第107話 女性に感謝
「久しぶりだな、アルトちゃん!」
「これはヴァレリー様、おはようございます。ビストリアはどうでしたか?」
「最高だったよ、飯は美味くて安いしな」
オレは久しぶりにギルド管理局へと足を運んでいた。
昨夜ビストリアから帰ってきたところだが、だいぶお金を消費してしまったので、今日からまた仕事に追われる日々だ。
「そうだ、アルトちゃん。お土産も持ってきたぞ」
「……これは何ですか?」
受付嬢の目の前にドンとお土産を置く。片手で持つにはちょっと苦しいほどのサイズ感と重さだ。
「これは岩塩だ。食べ物なら消費できるから邪魔にならないと思ってな、削って使うといい」
「流石ですね、ヴァレリー様。常人ではこれをお土産にしようとは考えつきませんよ」
「ふっ、そう褒めるな」
この岩塩はビストリア王子フェリペからの貰い物の1つだ。
こちらへ帰ってくる際、お土産を用意してやると言った王子は、馬車3台分の食料品を渡してくれた。
お陰様で地下室のワインセラーは一時的に食糧庫になってしまっている。
「という訳で、仕事を頂きたいと思うのだが?」
「ご安心ください、ヴァレリー様不在の間もルールは変わっていませんので掲示板に情報がありますよ」
結局は自分で見て探せという事か。仕方ないので掲示板の方へ向かい、新しい仕事は無いか探すことにした。
*
「御主人様、お帰りなさいませ。お仕事はどうでしたか」
「貴族の犬の散歩代行で5万ベル稼いできたぞ」
相も変わらず世界は平和のようだ。大犯罪者はほとんどおらず、寂しい仕事をこなしただけであった。
オレが椅子に座ると、メイドがさっとコーヒーを準備してくれた。このコーヒー豆もお土産として貰ったもので、いつも以上に薫りに深みがある。
「もう少し犯罪者が溢れかえってくれないと仕事がないな」
「御主人様、正義の味方が犯罪者を望んではいけませんよ」
「正義の味方ねえ……」
エミリアと話をしながらコーヒーを啜っていると、ギルドホームが地震が起きたかのようにわずかに揺れた。
……これは地下室で何かあったに違いない。
「おい、フラウ! 大丈夫か?」
「あっ、フリードさん。……ちょっと火薬の調合を間違えちゃった」
地下室を覗くと、フラウが頭を掻きながら恥ずかしそうに笑っていた。
フラウの色素の薄い髪と肌が煤けてしまっている。現状地下室の半分を占領している食糧の山にも煤が付着したようだ。
どうやらちょっとした爆発を起こしてしまったようだな。
「ごめんなさい、折角もらったお土産も汚れちゃった」
「そんなことはどうでもいい。怪我はないか、きれいな肌が汚れてしまっているぞ」
オレはフラウに近づき、頬に付いた汚れを服の袖で拭ってやる。一応は客なのだから丁重に扱ってやらないとな。
「う、ありがとう……」
「髪も汚れてしまってるな。服も洗わないとだし、風呂の準備をしよう」
「そんな! 僕の為にそこまでしないでも大丈夫だよ!」
フラウは遠慮するが、目でエミリアを促し準備をしてもらう。うら若き女の子が遠慮をしてはいけませんな。
背中を押して地下室を出ると、無理やりお風呂に入れることにした。
*
風呂の準備が終わり、中からは水音が聞こえている。
……風呂の面積が広いと水がもったいなく感じるな、あとでオレも入ろうか。
「御主人様、私は服を洗ってあげますね」
「悪いな、頼む」
流石に男に服を現れるのは抵抗があるだろう。優秀なメイドに洗濯をお願いする。
エミリアが服を持って移動しようとしたところで、服から何かが落下した。
「おい、何か落ちたぞ」
「これは、石ころですか?」
「いや、見覚えがあるな。これはフラウの姉の魔法だ」
フーリオールで使っているのを見たことがあるし、実際に使ったこともある。遠くの人と会話ができる『耳打石』という魔法だ。
拾って服の中に戻そうとしたところで、音がしていることに気付いた。耳に当て、それを聞いてみる。
『フラウ、聞こえるか? 私だ』
「その声はフラウの姉のシビルだな。フリードだ、久しぶりだな」
『……? フラウはどうした』
「今お風呂中だ。あとで連絡があったと伝えようか?」
『いや、大した用事ではない。明後日の誕生日に間に合うようにプレゼントを贈ったから受け取るように伝えてくれ』
……!? なんだと、誕生日……!
「分かった、伝えておこう」
了承を伝え、会話を終える。まさかもうすぐ誕生日だったとはな。
「御主人様、シビル様はなんと?」
「明後日がフラウの誕生日だからプレゼントをこちらに送ってきているようだ」
「誕生日ですか! これは私たちもお祝いしなくちゃですね!」
「そうだな。……ちなみにエミリアの誕生日はいつなんだ?」
「私ですか? 先月ですよ」
「なっ! 先月だと……?」
「20歳を超えるとあんまり嬉しいものでもないですけどね」
エミリアは頬に指をあてながら答える。
しまったな。ここにきて、自分がギルドメンバーのことを何も知らないことが浮き彫りになっている。
いつも支えて貰っているし、つい最近もビストリアの旅行に付き合わせてしまったばかりだ。
ここはしばらく腰を落ち着けて、身内へのファミリー感謝期間を設けるとしようか。
「御主人様、どうしたんですか?」
「いや、明後日の誕生日、盛大に祝ってやるとしよう」
「はい!」
*
「ふーむ、やはり花とかケーキとかが無難か? だが、少々ありきたりな気もするな」
「……独り言をしながら本を読まないでほしいです」
「そう言うな、女性の意見も聞いておきたい」
オレはいつもの『ユグドラシル』で調べ物をしている。どんなプレゼントが喜ばれるのかを調査中という訳だ。
ちなみにルナちゃんにもお土産を渡したので、机の上には岩塩が置かれてる。
「ちなみにルナちゃんは誕生日に何を貰えたら嬉しい?」
「新しい本が欲しいです」
「悪い、聞く相手を間違えたな」
「……帰れ!」
やれやれ、また怒らせてしまった。
だが、今の回答は参考にならないわけではないな。本人が好きそうなのをプレゼントすればいいのだ。
「よし、次は岩塩じゃなくて本を買ってくるとしよう」
「……期待しないで待ってるです」
「ヴァレリーよ、また調べものか?」
帰ろうとするとローズの声が聞こえてきた。最近はよく王都で見かけるな。
「ローズか、丁度お礼を言いたかったところだ。ビストリアの女王様への紹介状、かなり役に立ったぞ」
「それはよかった」
「これはお礼だ、いくつか植物の種を貰ってきた」
「……何故ルナには岩塩でローズ様には趣味に合ったものを渡すです」
ルナちゃんが小言を言っている。
まあ、確かに友人にはちゃんとしたものを渡して、女の子には塩というのもおかしな話か。
こう考えてみると、オレは女の扱いがぞんざいなのかもしれない。反省、反省。
どうせならルナちゃんやアルトちゃんにも日ごろのお礼の気持ちを込めて何かプレゼントをしてやるしかないな。
「ルナちゃん、近日中に貴様の度肝を抜いてやろう」
「……頼んでないです」
ふっ、あの全く期待していない顔。その顔が歓喜に染まるときが楽しみだ。
この天才の全身全霊を持って幸せを振りまいてやるとしよう。
「くっくっく」
「……早く帰れです」
オレは意味深な笑みを浮かべながら、『ユグドラシル』を去ることにした。