第100話 クッキング四天王
美食の国の頂点に立つ料理人、『クッキング四天王』。
どんなクレイジーな奴らかを確かめるために、キッチンに潜入することにした。
「……暗いな、こんなところで会議をしているのか?」
キッチンの中は、真っ暗であった。中に入り、明かりはないかとキョロキョロ見渡していると、急に辺りが眩しくなり、4人の人間がライトアップされる。
「よく来たな、客人よ!」
「……! なんだ、一体? 何者だ?」
まさかこいつらが『クッキング四天王』か? 芸人じゃないか。
「オレは、口から火を噴く『炎の息吹』、ロドリゴ!」
「拙者は手から炎を発射する『火炎放射』、ラファエロ!」
「見つめた物を温め、発火させる『熱い視線』、紅一点のドルシェ!」
「僕は火の精霊を生み出し使役する『火精』、パロッコだよ!」
「4人合わせて、『クッキング四天王』!」
……全員火属性じゃねーか。
バランスとか、考えないのですか?
「どうだ、驚き過ぎて声も出ないか? あん?」
4人はどや顔でポーズを決めて、こちらを伺っている。期待されても反応に困るのだが。
「……なんだかバランス悪いね」
「おいやめろ、ロゼリカ。それ以上は国際問題になるぞ」
まったく子供は素直で困る。思っても口に出さないのが大人だ。
「やれやれ、素人はこれだから困るでござるな」
「そうね。煮る、焼く、蒸す、揚げる、茹でる、炒める……料理の心臓は火だというのに、素人はそれを理解していないわ」
「しょうがないって、素人だからね」
……言い方はムカつくが、バランスが悪いのは承知の上らしい。言い方はムカつくがな。
「それで、カテリーナよ。この者たちは?」
「以前お世話になった、ハレミアのローズの御友人です。料理に興味があるとの事で紹介にきました」
「なんと、ローズ殿の……!」
我が友人の名前を聞いて、顔色が変わる。ローズよ、一体この国で何を為し得たというのか。
「それはそれは、お会いできて光栄ですな、えーと……」
「フリード・ヴァレリーだ。よろしく頼む」
ふざけた登場のせいで自己紹介が遅れてしまったが、名を名乗りロドリゴと握手を交わす。
「来ていただいて嬉しいが、オレはこの後自分の店に戻って開店の準備をしなくてはならないんだ、申し訳ない」
「いや、気遣いは不要だ。残念だが、そういう事なら帰るとしよう」
「申し訳ありません、ぜひ、この国の最高の料理を味わってほしいと思ったのですが」
「元々はただの観光客だしな、気にする必要はないさ」
結局、訳の分からない自己紹介を聞かされただけになってしまったな。帰ろうとしたところで、四天王の一角、ラファエロが声をかけてきた。
「宜しければ拙者が案内を進ぜようか? 今日は定休日なのでな」
「……そうだな、ラファエロ。オレの代わりに案内してやってくれ」
どうやらこの変なしゃべり方の男が案内してくれるらしい。ちょっと不安だが、厚意に甘えてみるか。
*
オレたちは王城を離れ、ラファエロに案内されて街を歩く。飲食店が見えるたびに、店の紹介を熱く熱弁するせいでなかなか足が進まない。
「このお店は国内で初めて熟成した肉の提供を始めたところだ。隣の店は、魔法で食材を泡立てる、エスプーマという技法が有名だな」
「なるほど……」
初対面の印象は変なムカつく奴といった感じだったが、料理の知識と熱い気持ちは本物のようだな。
「ラファエロさんはどんなお店を経営してるんですか?」
「よくぞ聞いてくれたな、お嬢。拙者の店はピザ屋だ、休みでなければ食わせてやったものを」
「へえ、意外です!」
本当に意外だな、もっと硬派な料理を提供するかと思ったが。
「ピザか、久しく食べてないな」
「うちのギルドホームには窯がありませんからね……」
