帰ることにした。
「……お前も行くか?」
1頭だけ残った馬がつぶらな瞳でこちらを見つめている。可哀想だし、散歩がてら連れていくとするか。
背中に飛び乗ると、かっぽかっぽと音をたて歩き始めた。
*
「む? おい、ハンス!」
「おお、フリード殿か。……何故馬に乗っている?」
自分のホームへ戻っていると、久しぶりに王都の衛兵隊長の姿を見かけたので声をかけてみる。部下を引き連れてやや忙しそうにしている様子だったが、オレの声に反応し足を止めた。
「ちょっと馬の散歩だ。そっちは何かの仕事か?」
「ああ、だがオレ自身の仕事ではない。これから軍をメルギスに派遣するため、我々の隊からも人をだせとの命令でな」
またメルギスか。この雰囲気は以前にも味わったことがある、あれはサリアとの戦争の時だったな。
まだ1年ほどしかたっていないのにまた戦争などと、あまり考えたくはないがな。
「どうやら、メルギスが大国ウイスクによって攻め込まれたらしい。先日メルギスの王族や貴族が亡命してきたとか」
「……? メルギスとウイスクは同盟関係だったはずだが」
「細かいことはオレにもわからん。そういう訳で今は忙しい、また暇なときに話をしよう」
あまり時間を取らせても迷惑だな。手短に話を終わらせると、早歩きで去っていくハンスの後ろ姿を見送る。
オレも再び動き始め、ホームへ向かい馬を走らせた。
*
「御主人様、どうしたんですかその馬?」
「おお、エミリア、今買い物の帰りか?」
もうすぐホームにつくかというところで今度はエミリアと遭遇した。手には食材の入った籠を持っているようだ。
馬から降りて、エミリアと並んで歩くことにする。
「今日は他の馬がほとんど出払ってな。1頭だけ残すのも可哀想だから連れてきてみた」
「……あとでちゃんと返しに行かないとだめですよ?」
自分の足で歩き始めてほんの数分でホームへとたどり着いた。一旦馬を入り口につないでおく。
後でステラに見せて喜ばせた後、厩舎に返しに行くとしよう。
「それにしても、今日は何だか街が騒がしい気がしました」
「それは気のせいじゃないな。サリアの時と同じ、戦争の雰囲気だ。ハンスや第1ギルドの奴らが口々に言っていた」
「戦争……。御主人様はどう考えているんですか?」
エミリアがオレの顔を真っ直ぐに見つめて問いかける。これは暗に、戦争のような危険なことに首を突っ込むつもりか? と言いたいのだろう。
「さあな。オレも戦争が好きなわけじゃないし、穏便に済めばそれが一番だが」
「そうですよね、やっぱり平和が一番ですよね!」
「いや、その顔は首を突っ込む気だろ」
一旦エミリアが安心しかけたが、ホームで弓の整備をしていたデットが水を差す。痴女なのになかなかどうして鋭い女だ。
まあ、積極的に関与するつもりは無いが、ぼけっと平和を貪るつもりもないのは事実だ。
前線で戦っている人がいるおかげで得られる平和は真実なのか? それが俺の気持ちだ。
「……一応ギルド管理局で依頼を確認するつもりだ。後方支援部隊など、あまり危険じゃない仕事ならいいだろう?」
「サリア戦争の時もそう言ってましたけど……」
「お兄様、玄関に馬がいます!」
エミリアが小言を言おうとしたとき、ちょうどステラが学園から帰ってきた。
元気な声で小言をかき消す。ナイスだ、我が妹よ。
「おかえり、ステラ。ちょっと第1ギルドから借りてきたんだ。1人で乗るのは初めてだろう、乗ってみるか?」
「ちょっと、御主人様!」
エミリアを遮り、嬉しそうな声を上げるステラと玄関へ向かう。
悩んだって仕方がない。今ぐらいは平和を味わってもいいだろう。
争いは避けられないし、首を突っ込むのも避けられないのだからな。
*
「お久しぶりでーす、アーカイン様」
「……ピエーリオか。聞いたぞ、無事メルギスの"竜の爪"も回収できたようだな」
どこかにある、竜を祀る禍々しい建物。
その中で、小さなろうそくの火を頼りに2人の男が話をしている。
「喜んでいただき恐悦至極。それで、次の行動だけど……」
「口に気をつけろ、ピエーリオ」
飄々と話すピエーリオの言葉遣いを、影の中から現れた男がたしなめる。
「良い、ユリアン。今日の我は珍しく機嫌がよい」
「許していただき感謝感激。そんなアーカイン様をもっと喜ばせたくて、今度はハレミア強襲を考えています」
「……! おい、ハレミアはオレの獲物だ」
ピエーリオの意見にユリアンが難色を示す。ハレミア担当の彼は聞き捨てならなかったようだ。
「そう言うなよ、ユリアン君? 別に君の仕事を取ろうと思ってないさ。でも、害虫は少ない方が楽だろう? 共倒れならもっと楽だ」
ピエーリオはユリアンの言葉を聞き流し、発言を続ける。
「いいだろう、やってみよピエーリオ。もう時間も少ない」
「だって。アーカイン様はこう仰ってるけどどうする、ユリアン君?」
「……勝手にしろ」
苦々しく言い放つユリアンを鼻で笑うと、リュートを鳴らしながら神殿を後にした。
「気を悪くするな、ユリアン。竜の体を無事に回収できたのは全てお前のお蔭だ」
「……有難きお言葉」
ユリアンもアーカインに頭を下げると、影の中に溶け込んでいった。