第99話 海賊の噂
「凄い、蜂蜜がいっぱい……!」
「これ、全部使っていいの!?」
「ええ、お好きなだけお使いください」
オレたちは『女王蜂』の魔法を持つカテリーナの誘いに乗って、朝食を頂くことにした。
王城の中の食堂らしき場所で、長いテーブルを挟んで座る。
頭より大きいガラスのポットには蜂蜜がたっぷりと入っており、ステラとロゼリカが目を輝かせてテーブル上のそれを眺めている。
しばらく待機していると、パンケーキが各自の目の前に置かれていく。温かいパンケーキの上にはバターが乗っており、薄黄色の塊が香りを放ちながら少しずつ透明の雫へと姿を変えている。
「いただきまーす!」
相変わらず子供たちは元気だな。ポットの取り合いをしながら、たっぷりと蜂蜜をかけている。
「済まないな、ご馳走になってしまって」
「いえ、食事は賑やかな方が味も増すというものです。それに、こんなに素敵なお皿も頂きましたから」
カテリーナは机の脇に置かれた、金と銀の食器を指で撫でる。思い付きで『錬金術』を使ったのだが、予想以上に気に入って貰えたようだ。
「それで、ビストリアは楽しんでおられますか?」
「ああ、街は平和で美しいし、何より食事が最高だ。味はもちろんの事、見た目にも遊びと彩がある。さらに驚きなのは安さだ、料理人が心配になるほどの安さに度肝を抜かれた」
「ふふっ、ビストリアの楽しみ方を全て体感していただけたようですね。生産ギルドのリーダーとして私も嬉しく思います」
カテリーナは上品に笑いながらそう言う。何故王城にいるのかと思ったら、お偉いさんだったようだ。
「そ、そんなに立派な方とはつゆ知らず……! 大騒ぎして、申し訳ありません」
「お気になさらず、メイドさん」
エミリアは畏まってしまうが無理もないな。ビストリアには生産ギルド、料理ギルド、研究ギルドの3つしか公認ギルドがない。
その1つの長が彼女のようだ。ハレミアで言うとAランクギルドのマスターと言ったところだな。
「フリード様は料理人の心配をなさっているようですが、この国の料理人は全てが言うなれば公務員なのです。ギルドに所属していないと店は出せませんが、その代わりに収入は保障されています」
「なるほど……、素晴らしい考え方だな」
「でも、腕の立つ料理人なら、自分の店を持って大金を稼ぎたいと思うんじゃないの?」
フラウが不躾に質問するが、その疑問も尤もな意見だ。
このシステムは、実力がある人間も他の料理人と同じ収入になってしまう、言うなれば共産主義のようなものだ。
不満があってもおかしくないはずだ。
「その質問の回答は難しいですね……。我が国には"お金は腹を満たさない"という言葉があります。収入よりも料理人としての栄誉が貰える方が嬉しいと感じる人が多いのです」
どうやらこの国は国民の意識まで食が中心らしい。そこまで徹底されると言葉もでないな。
「ちなみに研究ギルドとはどんなことをするんだ?」
「それも、あくまで料理に関する研究が中心です。食材の保存方法に効率の良い生産方法、調理技術や調理道具の開発など……とても名誉ある仕事だと思います」
「恐れ入った。食の分野に関して、ハレミアが追いつくことはなさそうだ」
この国は一貫性があり、それが成功してると言える。教育と思想が行き届いているのだろうが、それが国民の為のものなのが成功の秘訣だろうか。
「……食事中ですし、難しい話はこの辺にしましょうか。お連れ様はもう食べ終わってしまったようですし」
横をちらりと見ると、ステラとロゼリカはもう食べ終わっていた。満足そうに笑みを浮かべているが、口に付いた蜂蜜をぬぐいなさい。
「ああ、色々聞かせてくれて、とても有意義な時間だった」
オレも食事に集中するとしよう。まだほんのり温かいパンケーキをナイフで切り分けながら、少しづつ口に運ぶ。
*
