第112話 ルイーズのお願い
オレはルイーズと一緒に、彼女の実家へと向かっていた。
「それにしても、どういう風の吹き回しですの? 私の家の掃除をするだなんて」
「最近ルイーズも頑張ってるからな。オレは驚いたぞ、まさかお嬢様のお前が体を張ってお金を稼いでくれるなんてな」
「ふ、ふんっ、そのぐらい当然ですわ! 私は侯爵家の娘ですもの!」
今回の目的はルイーズの言った通り、掃除の手伝いだ。
彼女は今でも定期的に腕相撲大会を開き、ギルドの為にお金稼ぎをしている。
……彼女自身は気付いていないが、最近は力自慢よりもモテないおっさんが集まっている。
最近はちょっと名も売れてきており、非公式ファンクラブまで出来ている始末だ。もはや実情は握手会なのは間違いない、実際黙っていれば美少女だしな。
いつも頑張って握手会をしているルイーズ。今回の掃除は、そのお礼の気持ちという事だな。
話をしていると、ルイーズの実家に到着した。相変わらず立派な建物だが、最近は使われておらず少々勿体なく感じる。
「おいおい、ポストに手紙が溢れているぞ」
玄関に取り付けられたオシャレなポストには、入りきらなかったであろう手紙がはみ出していた。
不用心だな、盗まれてしまうぞ。
「どうせほとんどお父様宛の手紙ですわ」
「もしかしたらそのお父様からお前宛の手紙があるかもしれないぞ。掃除はオレ1人で十分だから目を通しておくといい」
大量の手紙を抱え、建物内に入る。ルイーズは適当に椅子に座って、手紙を確認し始めた。オレもしっかり働くとしよう。
……まったく、何故部屋は使わなくても埃が溜まるのだろうか。窓や床にたまった埃を払いつつ、しっかり絞った布で拭き掃除をしていく。
誰も使っていない建物の為、整理整頓自体はちゃんとされている。掃除自体は楽に終わりそうだな。
*
「よし、ピカピカになったぞ。これは新品同様、いや、もはや新品以上か……?」
約2時間ほどで、掃除は終わった。
自分の仕事の完璧さに惚れ惚れしながら、ルイーズの近くに寄る。どうやらまだ手紙を確認しているようで、じっと両手で持った紙を見つめている。
「どうした、熱心に見つめて。面白いものでもあったか?」
「……いえ、何でもありませんわ」
ルイーズはそう言うと、手紙を丁寧に折り畳み直し、それが入っていたであろう便箋に戻す。
だが、途中でぴたりと動きが止まった。少し悩んだ表情を見せながら、オレの方を見る。
「なんだ、何か言いたいことがあるのか?」
「フリード様、私へのお礼なら掃除じゃなくて、別にお願いしたいことができましたわ」
「……もう掃除は終わったが」
お願いしたいこととは何だろうか。手紙が関係してそうだが。
まあ、この天才が掃除ごときでお礼というのもつまらないな。もう1つばかり、お願いを聞いてやるとするか。
*
「うわっ、フリード! どうしたの、その恰好!?」
「お兄様、格好いいです!」
オレはルイーズと一旦ギルドホームに帰り、燕尾服を引っ張り出してそれに着替えていた。
見慣れぬ姿を見て、ロゼリカとステラが声を上げる。
「どうだ、ばっちり決まっているだろう? 舞踏会の為に服をチェックしているところだ」
ルイーズのお願い。それは貴族が集まる舞踏会、いわゆるダンスパーティーのパートナー役だった。
さっき実家で熱心に見ていた手紙は招待状であり、舞踏会は今週末に開催されるようだ。
聞くところによると、年に数回定期開催されているが、今までは興味が無くて出ていなかったらしい。
……オレの予想では、知り合いがいないから出たくても出れなかったのだと思うが。
ともかく、今回はオレと一緒に出たいという事らしい。
「……いいんですか? 貴族の舞踏会なんかに参加しても。御主人様は貴族じゃありませんけど」
「ふん、天才と貴族、どっちが上だと思う? 答えを聞くまでもない、当然オレだ」
「そうでしょうか……?」