「拙者のピザはチーズ、トマト、バジルなど、全て最高の食材を最高の火加減で調理している。美味すぎて日に20人も失神させた記録を持っているぞ」
……売り上げや販売数ではなく、失神数で誇ってよいのだろうか。
「失神させて大丈夫なんですか?」
「我が国の料理人は肉体に異変を与えてこそ一人前だ。失神数の記録は拙者が持っているが、失禁数はロドリゴ殿の188人が国家記録だ」
「……恐ろしいな」
この国って、料理に関してはちょっと頭おかしいな。やっぱりハレミアが一番だ。
「残念です、そんな劇物を食べられないなんて……!」
「おい、ステラ、言葉に気をつけろ」
「くははっ、劇物とは言い得て妙! 拙者の目指す料理は、麻薬の様に心をとらえて離さぬ神の一品よ!」
ラファエロは悪人のような高笑いを上げている。オレは街案内を頼んだことを後悔し始めているぞ。
「……それにしても、なぜ今日は定休日なんだ? 今日は休日だしむしろ集客に都合がいいのではないか?」
「む……! 仕方ないのだ、最近漁に出ることができず満足に仕込みができていない。シーフードピザも売りの一つなので、今日は泣く泣く定休日にした」
そういえば、カテリーナもそんなことを言っていたな。
「海賊か……。そんなに困っているのであれば、国を挙げて対策を取ればいいのではないか?」
この国の食に対する気持ちの強さは、この短時間でよーくわかった。だからこそ、早急に対応すべきな気がするが。
オレがそう言うと、ラファエロは周囲をキョロキョロと確認した後、小声で耳打ちをしてきた。
「そうもいかなくてな。海賊の頭は、実は国王の息子フェリペ様なのだ」
「なんだと……?」
海賊の頭が、なんと王家の者だったとは。反抗期にしては少々スケールが大きすぎるな。
通りで困っているのにすぐに手を出さないわけだ。
「なるほど。……ラファエロ殿、もうお昼だ。うちの子たちも疲れているみたいだし、この辺で失礼させてもらってよいだろうか?」
「おっと、もうこんな時間か。我が最高のピザを食らわせてやれないのは残念だが、ここで別れるとしよう」
「ああ、わざわざ済まなかった、ありがとう」
「ありがとうございます、ラファエロさん!」
「また会おう、くっはっは……」
ラファエロは高笑いをしながら帰っていった。2時間以上歩きっぱなし、しゃべりっぱなしだったな、まったく。
……紹介されたレストランで昼食にするか。
*
「うう、美味しいです!」
「私の奴も美味しいよ!」
オレたちはとりあえず紹介された店の1つに入り、昼食を頂くことにした。
何を食っても美味しいのは魅力的なんだがな……。ステーキを切り分けながら考え事をする。
横では各自が好き勝手注文したものを賑やかに食べている。
「御主人様、この後はどうしますか?」
「そうだな、昼からぶらぶら観光をして、また適当にどこかで夕食を食べるとしよう。それと、予定変更で明日から海沿いの町に移動しようかと思ってるんだが」
「御主人様……! はい、それが良いです! あのホテルは今夜までにしましょう!」
エミリアはお金が心配なのだろう、オレの提案に大賛成のようだ。まあ1日繰り上げただけだが。
「……海賊を討伐するつもりか?」
「鋭いな、デット。オレはどうしてもシーフードが食べたいのだ、決して善意やお礼の気持ちではないぞ」
「そこは否定しなくていいと思うが」
デットはサラダを食べながら話しかけてくる。同じことを考えていたという事は、協力してくれるという事だな。
「でも、王子とか言っていましたよ?」
「殺さなきゃセーフだろう。怪我の保証はできないがな」
「戦争が起きてしまいますよ……」
「安心しろ、この天才がそんなへまをするはずがない」
海を荒らし国民を困らせる王子。人の上に立つべき者がするべき行動ではないな。
ハレミア国民を代表して、リーダーとは何なのかを教えてやるとしよう。