プロローグ 『錬金術師』フリード・ヴァレリー
ここは、王都ハネス。
大陸の中心に位置するハレミア王国の更に中央にあり、世界のへそとも呼ばれる都市である。
日中は商人や旅人でにぎわっている都市も、日付が変わるころには夜の冷たい空気と雲間から見える月の明かりだけが存在感を示している。
その暗闇の中、二つの人影が駆け抜けていく。先を行く者が息を荒げながら時折後ろを振り返る様子から、追われていることがわかる。
「ハァ……ハァ……くそっ! 行き止まりか!」
追いかけっこは長く続かず、袋小路に迷い込んでしまった男が足を止め振り向くと、数秒遅れでやってきた追跡者も足を止める。
追跡者は手に持っていた紙の束――賞金首リストと目の前の男を何度も見比べる。
「暗くて良く見えないが……声をかけられて逃げ出したんだ、"飛刀"のグウェンで間違いないな? 強盗殺人数件で格好いい名前を付けられたもんだ……まあオレの呼び名には負けるけどな」
「……追いかけてきたのはお前一人か? 仲間はいないのか?」
「賞金120万の小者を山分けするバカはいないだろう?」
「……くっくっく。なぜオレが"飛刀"と呼ばれているか教えてやろうか?」
そう言うとグウェンは懐からナイフを取り出し、シュッと投げ飛ばす。放たれたナイフは吸い込まれるように追跡者へ向かっていき、そのままドスッと額へ命中する。
「くははは! 一人で追いかけてきたのが運の尽きだったな! オレの魔法『完璧な投擲』は投げたものを狙った所に確実に当てることができるのだ!」
グウェンは勝利を確信し笑い声をあげる。
「……悪くない魔法だが、『錬金術師』に金属製のナイフで戦うのは無理があるな」
「何っ!? お前、生きて……!」
男が額のナイフに触れると、金属部分がまるで溶けたアイスのようにドロリと形を変え、彼の体に染み込んでいく。残ったナイフの柄の部分をカランと投げ捨てると、グウェンに右手をかざす。
刹那、男の手からいくつもの鉄の鎖が生成され、飛び掛かる様にグウェンに向かっていく。ジャラジャラと音をたてながら接近する鎖は、かわす間もなく一瞬でグウェンをきつく捕縛する。
「ぐあっ! ……お前っ、一体何者だっ!」
締め付け続ける鎖に顔を歪めながら問いかけると、タイミングよく月が雲間から顔をのぞかせ、追跡者の姿をはっきりと映し出す。年齢は20代前半に見える、やや長めの赤髪を持つ男。
自信にあふれる瞳を向けながら男が答える。
「ふっ、オレか? ハネス中央魔法学園首席卒業生にして、いずれ世界一のギルドを作り上げる男。天才錬金術師、フリード・ヴァレリーとはオレのことだ!
牢屋でオレにつかまったことを自慢するといいぞ。はーっはっは!」
長い自己紹介の途中でグウェンは気絶していたが、フリードの近所迷惑な高笑いはしばらく夜の闇の中に響くのであった。