第105話 天才と料理人
国王とその王子の親子喧嘩の最中、水を差すように登場した四天王の1人、ロドリゴ。
オレたちに馬鹿みたいな自己紹介をした時と打って変わって、恐ろしいほどに冷たい表情をしている。
「おお、よく来たロドリゴ! こいつらを追い払ってくれ!」
「良いですとも、国王様。……貴様と一緒にな」
「なっ!? ロドリゴ、何を言っておる!」
……どういうことだ? オレたちや王子ならともかく、料理人の保護に熱心な国王に逆らう必要は無いはずだが。
「ちっ。オレの魔法が悪意をビンビンに感じ取ってやがるぜ」
「王子、説明を頼む」
オレの問いかけに、従者であるナサレサが答える。
「……あの男は野心家です。自分の立場を利用して、これまでも料理ギルドの権力を高めてきました」
「四天王を結成して、さらにそいつら一人一人に他のギルドマスターと同等の権力を持たせるようにしたのもあいつだ。そのせいで他の生産ギルドや研究ギルドは予算を削られたりしている、多数決で勝てないからな」
……それは制度が悪いのではないか?
「やれやれ……。料理人だけに、なかなかの食わせ者だったようだな」
「御主人様、上手いこと言ってる場合じゃないです……」
オレたちがこそこそと話をしていると、ロドリゴは不敵に笑いながら話し始めた。
「ずっとこの時を待っていた。国王と王子を一緒に葬り去るこの時をな! 権力が高まり、料理ギルドの支持率が高まったところで行動に移そうと思っていたが、王子が居なくなってしまったからな」
どうやら、以前から王家を狙っていたようだな。
たまたま親子喧嘩でバラバラに分かれたことが、命を守ることになったようだ。王族を一人でも逃がすと、上に立つのに正当性が無くなるからな。
こいつは火を操る魔法だ、不利な海上に向かうことはできなかったのだろう。
「だが、今日ここに最高のチャンスが巡ってきた! 不審者につかまった王子の噂は街中に流れている、王族が仮に死んでも誰も怪しむまい! そしてオレがそこの不審者を討てば、国民すべてがこのオレを支持する!」
「へえ、上手く行けばいいな」
どうやら最悪のタイミングで動いたことに気付いてないようだ。
オレに勝てる前提で計画を立てるのは余りにも愚かで無謀だという事を教えてあげるとしよう。
エミリアたちに王子を守るように指示すると、一歩前に出る。
「ふん、まさか戦るつもりか?」
「当然だ、料理人ごときに負けるつもりは無い」
「大した度胸だ。何故この国に正規軍が無いかを教えてやろう!」
ロドリゴはそう言うと、深呼吸するように大きく息を吸い始めた。
たしかこいつの魔法は火を吐くとか言っていたな。火は苦手な方ではあるが、捨て身で突っ込んで一撃で決めてやろう。
「喰らえ、『炎の息吹』!」
「……!?」
それは一瞬だった。圧縮された火球がオレの横を通り、大きな謁見の間のはるか後ろの壁から爆音が聞こえる。
じゅう、という音とともに後ろから焼け焦げた匂いが漂う。
チラリと後ろを見ると、石の壁に黒ずんだ穴が開いていた。
……これは息吹なんてものじゃない。まるで大砲から放たれた、風を切る鉄弾だ。
「はっ、どうやらオレの魔法を甘く見ていたようだな! 当たれば一発でエスカリバーダになっちまうぜ!」
何を言ってるかは不明だが、当たったらまずいという事は十分わかった。
予想とは違ったが、一点集中の魔法ならそれなりの戦い方がある。オレは複数の鎖を生み出すと、ロドリゴを挟むように弧を描きながらそれを放つ。
片側を防ごうとしても、もう片方に絡めとられるだろう。
「無駄だ!」
ロドリゴは再び息を吸い込むと、今度は周囲にハアっ、と息を吐く。その息は吹きすさぶ熱風となり、風圧だけで鎖を押し退けた。
……こいつはただの料理人ではない、かなり場慣れしている。よく自分の正体を隠し通したものだ。
「この威力と応用性、かなりの鍛錬をしたようだな」
「魔法ってのは包丁と同じだ、研ぎ澄ますほどに切れ味を増す。オレの魔法は神話に聞く竜の吐息を超える!」
「……なかなかいい表現だな」
相手は余裕の表情だが、まだ手はある。息を吐く為にはまず吸い込まなければならない。そこを今度は狙っていく。
ロドリゴが三回目の息を吸い込んだ。……この攻撃を避け、次の手が来る前に仕留める!
