第101話 初めての海
オレたちは馬車に乗り、ビストリアの王都を離れ港町へと向かっていた。
初めての海を見れるとあって、ステラは興奮しているようだ。
「お兄様、海はハレミアよりも広いって本当ですか!?」
「ああ、多分な」
「お兄様、海は井戸よりも深いって本当ですか!?」
「ああ、多分な」
「……フリード様、さっきからあいまいな返事ばかりですわね」
「仕方ないだろう、オレも海を見るのは初めてなのだから」
馬車に揺られながら、窓の外を見る。まだ海は見えてこないが、ステラはまだかまだかと窓から顔を覗かせている。
「……!? お兄様、あれ!」
「おお、あの広がる青い空との境界線、あれが噂の水平線か!」
「うわ、凄い! 綺麗!」
ハレミアでは決して見ることのできない、空より青い広大なプール。
そして、海沿いには石造りの家々も見えてきた。あれが目的の港町、スプリオットだろう。
「嫉妬してしまうほど素晴らしい光景だ。なあ、エミリア?」
「残り450万、残り450万……」
「……エミリア?」
「はっ! す、済みません、なんですか!?」
エミリアは目の前の感動よりも財布の心配で頭がいっぱいのようだ。お金の管理も大変だな。
「折角の旅行なんだ、お金のことは忘れたらどうだ?」
「……半分はフリードのせいだぞ」
「おや、半分だけだったかな?」
デットの小言をさらりと受け流す。
オレの信条は適材適所、お金の管理はしっかり者に任せておけば良いのだ。
さあ、海を楽しむとしよう。
*
「海だー!」
「広ーい!」
「おいおい、落ちるなよ」
港町に着いたオレたちは、早速海沿いまで来ていた。波止場というのだろうか、石が重ねられた岸の近くには何隻も船がしっかりと固定されている。
「……なんだか少し生臭いですわね」
「風情がない発言だな。まあ、漁港だから仕方ない」
「やっぱり海賊のせいでしょうか、漁港なのにあまり活気がありませんね」
エミリアの言う通り、人がほとんどいない。
いくら海賊が出るからと言って、寂れるにもほどがあるな。
「ステラ、ロゼリカ。一旦宿を探そう、海はまた後でだ」
「はーい!」
興奮するのも仕方ないが、まずは宿探しだ。ついでに住民に情報を聞いてみよう。
*
「……小さい部屋ですわね」
「この街はあまり宿がないみたいだ、少々狭いが我慢しよう」
オレたちは適当に見つけた宿を確保した。王都と違い観光客も少ないよう、宿を探すのも一苦労だ。
確保できた部屋は2人部屋を4室で、合計一泊30万ベルだ。
やっぱり少し高いが、まあ220万に比べたらかなり財布にお優しい。これでエミリアも感情を取り戻すだろう。
荷物も置いたところで、情報収集の為に再び外に出ようとしたところでステラとロゼリカに会った。
「お兄様、外出ですか?」
「ああ、今夜の食事をリサーチと言ったところだな」
「ついて行きます!」
「私も!」
「……ああ、あんまり離れるなよ」
幼い2人を野放しにするよりかは一緒に行動した方が良いと判断し、連れていくことにした。
再び海沿いの方に向かい歩きだし、船が見える範囲まで来た。
漁で使うと思われる網や釣り竿があるので、仕事をここでしているのは間違いないはずだが、まずは人に会わないと話が聞けないな。
「やっぱり人が少ないな」
「あっ! 星が落ちてます」
ステラが建物の傍に落ちていた何かを拾い上げる。
「それは星じゃなくてヒトデだな。海の生物だが、カチカチだからもう死んでるな」
ヒトデの存在は本で見たことがある。特徴的なビジュアルなので、飾りとして使う事もあるらしい。
「これも食べられるの?」
「いや、確か食べられなかったはずだ、毒があると聞いたことがある」
「ふっ、甘いな、若造よ」
ロゼリカの質問に答えていると、突然横から声が掛けられた。その方向を見ると中年のおっさんが立っている。
何だこいつは。少女を狙う変質者か?
「そのヒトデはちゃんと食べられる品種だ。茹でて卵を味わうことが出来る」
「へえ、そうなんですか! 面白いです!」
「ちょっと食べてみたいかも」
「まあそんなに美味くないがな」
不味いのかよ。食べられると表現していいのか、それは。
「……で、おっさんは誰なんだ?」
「オレはこの街の漁師だ。もっとも今は漁は休んでいるがな」
どうやら待望の漁師を発見したようだ。海賊の情報、聞いてみるとしようか。
「オレは旅の美食家、フリードだ。美味しいシーフードを求めてやってきたのだが、海賊のせいで漁ができないみたいだな?」
「ああ、全く厄介だぜ。まあ、漁をしてなくても給料をもらえるから路頭に迷う事はないがな」
やはり漁師も国に保護されているようだな。悲壮感があまりないのはそのせいか。
「まったくビストリア様様だぜ、もし他の国だったら男娼にでもなるとこだ、はっはっは!」
……漁ができなければ男娼になるというのも飛躍しすぎな気がするが。
「お兄様、ダンショウって何ですか?」
「……デットの男バージョンだ」
「なるほど、狩人ですね!」
「それで、漁師殿。海賊というのはどこにいるんだ? 見たところ港町周辺にはいない様だが」
「こっから少し沖に出ると、島があるんだ。そこを根城にしている。見えないからといってこっそり漁に出ようとしても、すぐこっちに気付いて妨害してくるんだ、面倒だったらありゃしねぇ!」
どうやら結構離れたところにいるらしい。海を操る魔法だけでなく、探知系の魔法使いもいそうだな。
「わかった、ありがとう。仕事が再開できることを祈っている」
「ああ、もし男娼になったらサービスするからよろしくな!」
……なんでそっちに乗り気なんだ。
ともかく、海賊については明日から行動を起こすことにしよう。
漁師と別れ、一旦宿に戻ることにした。
*
海賊が拠点にしているという小さな島。
月明かりの下で、ビストリアで禁止されているはずの煙草を吸いながら海を眺める男がいた。
彼は静かに眺め続けていたが、煙草が短くなったことに気付き、それを捨て次の煙草を取り出す。
「フェリペ王子、また煙草ですか。この島は病院がないのですから、少しはご自愛くださいませ」
「……ちっ、ナサレサ、また小言か?」
彼の後ろに杖を持った女性が近づき、煙草を吸っていた男――フェリペに声を掛ける。
フェリペは鬱陶しそうな顔をしながらも、取り出した煙草を再び懐にしまった。
「どうだ、港の様子は?」
「サウロが『鮫の第六感』で探っていますが、船を出す様子はありません。諦めたのか、対策を練っているのか……」
「そうか」
「……王子、私たちのことを気遣っての行動という事は理解していますが、このようなことは止めて国王様と和解くださいませ。続けても国民が困るだけです」
「お前も国民だろうが。……おかしいじゃねーか、優秀な魔法使いも、料理や生産に役立たないってだけで出世の道が閉ざされる、オレはそんな国の制度をぶっ壊したいだけだよ」
「ですが、せめて交渉の場を設けるべきです。国王様がお嫌いなのであれば、カテリーナ様や四天王に協力していただいて根回しをすれば……」
「カテリーナはともかく、四天王は信用できんな」
ナサレサの言葉も、聞く耳を持たないといった態度で反論する。
「もういい、オレは寝る」
フェリペは小言に飽きたのか、ナサレサの言葉を遮り、島の中心にある古城へと歩いていく。
ナサレサもため息をつくと、諦めた表情で王子の後ろについて古城へと歩き出した。