第113話 ダンスバトルは唐突に
週末の舞踏会に向けて、オレとルイーズはダンスの練習を始めていた。
「……言うだけのことはありますわね」
「ふっ、当然だ。オレは学園の首席卒業生だからな」
「学園にダンスの実習は無かったと思いますけど」
外野からの野次を受け流しつつ、練習を続ける。
しかし、身長差を靴で補ったものの、歩幅は誤魔化しきれないし、慣れないヒールのせいかステップもぎこちなく感じる。
「ルイーズ、大丈夫か? 足取りがおぼついてないぞ」
「心配ご無用ですわ」
本人がそういうのなら、それ以上は聞かないでおくとしよう。子供じゃないのだから辛くなったら言ってくるだろう。
できるだけこちらに体重を預けるように手を貸しつつ、2時間ほど練習を続けた。
*
ついにやってきた、週末の舞踏会。
今宵、貴族のボンボンどもは本物の天才を目の当たりにするだろう。
「お兄様、格好いいです!」
「当然だ、できる男は内面が見た目に出てしまうからな」
オレの姿を見て、ステラが声を上げる。
本日のオレは練習の時と違い、赤髪をしっかりオールバックにまとめている。これがオレのフォーマルスタイルだ。天才感、3割増しと言ったところか。
「準備できましたわ」
「おお、なかなか華麗だな」
ルイーズも着替え終わったようで、2階の部屋から降りてきた。練習の時と同じようなピンクのドレスだが、腕にピンクのひらひらが追加されている。
「……それだけですの?」
「ふむ、少女のような可愛さだけではなくセクシーさも兼ね備えたドレスはまるで花開く前の蕾のよう。それでいてしっとりとして濃厚な味わいは……」
「もう、適当な誉め言葉なら言わない方がマシですわ!」
どうやらお気に召さなかったようだ。
茶番は終わりだ、もう既に外では馬車が待機している、とっとと向かうとしよう。
「行ってらっしゃいませ、御主人様!」
「ああ、今夜は夕食は要らないぞ」
玄関でメイドに見送られながら、出発することにした。
「ルイーズ、一応聞いておくが貴族に知り合いはいるのか?」
「……顔を知っている者なら何人かいますわ。友人というほどの者ではないですけれど」
やれやれ、何人ほど舞踏会に集まるのかは知らないが、アウェーになりそうだな。
会場は中心街からさほど離れておらず、10分もかからないぐらいで到着した。ホールのような場所だが、オレには縁がない所だな。
受付で招待状を見せ、中に入っていく。まだ開始にはしばらく時間があるはずだが、既にそこそこ人が集まっているようだ。
周囲には白いクロスの掛けられたテーブルが並び、中心はダンスの為にスペースが開けられている。
「おっ、酒があるぞ」
「もう、いっつもそれですわ!」
テーブルの上にはグラスが並べられている。まだ封は開けられていないが、恐らく機を見てグラスにワインが注がれるのだろう。
軽食も出るらしいので、楽しみにしておくとしよう。
「それで、酒とダンス以外には何をするんだ?」
「……わかりませんわ」
「ふっ、貴族の自覚が足りないな」
オレの腕が勝手に動き出し、ほっぺをつねる。魔法で無言の抗議という事か。
ルイーズは参考にならないことが分かったので、周囲の貴族どもの様子を伺う。当然と言えば当然だが、うふふおほほと談笑しているようだ。
忘れかけていたが、貴族の評価もギルドのランクを上げるには不可欠だ。隙を見て顔見知りぐらいになれると今後の役に立つかもな。
「こんにちわ、フリード様、ルイーズ様」
「これはこれは、えーと、トロトロ……」
「コートニー・トロロープさんですわよ、フリード様!」
この子は以前依頼を受けた子だったな。我が友人に告白して撃沈したコートニーちゃんは、白いドレスを着てオレたちに話しかけてきた。
やっぱり人脈って大事だな、折角見つけた顔見知りなのでこの子から情報を聞くとしよう。
「私としたことがお恥ずかしい、お2人が舞踏会に来ているなんて今まで知りませんでしたの」