「ファイア!」
目にも止まらぬ火炎弾を、鉄の壁を作り出して防ぐ。さらにその陰に隠れることでこちらの姿を見えなくする。
「……! 熱っちい!」
オレの鉄の壁を、まるでバターの様に溶かし、勢いそのままにオレの肩も焼きながら火の道が通っていった。
幸い直撃を免れたが、右腕にひどい痛みが広がる。
だが、この三度の攻防の間にオレはしっかり間合いを詰めている。左腕で鎖を生み出すと、放射状に鎖攻撃を放つ。この攻撃範囲なら避けられまい。
……しかし、ロドリゴは懐から武器を取り出し、オレの攻撃は全て防がれてしまった。鎖は叩き落されて、大理石の床を抉る。
「ふん、おしかったな! 自分の弱点など知っている、対策もあるに決まっているだろ!」
「……武器を隠し持つとは小賢しいな」
「驚いたか、オレの"隠し包丁"は? 料理人は技術だけでなく道具の扱いも一流よ!」
ロドリゴはそう言いながらも後ずさりし、距離を取る。完全に間合いを見切られたようだ。
「貴様はもはや、まな板の上で死を待つ魚よ! 諦めて料理されるがいい!」
「それはどうかな? 上を見てみろ」
「上? ……なっ!?」
ロドリゴが見上げると、その顔の上にシャンデリアが迫っていた。
鉄の壁も鎖の攻撃もカモフラージュだ。放射状の鎖は一本だけ上空を狙い、シャンデリアを攻撃していた。
「うおおおおおおっ!」
ガシャーンッと大きな音が響き、男を叩き潰す。吐息が武器なのにべらべらと喋っているのが命取りとなってしまったようだ。
「シャンデリアの美しさに息を呑んでいる場合ではなかったな」
所詮は料理人、天才の敵ではなかったな。腕をローストしたことは褒めてやるとしよう。
*
「御主人様、大丈夫ですか!?」
「いつも通りだ。腕もまだくっついている」
戦闘が終了し、エミリアたちが駆け寄ってきた。
オレは痛々しい見た目になってしまった右腕を振り無事をアピールする。……が、激痛が走る。
「もう、またこんなに怪我して! 治療しますよ!」
「……治療はしかるべき場所でお願いしたい」
異国の王を前に、女に体を舐めまわされるなど並大抵のプレイではない。
服を脱がそうとするメイドを遠ざけようとしていると、突如シャンデリアがガラガラと音をたて始めた。
「くそがぁぁっ! 貴様、もう許さんっ、まとめて焼却だ!」
「……! まだ生きていたのか」
土埃を上げながら、ロドリゴが復活した。頭からは血を流し、料理人ぶる余裕もないようだ。
「御主人様!」
「大丈夫だ、もう終わっている」
「死ね、炎の……!? ゴホッゴホッ!」
大きく息を吸い込もうとしたところでせき込み始めた。シャンデリアの落下と鎖で抉られた床による埃で、せき込んでしまったようだ。
「ふん、もう周りも見えていないようだな」
止めを刺そうと鉄の剣を生み出し始めると、手を出す前に別の魔法がロドリゴを襲った。
黄金色の液体が、彼の体に絡みつく。
「ぐおっ! この魔法は、カテリーナぁぁぁっ!」
「これはカテリーナ様の"蜜牢"!」
ナサレサが魔法を見て声を上げる。蜂を操るだけでなく、まさか蜂蜜まで操るとは。
「ロドリゴ、信じられません。貴方ほどの男が……」
「失望したでござる、ロドリゴ」
「何やってんのよ……」
「僕、信じてたのに!」
謁見の間の入り口からカテリーナと、四天王の残り3人、ござると紅一点とそのどちらでもないのが現れた。
「お偉いさん大集合って感じだな」
「いいから治療しますよ!」
「くっ! ちょっと、心の準備が……!」
ロドリゴが捕縛され安堵したのも束の間、オレは服をビリビリに破られ始めた。