「ふう、満足だ」
「とても美味しかったです!」
「ご馳走様でした、カテリーナ様」
オレは食後のレモンティーに口をつけている。いつもはコーヒー派だが、たまにはこういうのも悪くはないな。
優しい味わいの液体が、口の中の甘さを拭い去る。
「いえいえ、こちらこそ楽しく過ごせました。……フリード様、これからのご予定は? 宜しければ、ギルドの者に街の案内もさせましょう。おすすめのレストランも紹介できますよ」
どうやらカテリーナは上機嫌のようだ。ローズの紹介状のお蔭か、オレの金銀の皿が気に入ったのか……。嬉しい申し出をしてくれる。
「そうだな、ここは後2日ほど滞在予定で、その後は南の方に行こうかと思っている。ハレミアには海が無いから、少し見てみようかと」
「海……」
オレの発言に、カテリーナは眉を顰める。何か気になることがあるのだろうか。
「どうかいたしましたか? 御主人様が無礼だから……」
「いえ、そうではありません。……今は海賊が出ますので、注意が必要だと思いまして」
「海賊だと?」
やはり海には海賊が付き物なのだろうか。海すら知らない人間には想像がつかない。
「唯の海賊ではなく、水を操る魔法を持っています。なかなか手が出せない為に漁にすら出れず、国を困らせる厄介者です」
「通りで、魚料理が無かったわけだ」
昨日のレストランでの謎も解けたな。海賊のせいで、魚料理が提供できなかったわけだ。
ハレミアと違って、ビストリアは戦闘分野は不得手だろう。何しろ正規軍もないのだからな。
「良かったらオレが討伐しようか? 食事のお礼にちょうどいい」
「いえ、客人にそんなことをさせるわけにはいきません! 我が国の問題ですので、戦争でもないのに他国に力を借りては恥でございます!」
「そうか、残念だ」
やや語気を強めに否定されてしまった。食の国とは言え矜持があるのだろう。
まあ、表立って力を貸さずにこっそりと手を出すとするか。
「あ……失礼しました、つい」
「いえ、こちらこそ無礼な態度をとってしまい申し訳ありません」
エミリアがオレに代わって謝る。さっきから、まるでオレが無礼な男みたいではないか。
「話を戻そう。町の案内、お願いしてもいいだろうか? 子供たちに少しでも美味しいものを食べさせてやりたいからな」
「そうですか、わかりました。私は生産ギルドですが、料理ギルドに依頼しましょう。料理人の頂点ですから、間違いなく素晴らしいお店を紹介してくれるでしょう」
「そこまでしていただけるなんて……!」
なんとも至れり尽くせりだな。まさかもう一つのギルドの長ともつながりを持てるとは。
ローズ、お前は最高の男だ、帰ったら紹介状のお礼をしないとな。
「どんな人なんだ、料理ギルドのマスターとは? やはり凄い人なのか?」
「正確には凄い人"たち"ですね、料理ギルドの頂点に立つ4人の人物。『クッキング四天王』と人は呼びます」
「クッキング四天王?」
なんだその馬鹿みたいな名前。……などと思ってはいけない。食が全ての国の、トップに立つ者たち。つまりは目の前のカテリーナに並ぶ存在なのだ。
馬鹿にしたら、きっと国民全員を敵に回すに違いない。少なくとも国外追放は免れないな、多分。
「早速紹介しましょう。今はこの王城内のキッチンで会議をしている時間です、そこに行けば会えるでしょう」
料理人だからってキッチンで会議しなくてもいいのに。そう思いつつも、カテリーナに案内され、ぞろぞろとあとをついて行く。
「着きました、ここがキッチンの入り口です」
「うわ、大きな扉!」
「まるで宝物庫のようだな」
王城とは言え、調理場にあるまじき豪華な扉。やはり料理人は一目置かれる存在らしい。
『クッキング四天王』、一体どんな奴らなんだ。いろいろな意味で期待が膨らむ。
興奮を抑えながら、意を決してキッチンに入っていくことにした。