親の財産で不自由ない暮らしをしている奴らにオレが負けるはずがない。格が違うのだよ、格が。
「貴族の舞踏会、私も行ってみたいです!」
「ふっ、ステラ、諦めるんだな。お前にはまだ気品が足りない、もう少し成長して"レデー"になるのを待つんだ」
「むぅ〜」
「そうむくれるな。それに舞踏会なんて期待するほど良い感じの雰囲気じゃないぞ」
ぷくーっと膨らむステラのほっぺをつつくと、口から空気が漏れた。頭を撫でて不満を誤魔化してやる。
オレが思うに、恐らく舞踏会は、貴族が他の貴族を見定める場所でもあると思う。
『あらあら、何ですのその醜いパートナーは! ゴブリンと踊っているかと思いましたわ』
『まあ、そういうあなたも、ボロボロの安物の服でダンスだなんて! 雑巾を着た方がマシですことよ』
……とまあ、こんな感じでマウントを取り合う会話が繰り広げられるに違いない。
「準備はできまして?」
ステラたちと話をしていると、オレと同じように着替えをしていたルイーズが部屋から出てきた。
いつもの動きやすいドレスから、ふんわりとした高級そうなドレスに変貌している。
やや桃色がかったドレスは背中ががっつりオープンになっているようで、可愛さと美しさを併せ持っている。
「ああ、こっちは準備バッチリだ」
「ふうん……」
ルイーズは値踏みするように、オレの姿を上から下までじろじろ見る。なんだか初めて会った頃を思い出すな。
「服装は後でも変更できる。とりあえずダンスの練習を始めよう」
「そうですわね。ところでダンスの経験はありますの?」
「この天才にできないことは無い。無論、ダンスも神域に達する」
疑いの眼を向けるルイーズを無視して、腰を抱き寄せる。実際に動きを見せて説得してやるとしよう。
「……おい、身長差がありすぎるぞ」
これは参ったな。オレが膝を曲げないとうまく腰に手を回せない。
ルイーズは同世代と比べても小柄な方だろう。それに対してオレは背は高い方だ。
結果的に頭1から1.5個は差がついてしまっている、これではダンスが不格好だ。
「背が低いぞ、もっと成長しろ」
「なっ!? ふ、フリード様がでかすぎるのですわ、もう少し縮みなさい!」
「それもそうだな。ステラ、地下室からのこぎりを持ってきてくれ、今から足を切り落とす」
「ええっ!?」
素直なステラは、オレのブラックジョークを聞いて本当にのこぎりを持ってくるかどうか、おろおろと迷っている。
まったく可愛い奴だ。
「……冗談はいいですわ。ちょっとお待ちくださいな、一番ヒールの高い靴に履き替えてきますわ」
結局現実的な解決策に落ち着きそうだ。ルイーズはドレスの裾を持って、小走りで部屋に戻っていった。
しばらく待っていると、ゆっくりとした足取りで戻ってくる。
「これで踊りますわ」
「……大丈夫か?」
「ちょっ、めくらないでくださいませ!」
オレはルイーズがどんな奴を履いてきたか確認するため、ドレスの裾をピラッとめくる。
……これは、かなり無理をしてそうだな。ほとんどつま先立ちになる高さのヒールを履いている。
オレは女の靴に詳しくないが、間違いなく激しく動くのには適していないと思う。本当にこれでダンスできるのか?
「もうっ、全く問題ありませんわ……きゃっ!」
「おいおい……。気をつけろ、身長を合わせた結果ダンスができなければ本末転倒だぞ」
……転倒だけにな。おっと、天才ジョークが出てしまったな。
オレはこけそうになったルイーズの体を支えると、腰をしっかりホールドする。これぐらいの身長差なら何とかなりそうだな。
「よし、とにかく練習を始めようか。倒れそうになったらオレの体を支えに使うといい」
「わかりましたわ。ちゃんとリードしてくださいませ」
やっとダンスの練習が始められそうだな。
オレは片手で肩甲骨の辺りを支え、もう片手を彼女の手と合わせる。
「行くぞ。1、2、3……1、2、3」
音楽もないが、言葉頼りに2人でステップを踏み始めた。