「いや、オレたちは今回が初参加だからな。コートニーちゃんはよく来るのか?」
「ええ、貴族の嗜みとして、できる限り参加させていただいていますの」
「そうか、立派な心掛けだな」
貴族には貴族としての立ち振る舞いがあるという事だな。金も地位も使い方次第なので、見識や人脈を広げるのは悪いことではない。
親心としては、ルイーズにも人脈を広げてもらいたいところだな。他の子と違ってルイーズの周りに集まるのは、ギルドメンバーを除くとファンクラブ会員の小太りのおっさんばかりだからな。
同世代の友人を作って欲しい、これがオレの願いなのであります。
「ちなみに、貴族以外の人間はいるのか?」
「はい、音楽家や芸術家など、その分野で地位を築いた方々もお見えになってますの」
「なるほど……。わかった、ありがとう」
適当に情報を得たところで、一旦コートニーちゃんと別れることにした。失恋したばっかりでパートナーも当然いないだろう、あんまり時間を奪っては可哀想だ。
オレはルイーズに手を差し出す。ルイーズはその手を取ろうとするが、一旦停止し、オレの肘に手を絡めてきた。
当然、手を繋ぐより体が密着する。
「こちらの方が良いですわ」
ルイーズをエスコートしながら、会場を歩くことにした。知り合いはいないだろうが、ルイーズと同世代の子がいれば話しかけてみるとしよう。
「あっ、お前、どうしてここにいるニャ!」
「……おやおや、会場を間違えたのかな? 仮装ガールズがいるぞ」
オレの目の前には、毎度おなじみの第1ギルドコスプレ部隊が姿を現していた。
失念していたが、そういえばこいつらは幹部連中が貴族中心だと聞いたことがある。
この豹柄少女もうさ耳少女も貴族だったという事か、人は見かけによらないな。
「誰が仮装ガールズだニャ!」
「ピーピー囀るな。我々は常に落ち着くべきだ、貴族なのだからな」
「……フリード様は貴族じゃありませんわよ」
豹柄の耳をピクピク動かしながら、シャオフーが威嚇してくる。やれやれ、血気盛んなことで。
彼女たちの後ろをちらりと見ると、コスプレ部隊の知り合いらしきものがこちらを見ている。第1ギルドのメンバーか、それとも支援者か……。
「何故お前がここにいる、貴族じゃないはずだろ!」
「シェレミー君、寝食をともにした仲間ではないか、邪険にするな」
「気安く呼ぶな!」
うさ耳少女が突っかかってくる。久しぶりにあった気がするが、まったくうるさい奴だ。
「ふん、そんなかっこいい姿で擬態しても、この私の眼は誤魔化せないニャ! どうせ、酒でも飲みに来たんだろう!」
「馬鹿を言うな、オレたちはダンスがメインに決まっている。今夜お前たちは思い知るだろう、いかに今までの自分たちのダンスがおままごとだったのかをな」
「ほーう、大した自身だニャ! いいだろう、今夜のダンス、どちらが上か勝負だニャ! 負けたら何でも言う事を聞いてもらうってのはどうニャ?」
「そうだな、じゃあ肩を揉んでくれ」
「はいニャ! ……って、まだ負けてないニャ、先に命令すなっ!」
やれやれ、オレに勝負を挑むとは余りにも自殺行為。第1ギルドの鼻、ボキボキに折ってやるとしよう。
「ちょっと、そんな約束をして大丈夫ですの?」
「安心しろ、オレは敗北を知らない男だ。それとも、負けるとでも思っているのか?」
「そっ、そんなことありませんわ! 私はハレミア侯爵家の1つ、リシャール家の一人娘、勝利だけが似合うレディーですわ!」
少し焚きつけてやると、ルイーズもやる気になってきたようだ。ここで目立てばルイーズのことも知れ渡って、少しは顔見知りもできるかもな。
「ふん、シャオフー隊長はコンウォール公爵家のお嬢様だ、貴様らに勝ち目はない!」
……実は格上だったようだが関係ない、貴族は平民の手によって倒されるものなのだからな。
会場にはどんどん人が入ってきたようだ。騒がしくなってきた周囲の雰囲気とともに、オレの闘志もボルテージが上がってきた。